第6話 王女と魔導騎士そしてネコ②

 サクラコは、立ち上がろうとした。立ち上がろうとしたものの、ふらついて倒れそうになった。

 そんなサクラコの身体をカヲルコが支える。


「あ、ありがとうございます。カヲルコ」 


「まだ、しばらくは動かれない方が良いでしょう。ところで、いったいここで何があったのですか?」


 サクラコは、涙ぐみながら俯いた。


「わたしのせいで、セイランが、皆が……」


 膝から崩れ落ちるように、その場に座り込んではらはらと涙を落としている。

 ルナが彼女に近づき、心配そうにニィと鳴く。

 サクラコは彼を抱きしめて身体を震わせ、嗚咽を漏らしながら涙を流した。


「申し訳ありません。サクラコ様。もう少し落ち着いたらで構いません。後で、ゆっくりとお聞かせください」


「ごめんなさい。カヲルコ……。うぐっ」


 ルナは、するりとサクラコの腕から飛び出した。

 気分が悪いのか、サクラコは青ざめた顔をして手で口を押さえている。


 魔力暴走の後遺症だろう。個人の限界を超えて魔力の循環速度を上げると、ひどい眩暈に襲われて気分が悪くなるのだ。


 サクラコは四つん這いになって、その場に嘔吐した。


 カヲルコは彼女の隣に片膝をついて腰を下ろし、サクラコの背中をさする。


「げほっ、げほっ」


「魔力暴走の後遺症ですね」


 そう言うと、カヲルコは懐からハンカチを出してサクラコの口元を優しく拭う。

 そして、吐瀉物で汚れてしまったサクラコのブラウスに洗浄魔法をかけた。


「見苦しいところを見せました」


 申し訳なさそうにサクラコが俯くと、カヲルコは微笑みながら首を左右に振って立ち上がる。

 羽織っていたローブを脱いで、すこし離れた樹の根元にそれを敷いた。


「失礼いたします」


 サクラコをお姫様抱っこすると、カヲルコはローブを敷いた樹の根元へ向かって歩き出した。ルナも、とてとてと彼女たちについて行く。


「少し横になって、お休みください」


 カヲルコが敷いたローブの上にそっとサクラコを寝かせると、ルナもその隣でまあるくなった。


「ありがとう。カヲルコ」


 サクラコの顔色が少し良くなったのを確認したカヲルコは、立ち上がってくるりと王女と黒猫に背を向けた。

 カヲルコの胸元あたりを中心に周囲が急に明るくなる。

 すると、赤い光を放つ光球が空へと打ち出された。打ち出された赤い光球は、上空で瞬いている。


「いま応援を呼びました。しばらくお待ちください」


 騎士団庁からの応援が駆け付けるまでの間、サクラコはカヲルコから貰った水や干し肉などを口にして、少し落ち着いたようだった。


 しばらくして、カヲルコが呼んだ応援部隊が到着した。

 黒い鎧を身に着けた騎士が、サクラコたちのいる方に近づいてくる。

 ヴィラ・ドスト王国騎士団庁所属の「黒騎士シュバルツ・リッター」である。

 黒騎士シュバルツ・リッターの多くは、魔導騎士クロム・リッターが率いる部隊の副官として配属される。この黒騎士シュバルツ・リッターも、カヲルコの部下だった。


「はいはーい! カヲルコ様。貴女のミュラー君ですよー……って、この幼女は?」


 黒騎士シュバルツ・リッターは、サクラコの顔を知らない。王族とはいえ、洗礼式を終えたばかりの王女の顔を知っている騎士団庁の人間は少ないからだ。

 騎士団庁で彼女の顔を知っているのは、騎士団庁長官のグレゴリウス、副長官のニコラウス、そしてカヲルコの三人だけであった。


「……よりによって、なぜ、お前が来た?」


 カヲルコは拳を握って肩を震わせている。


「カヲルコ様ひどくなーい? ミュラー君は、カヲルコ様の騎士ですからー、万難を排して駆けつけましたぁ」


 カヲルコは、ひとつため息をついて隣に座るサクラコに視線を向けた。


「こちらは、王とメアリ様との間の王女サクラコ様だ」


 すると黒騎士シュバルツ・リッターは、サクラコの前で跪いた。


「これは、大変失礼しちゃいましたー。サクラコ様。私はカヲルコ様を一途に愛するき……、ゴッフゥ」


 カヲルコに神剣草薙でブッ叩かれる黒騎士シュバルツ・リッター

 サクラコは手で口を押えて、目をまあるくしている。


「……騎士団庁所属の黒騎士シュバルツ・リッターミュラー君でーす。ところで、あちらの惨状はいったいどゆことで?」


 ミュラーは、セイランたち側仕たちの亡骸が転がる道の方に顔を向けて尋ねた。


 サクラコは、狩りからの帰りの道中で黒装束の男たちに襲われたこと、自分が無理に魔法を使ったことをカヲルコとミュラーに話す。


 黒猫ルナの事は……、さすがに話せなかったようだ。

 おそらく、話したところで信じてもらえないだろう。

 黒猫ルナも、きっとすっとぼけてニィと鳴くだけである。


 カヲルコとミュラーは、深刻な表情で顔を見合わせた。

 何者かが、この洗礼式を終えて間もない王女を暗殺しようとした。

 いったい誰が、何の目的で?


「……ミュラー。とりあえず、現場検証を。後のことは追って指示する」


「はーい。かしこまりましたー」


 ミュラーは立ち上がってカヲルコにぱちっとウインクすると、王女暗殺未遂事件のあった現場の方へと足早に去って行った。


 カヲルコは片膝をついて、悲し気に俯くサクラコの肩に手をかけた。


「……とにかく、ご無事で何よりでした。セイランのことは大変残念です。私は、王立学院時代にセイランとは親しくしておりましたので」


 サクラコは、はっとしてカヲルコに視線を向けた。


「そういえば、以前、セイランが話してくれました。親しかった同級生に、大変優れた騎士志望の女性でカヲルコという方がいたと。貴女の事だったのですね」


 カヲルコは懐から短剣を出し、それをサクラコに差し出した。カヲルコはその目に涙を浮かべている。


「この短剣は、セイランの誕生日に私が彼女に贈った物です。ともに騎士団庁に入って、この国の民を護ろうと……。それがこのようなことになるなんて、信じられません」


「カヲルコ……」


 涙を流して俯くカヲルコの肩に、サクラコは両腕を回して抱きつく。

 カヲルコもサクラコの背中に腕を回して抱きしめた。


 そんなふたりの姿を、黒猫ルナは顔を上げてじっと見つめていた。

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