第4話 魔力値2の少年奴隷 

 渡る異世界が決まると、爺さんは奥の部屋へと入って行った。

 なにやら部屋の中でガタゴト、ゴソゴソやっているようだ。


 オレは、鏡に映るこれから渡ることになった異世界の光景を眺めていた。


 山や川、湖、海、平原、森林、中世風のお城や街並み。そこでは喜び、笑い、悲しみ、怒りなど様々な表情を浮かべる人々。街道を行き交う人々、剣を手に戦場で殺し会う人々、色々な光景が次々と映し出されている。


 しばらくすると、爺さんが小さな平机を抱えて現れた。


 そして平机をオレの前に置くと、その上になにやら怪しげな四角い小箱のようなモノを設置した。


「もう少し待っとれ」


 そう言うと爺さんは、また奥の部屋へと消えていった。


 ……何だこれ? ボタン?


 真ん中に、円い形をした赤いボタンがついている。


 試しに、真ん中の赤いボタンを押してみた。


 ピンポーン。


 おお……。なんてベタな音。


 また押してみる。


 ピンポン、ピンポーン。


 さらに押してみる。


 ピンポン、ピンポン、ピンポーン。


 何故か解らないが、病みつきになるな。コレ。


 オレはさらに押しまくった。


 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピピピピンポーン……。


 ゴンッ!


 突然、眼から火花が散るようなカンジがした。


「痛ッてぇ!」


 オレは涙目になりながら、頭を押さえて痛みに耐えた。

 爺さんに、杖で頭を叩かれたらしい。


「おのれは、アホウか? 幼稚園児か?」


 どうやら、爺さんの方の準備は整ったようだ。

 爺さんはオレの前に杖を立ててどっかりと座り、タブレットのようなモノを片手に説明を始めた。


「これから、お主の初期ステータスを設定する。そこに、お主が遊んでいたボタンがあるぢゃろ。ドラムロールが始まったら、ソイツを押して能力値などを設定していくのぢゃ」


 オレは、さっきまで押して遊んでいたボタンに視線を移した。……これは能力値を設定するためのボタンだったようだ。


 だが「ピンポーン」て音は、要るのだろうか? あと、ドラムロール?


「押すだけでいいのか? それでどうやって能力値が決まるんだ?」


「そうぢゃ。押すだけぢゃ。とりあえず、やってみるかの? ドラムロォール、スタァートッ!」


 ドロドロドロドロロロロ……。


 ドラムロールが始まったので、爺さんの言うとおり赤いボタンを押してみた。


 ピンポーン。


 パッパラー!


 ジャン!


「アナタの魔力:2」


 ボタンから、女性的なシステム音声が流れた。


 うおっ! このボタン喋るぞ……。


「って、ちょっと待て。今の魔力:2て、どういうことだ!?」


「ぶっ、ブフォフォフォフォフォ……、クッ、魔力:2、魔力:2とな。ハヒャハヒャハハハ!」


 こ、この爺、腹抱えて笑っていやがる……。


「つーか、何で、のっけから魔力値なんだよ! 普通は年齢とか職業とかじゃねーのか!?」


「と、まぁ、こんなカンジにぢゃな、ボタンを押して能力値を決めていくのぢゃ」


 オレの悲痛な抗議を無視して、爺さんはニヤニヤしながらそう説明した。


「やり直し、やり直しを要求する!」


「それは、ダメぢゃ。そんなことしたら風情がなかろう。ぷっ、魔力:2とはのう。プッ、クククク……」


 オレは立ち上がって、神殿の出入り口の方へ向かう。


「ん? どこへ行くんぢゃ?」


「帰る。やってらんねー」


 そう言って、扉に手をかけ開けようとした。


 !? あ、開かねぇ……。


 力いっぱい扉を引いても、押しても、蹴っても、体当たりしても、扉はビクともしなかった。


「……異世界へ渡り、コチラへ戻ってくるまで、その扉を開けることは出来んぞい」


 なんだと!? 魔力:2で異世界へ渡れってのか? 剣と魔法の世界だってのに、そんなのムリゲーじゃねーか!


「あきらめて、残りの能力値やらを決めるがよい」


 オレは大きくひとつため息をつくと、ふたたび小さな平机の前に座った。


 こうなったら、残りの能力値はチート級の数字を叩き出してやる。


 ドロロロロロ……。


 今度は、少し慎重に押してみよう。

 さっきのは、かなり油断した。

 爺にウマいこと乗せられた気がする。


 しかし、もう、あんなヘマはしねぇ。


 オレは、眼を閉じて自分の第六感を信じることにした。


 まだ、まだ。


 まだだ。もう少し……。


「キョエエエエエエエエー‼」


「うおおっ!?」


 ピンポーン。


 やられた。

 爺さんの大きな奇声に驚いたはずみで、オレはボタンを押してしまった。


 パッパラー!


