第8話 ネコに忠誠を誓う女

 暗殺未遂事件から一〇日ほど過ぎた頃、セイランの後任として新しい側仕の女性がサクラコの下へやってきた。


 側仕の名は、


 ――ランファ・ヴァレンロード

 ショートボブの金髪に碧眼の少女。すらりとした体形にミルクのような色の肌。

 年齢は十代半ばくらいだろう。 

 メイド服がよく似合う。


「どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って彼女はカーテシーをして挨拶すると、サクラコとルナに視線を向けた。


 ふいに、サクラコの身体が何かにぴくんと反応する。


 それを見たルナはランファの方を見て、ひょいとサクラコの膝から飛び降りた。


 驚いたと言わんばかりに、ランファはルナを凝視して手で口を押えている。

 ちょこんと座って、首筋をかりかりと掻くルナ。


 そんなルナとランファをサクラコは交互に見た。


「どうかいたしましたか?」


 首を傾けてサクラコが尋ねると、


「い、いえ。その……」


 ランファは、あわあわした様子だ。

 そう、彼女は見てはならないモノを見てしまったのだ。

 ネコにあるまじき、能力とスキル。


 そして、ルナが口を開いた。


「自分の主を『鑑定スキル』で診るのは、良くないと思うよ」


 ランファは、びくっとして、ゆっくりサクラコの方に視線を移す。

 冷や汗だらだらのようである。


「ちょ、ちょっと、ルナ!?」


 サクラコは、ランファがいるのにヒトの言葉で話し出したルナに驚いていた。


「サクラコ。このヒトは『鑑定スキル』を持っているみたい。キミとボクの能力値やらスキルやらを覗き見してたんだ」


「鑑定スキル? ランファ、そうなのですか?」


 ルナの方に向けていた顔をランファの方に向けて、サクラコは尋ねた。


「も、申し訳ございません。その、つい、出来心というか好奇心で……。そのっ、あの、クビだけはどうかお許しを!」


 慌てて跪いたランファは、サクラコに縋るように謝罪する。

 しかし、黒猫は許してくれない。


「クビ? ボクの秘密を知った以上、タダで返すワケにはいかないよ。フフフフ。灰が残る方とチリひとつ残らない方、どちらがいい?」


 黒い光に包まれたルナの全身から、闇属性の魔力が溢れ出している。

 凄まじい魔力量だ。


 サクラコは、手で口を押さえながらルナを見ている。しかし、彼を止める様子はない。


「え、ええええっ!?」


 黒猫から溢れ出した凄まじい魔力量を目の当たりにして、ランファの身体が小刻みに震えだした。


「フフフ。さあ、選ぶがいい。キミに相応しい最期を与えてあげよう」


「ど、どうか、お許しください! いかなるご命令にもしたがいますからっ」


 涙目で懇願するランファを見て、ニヤリと微笑むルナ。


「ほほう。じゃあ、そこに立て」


「は、はいっ!」


 しゅたっと、その場に直立不動になるランファ。


「じっとして、動かないでね」


「はえっ!? はいいっ!」


 ルナは、鑑定スキルでランファの能力やスキルをじっくり診ている。

 鑑定スキルで診られると、身体中を舐め回されるようなぞわぞわする感覚に襲われるらしい。

 実際ランファは、ぴくんぴくんと反応したり身体をよじらせ、時折「んっ!」「はん」「あぁん」などとヘンな声を漏らしていた。ほんのり頬が紅潮している。


 サクラコは、ぽかんとした顔でその様子を眺めていた。


「はい。もういいよ。お疲れさま」


 ルナがそう言うと、ランファはその場にヘナヘナと膝から崩れ落ちぺたんと座り込んでしまった。

 なぜか、恥ずかしそうにもじもじしている。


「ルナ。いったい何を?」


「『鑑定スキル』で、彼女の能力やらスキルやらをじーっくり診せてもらったんだよ」


 前足をぺろぺろ舐めて顔を洗いながら、ルナはそう答えた。

 そんなルナをランファは涙目で見ている。


「うう……。もう、お嫁に行けません」


 ……。


 サクラコは、目をぱちぱちさせていた。


「ランファ。キミは、騎士志望だったの?」


 ルナが尋ねると、ランファはコクリと頷いた。


「わりと戦闘向きの能力値だよね。レアなスキルも持っている。『鑑定』Lv.20のほかに『隠密』Lv.15、……で、気になったのが『アナタ……」


「わあああああ! い、言わないでー‼」


 かあーっと真っ赤になって、両手で顔を覆い左右にふりふりしながら錯乱するランファ。どうやら、口にするのが凄くハズカシイ名前のスキルのようだ。


 顔を見合わせるルナとサクラコ。そして、「ふふっ」と笑い合う。


「ランファ・ヴァレンロード」


「はいっ!」


 ランファは座り込んだままの状態で、ビシッと背筋を伸ばした。


「キミのハズカシイ名前のスキルを王国中にバラされたくなかったら、サクラコに忠誠を誓え」


 ルナがそう言うと、ランファは機敏に動いて、サクラコの前に跪き両手を差し出した。


「わ、わたくし、ランファ・ヴァレンロードは、いかなるときも身命を賭してサクラコ様と黒猫ルナ様のために働くことを誓います」


 動揺しているのだろうか、本心からなのだろうか、なぜか忠誠誓約のなかに黒猫ルナが含まれている。だが、ここには、そこをツッコむ者はいない。


 差し出されたランファの手を、サクラコは両手で包み込むように受ける。


「ありがとう。ランファ・ヴァレンロード。これより、わたしは貴方の主です。よろしくお願いいたします」

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