第10話 VS ITSUTSUME


伍ノ国に向けて行進する『陸獣』。

名を「イツツメ」。


その外観は、一目で生物とは判別がつかぬ、異様なモノであった。


体を構成するのは、巨大な五つの球体。それらは、基となる一つ球体に他の四つの球体が等間隔で引っ付く形をしていた。

その一つ一つには、それぞれ大きな眼が付いている。


「イツツメ」は、外周となる四つの球体が順々に地面と接するよう横に回転をしながら、徐々に縦方向にも進行している。


して、その先には、白の国の異名を持つ、伍ノ国があった。


「消えたのはバッカーサとセイの二人か。これくらいの事態は想定内・・と言いたいところだが、正直中々の痛手だな」

「あのクソジジイが。ようやく同じ怪物と闘れるってのに、どこ行きやがったんだ」

「ばっかじいじ。大丈夫かな」


「イツツメ」の行進を止めるべく立ちはだかるは、伍ノ国代表の面々。


参謀役のキャスタが深刻な面持ちで。タバコを片手に持つシンが苛立った様子で。癒しのアーチヤが天使の笑みで、それぞれ口にする。


「イイイイイイイィィィィィィ!!」


一体どの部位から発声しているのか。

気味の悪い鳴き声は、どこか遠くの方から聞こえてくるように感じられた。




「チャッカッカ!弟よ!白の国を駆ける異色の暴れ馬と恐れられた、ライ・ラン兄弟の力を見せつけてやろうか!」

「チンカッカ!そうだな兄者!あの巨大な眼ん玉に、最強の異色を映してやることにしよう!」


伍ノ国代表、ライ・ラン兄弟。

二人は愛馬である炎馬と氷馬にそれぞれ乗り、空を駆けていた。


彼らの才によって生み出される二頭の馬は、炎と氷の羽をそれぞれ生やし、翔ぶことができるのだ。


「む!これは強風だな!振り落とされるなよ!弟よ」

「何のこれしき!氷馬の氷を溶かすには威力が足りぬ!」


「イツツメ」に近づくにつれ、ライとラン、炎馬と氷馬を、風が襲った。

その風の出所は、五つの眼。「イツツメ」が瞬きをする度、台風顔負けの強風が巻き起こっているのだ。


その頻度は高く、風は絶え間なく発生している。

正面から吹き荒れる強風は、炎馬と氷馬の歩を緩めさせた。


「イイイイィィィ!!」


何処からか耳に届く、気味の悪い声。


行く手を阻む、甲高い音と強すぎる突風に、ライ・ラン兄弟は揃って顔をしかめる。


「・・こういう相手は裏に弱点を抱えているモノだ!」


風の抜け道。上部に並んだ二つの眼の間をすり抜け、ライが「イツツメ」の裏側に回る。


「兄者!急にスピードを上げな───」

「くるな!!」


鬼気迫るライの声に、兄の背中を追いかけていたランが動きを止める。


「イイイイィィィ!!!」


それは一瞬の出来事だった。


正面から見れば、五つの巨大な眼球にしか見えない「イツツメ」の裏側。

そこには、四つの耳と一つの口がそれぞれ付いていたのだ。


「ヒヒイイイイイイン!!!」


中心の球体の裏側に張り付いた大きな口が、炎馬を丸呑みにする。

愛馬を失ったライの体は、真っ逆さまに落下していった。


「兄じゃああああ!!」


ランの悲痛な叫び声が響く。


その声が、「イツツメ」の四つの耳にも届いたのだろう。

炎馬をむしゃくしゃと咀嚼する大きな口が、ニヤリと口角を上げた。




───白の国を駆ける異色の暴れ馬。

いつからかそんな異名が付いたライ・ラン兄弟は、それぞれ異なる性格を持ち合わせていた。


自信に溢れ、明るい性格のライ。

そんな兄の影響を受けてか、根は内気な性格のラン。


愛馬の外観にも見られるこの性格の違いを、ランは氷の内側に閉じ込めて振る舞ってきた。


それは、ライ・ラン兄弟のランであるが為。

「異色の暴れ馬」の異名を守るため、ランは無意識の内に自身の色を変えていった。ライの炎に負けず劣らずの熱い色に。


その偽りの変色が有効に働いたのか、ライ・ラン兄弟は武功を重ねていった。

その噂は国中に広まり、「白の国を駆ける異色の暴れ馬」の異名は、伍ノ国を駆け回った。


しかし、今年の『TEENAGE STRUGGLE』最終予選。すなわち壱ノ国との闘いにて、ライ・ラン兄弟は敗北を喫した。


防具を破壊され、兄であるライが消える瞬間を目の当たりにし、ランは自分でも驚く程に取り乱した。

目標として追いかけてきた兄の背中。自分より少し前をずっと駆けていた道導を失った瞬間、ランは気づいたのだ。


兄に寄せた偽りの色は、「異色の暴れ馬」の異名を守るどころか、成長を止めてしまっていたことに。


氷の内側に閉じ込めた色を表に出さねば、他の誰でもない、兄を守ることはできないと───。




「大丈夫?二人とも」


アーチヤの可愛らしい天使の笑みが、ライとランの顔を覗き込む。


「どうやら張りぼての怪物じゃなかったみたいだな。裏側も怪物らしく気味が悪い」


苦虫を噛み潰したような面持ちで、シンが呟く。


シンは、ライ・ラン兄弟を対象として『ターゲット』を発動し、二人の動向を観察していたのだ。