 ジャン!


「アナタの身分:奴隷」


 は? ど、奴隷……だと!? そして、ここで身分て、いったいどういう順序なんだよ? イミわかんねーよ。


 そして爺さんの方を見れば、今にも天に召されそうなほど苦しそうに腹を抱えて笑い転げている。もはや声も出ないらしい。


「おい。爺さん。どういうことだ? いきなり奇声なんて上げやがって、どうしてくれる!?」


「ほう。ほう。すぐ、自分以外のモノのせいにするのはよくないぞい。そういうのは、ド三流のメンタリティぢゃ。プッ、ククククク……、ヒーッ、ヒーッ……、ㇷ―」


 ……くっ、もっともらしいこと言いやがって。

 しかも、器用にラマーズ法みたいな笑い声になってるし。


「異世界へ行けると思ったら、これかよ……。無いわ……」


 半ば涙目になって、オレは床に両手をついた。爺には、今じゃ誰も使わなくなったネットスラングみたいな姿に見えただろう。


 ――orz。


「ほれ、ほれ、どんどん決めていくぞい。ドラムロール、スタートッ!」


 ドロドロドロロロロロロ……。


「なっ!? クッソ。見てろよ。つぎこそは、高数値を叩き出してやる」


 ……。


 ………。


「アチョーッ!」


 ……何が、アチョーッだ。もう、引っかからねーよ。


 ……。ここだっ!


 ピンポーン。


 パッパラー!


 ジャン!


「アナタの腕力:100」


 キターッ! 腕力100って、ヤバくね? 某歴史シミュレーションゲームだったら、呂布奉先じゃん。


「……チッ」


 こ、この腐れ爺、舌打ちしやがった……。


 爺さんは、大変不満顔でそっぽを向いてしまった。


「ほれ。つぎぢゃ。次っ」


 ドロロロロロ……。


 腕力がきたからな。つぎは技量とか、防御とかだろう。


 ……。


 ………。


「ホアッチャーッ!」


 だから、もうその手には乗らんよ。


 ……。


 ここだっ。


 ピンポーン。


 パッパラー!


 ジャン!


「アナタの年齢:8歳」


 ……ここで年齢かよ。8歳? 8歳で、腕力100ってどうなんだ? まさか100が最高値じゃないとか!?


「なぁ、爺さん。これ最高値はいくつなんだ?」


 爺さんは、つまらなそうに横になっていた。

 オレが腕力100を叩き出して、興ざめしたらしい。


「あ? 最高値? 100ぢゃよ」


 ……。


 よく考えたら、じつは結構ヤバかった。

 年齢100歳スタートとか、かなりシャレにならないところだった。


 うん。8歳で良しとしよう。魔力はゴミだが、今後の伸びしろに期待できる年齢だ。


「よしゃ! 調子出てきた。ほら、爺さん。ドラムロールはどうした?」


「ふん。図に乗りおって」


 ドロロロロ……。


 ピンポーン。



 こうして、オレは次々に初期ステータスを決めていった。


 時折、爺さんのウザイ妨害に遭いながらも冷静にボタンを押し続け、結果、叩き出したオレの能力値など。


 年齢 8歳

 身分 奴隷

 腕力100

 知力 99

 技量 98

 防御 90

 魔力 2

 魅力 97

 運 78

 成長 S

 身長 150~190㎝

 体重 50~85㎏ 

 加護 なし

 魔力属性 光、闇、雷、火

 スキル 身体強化、高速思考、全世界言語理解


 ……むぅ。魔力はゴミだが、それ以外はかなりヤバい能力値と言っていいだろう。これなら、結構、異世界で楽しむことができそうだ。


 爺さんはかなり不満顔で、なにやらタブレットを指で撫でていた。

 たぶん、今決めたオレの初期ステータスを入力しているに違いない。


「ふん。では、最後に名前を設定しようかの。テキトーにつけるのぢゃ」


 いや、テキトーって……。

 しかし、名前か。カッコイイ名前がいいよな。

 うーん。


 オレは腕組みして首を傾けながら、名前をああでもない、こうでもないと考えた。


 そして、


「……アレクサンダー。アレクサンダー・ドレイクにする」

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