第11話 神剣「騒速」

 兄クラウスが入学祝にと贈ってくれたのは、一振りの剣だった。

 

 なぜ、剣なのか?

 男兄弟ならば分からなくもない。

 妹への贈り物に、それはどうなのだろう?

 よく分からない。


 だが、サクラコはそんな素振りは見せず、にこりと微笑んでお礼の言葉をクラウスに言った。


「ありがとうございます。クラウス兄様。大切に使わせていただきますね」


 するとクラウスは、ニヤリと笑みを浮かべて、


「抜いて見せてくれないか?」


 と言う。


 サクラコは、思わず目をぱちぱちと瞬きした。

 耳も疑った。


 兄妹とはいえ、決して親しい仲ではない。目の前で剣を抜いても良いなどと、彼はそんなに自分を信用していたのだろうか?

 

「今、ここで、ですか?」


「そうだ。早くその剣を抜いて見せてくれ」


 ランファの方を見たが、彼女もワケが分からないという顔だ。


 黒猫ルナは興味津々といった表情でちょこんと座り、尻尾を左右にふりふりしながら剣を見ている。


 困惑するサクラコの様子など知ったことかというように、クラウスが早く早くと彼女を急かす。


 仕方なく、サクラコは剣を抜いて見せた。


 それは、肌が粟立つほど美しい剣だった。


 柔らかに上反りした刀身。たなびく雲のような刃紋。鏡のような刃は、サクラコの若葉色の瞳をはっきりと映している。


 クラウスは、これを自分に見せたかったのだろうか? 

 そう思うと、サクラコの彼に対する警戒心が緩んだ。


「わぁ。素敵な剣ですね。ありがとうございます。クラウス兄様」


「なっ!? どういうことだ!? な、なぜ……?」


 ところが、なぜか驚愕の表情をみせるクラウス。

 彼の側仕えと護衛騎士も、同様に目を丸くしていた。


 しかしサクラコとランファ、そしてディラン達は、彼らがなぜ驚いているのか全く分からない。


「面白くない。不愉快だ! 帰るぞ!」


 そう言ってクラウスは、側仕や護衛騎士達とともにサクラコの部屋を出て行ってしまった。


「?」


 なぜか突然キレて部屋から出ていくクラウスの背中を、サクラコは無言で見送るしかなかった。


 まったく意味不明の行動に、サクラコとランファは顔を見合わせて、こてりと首を傾げた。


 その夜、寝室でサクラコはベッドに腰かけて、クラウスから贈られた剣を抜いてみた。


 その美しさに、うっとりと見惚れていた。

 何度見ても、いつまで眺めていても、飽きが来ない。


 けれども、昼間のクラウスの行動がどうしても理解出来なかった。


「クラウス兄様は、なぜ突然機嫌が悪くなってしまわれたのかしら?」


 サクラコは剣を鞘に収めて、隣でまるくなっていたルナに顔を向ける。


「……彼は、冷やかしに来たんだよ」


 ルナは顔を上げて、後ろ足で首筋をかりかりと掻きながらそう言った。


「どういうこと?」


「鑑定スキルで診ていないから、その剣の銘は知らないけれど、同じ類の剣を知っている。ヤマトの国で鍛えられた『神剣』じゃないかな」


「神剣?」


「うん。その剣が自分の『あるじ』と認めたニンゲン以外は、抜くことも出来ないらしいよ。たぶん彼は、どうやっても剣を抜けず困惑するキミを笑い者にするために、わざわざやってきたみたいだね」


 ……。


 あるじ以外の人間には、抜くこと事さえ出来ない剣。

 その話が本当なら、クラウスがとった謎の行動もいろいろ辻褄が合うような気がしてしまうサクラコだった。


「王子って、ヒマなんだね」


 王子がみんなそうだとは思わないが、残念ながら彼女には返す言葉がなかった。


「……それにしても不思議ね。剣が、あるじを選ぶの?」


「みたいだね。これも聞いた話だケド、神剣はあるじを探し求めて旅をするんだってさ。その剣も、ようやくキミというあるじに巡り会ったんだよ」


 この神剣が、人から人へ託され、手渡され、売られ、贈られ、拾われ、奪われ……。


 そうしてたくさんの人の手を渡って、自分を探していた。


 そんな剣の旅に思いを馳せると、ほぅとため息がでた。


「素敵……」


 サクラコは、この神剣が何だか愛しくなって、きゅうと抱き締めて目を閉じた。


 そのとき、どこからともなく聞こえる声。


 ――千年の時を経て、幾千里も続く道を往き、万人の手を渡り巡り会へし我があるじ。我が銘は『騒速そはや』。ヤマトのミカチヲが鍛えし剣也。


「えっ!? は? なに? なに?」


 きょろきょろするサクラコ。


「……ああ。ちなみに、あるじにはその剣の『声』が聞こえるんだってさ」


「えええっ!? 剣が喋るの?」


 目を閉じて頷くルナ。


あるじにしか聞こえないケドね」


 隣にいるネコが人の言葉を話しているだけでも意味不明なのに、今度はいま抱えている剣までも人の言葉を話すという。


 サクラコは目を閉じ、額に手を当てた。ちょっと頭が痛い。眩暈めまいもする。

 しかし、無理矢理、気持ちを切り替えた。


 考え込んでも仕方がない。


 ネコだって、喋るのよ。

 神剣が喋って、何が悪いのっ!


 ……半ばヤケである。

 だいぶオカシイ論理だが、そう思い込むしかなかった。


「けれど、それって神剣というか、もう魔剣というのでは?」


 サクラコがルナにそう言うと、また神剣「騒速そはや」から声が聞こえてきた。


 ――ひ、ひどいぞ、あるじっ! 我を魔剣のような邪なモノと同じだと言うのか!?

 断固抗議するっ!


「……何か文句言われちゃった。魔剣じゃないって」


「神剣は総じてプライドが高くて、面倒臭いみたいだよ。ボクが知っているヤツのなかには、戦闘中でも打ち込みが雑だとか、構えが美しくない、とか言ってくる口煩いヤツもあったね」


「戦闘中に? ……それは流石に、気が散ってイヤね」


 サクラコは、騒速そはやを見る。


「まぁ、ほとんど話さないヤツもいるケドね」


 どうやら、神剣ごとに個性というか性格があるらしい。


 この「騒速そはや」は、どうだろうか?


 良い剣に巡り会えたような、面倒クサい剣を手にしてしまったような、ちょっとフクザツなキモチのサクラコ。


 なんとも言えない表情で、じとーっと、「騒速そはや」の鍔付近を見た。


 ――あ、あるじっ。そんな困った子を見るような目で、我を見るのはヤメロっ!





 しばらくして、王宮の側仕や使用人達の間に、こんな噂が流れた。


 サクラコは、クラウス王子からの贈り物が気に入らず、彼らの目の前で剣を抜いて追い払った、と。

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