その延長線でライの炎馬が食われるという事態を視認し、シンはアーチヤに『コーディネート』を発動するよう指示をした。


これにより、ライとランの二人は危機を脱したのであった。


「チャッカッカ!犠牲は生んだが、義務は果たしたぞ!」


少し悲しげな表情で笑い、ライが言う。


「ああ。ご苦労だったな」


ライの報告に、キャスタは碧眼を光らせた。



さて、伍ノ国代表の現在位置であるが、台座の上であった。

台座、それはキャスタが装着している『サイカベ』によって生み出される、石壁で生成したモノである。


四方を囲むように建てられた四つの石壁に、もう一つの石壁で蓋をした形。

して、その台座の上には、大きな大砲が設置されていた。


その名を、『サイホウ』。

陸獣攻略のため、サイアイテムの使い手であるキャスタが用意した代物である。


その大きさからも想像できるように、威力は相当のモノと思われた。


「それじゃあ行ってくる。後は任せたぞ」


そう言い残し、キャスタはサイアイテムでゲートを開くと、その中に身を投じた。


「いろんな銃を手にしてきたが、大砲は流石に初めてだな」

「アーチヤ頑張るよ!」


シンとアーチヤがそれぞれ持ち場に着く。


「・・・・兄者。話がある」


その傍らでは、ランが神妙な面持ちで何やら口にしていた。



キャスタが開いたゲートは、「イツツメ」の中心の球体の上部に通じていた。


「これが怪物視点の景色か。なかなか悪くない」


キャスタは含みのある笑みを浮かべた。


ゲートでワープをする為には、出口を設置する必要がある。

この役を今回請負ったのが、ライ・ラン兄弟であった。ゲートの出口を設置するため、二人は空を駆けたのだ。


「イツツメ」の裏側に回り炎馬を捕食されたライだが、その直前にこの役を全うしていた。

ライが命がけで設置した出口を設定し、キャスタはゲートを開いたのであった。


「怪物相手に隠し球は必要ないな」


キャスタは長い金髪を纏め、後ろで括った。

隠されていた緋眼が露わとなり、異なる色の瞳が並ぶ。


「白から生まれる色。そのデカイ眼を見開いて焼き付けな」


碧眼と緋眼で睨みを利かせ、キャスタは細長い針状のモノを「イツツメ」の球体に突き刺した。


「イイイイィィィ!?」


その針は『サイロック』。付与された効果は「固定化」。

これにより、「イツツメ」の中心の眼は、ひたすら続けていた瞬きをピタッと止めた。


「時間も限られている。準備ができたらいくぞ」


耳に装着した通信機に手を当てるキャスタ。


『こっちはいつでも大丈夫だ』


返ってきたシンの言葉に満足げに頷くと、キャスタは躊躇を一切見せずに、「イツツメ」の球体から飛び降りた。



「今だ!」

「うん!」


「イツツメ」の正面に構える砲台の上で、シンとアーチヤが短く言葉を交わす。

それと同時に、低くて重い、腹の底に響くような砲声が鳴った。


砲手はシン。彼の視界には、「イツツメ」の巨大な眼球だけがあった。


今回、シンはキャスタを対象として才を発動した。

『ターゲット』の発動条件は、対象の才を視認すること。今回捉えたいのは勿論「イツツメ」であるが、この発動条件ゆえに「イツツメ」相手に直接才を発動することはできない。


シンの腕なら『ターゲット』を使わずとも、「イツツメ」に『サイホウ』の砲弾を命中させることも可能かもしれないが、キャスタが用意できた砲弾は一発限り。

更に「イツツメ」は不自然な動きで行進している。百パーセントに近い命中率を確保するには、『ターゲット』の目印を用意する必要があった。


この目印の役を買って出たのが、キャスタだったというわけだ。

シンが『永遠の18歳』を視認し、キャスタを対象として『ターゲット』を発動。その後キャスタが「イツツメ」の体から飛び降り、砲撃の目標となる眼と重なったタイミングで砲撃する、という作戦だ。


ちなみに、『サイロック』で「イツツメ」の瞬きを止めたのは、巻き起こる風で砲弾がずれることを危惧してのことだ。


「イイイイィィィ!!!」


「イツツメ」の鳴き声が響く。

シンが放った『サイホウ』の砲弾が、狙い通り「イツツメ」を捉えたのだった。


「命中したようだな」


遠くに目を向けるキャスタ。

その先には、図体を傾ける「イツツメ」の姿が。キャスタの現在位置は、シンやアーチヤと同じ砲台の上であった。


砲撃と同時にシンが合図を出し、アーチヤが『コーディネート』を発動。

『ターゲット』の目印の任を終えたキャスタの体を、ここまで移動させたのだ。


「・・ねえ。あれ、?」

「・・おいおい。砲弾は確かに命中した筈だぞ」


キャスタと同じ方を向くアーチヤとシンが、深刻な声色で呟く。

その視線の先には、砲弾を受け倒れそうになりながらも、何とか踏ん張る「イツツメ」の姿があった。


どうやら『サイホウ』の威力だけでは、「イツツメ」の巨躯を倒すまでに及ばなかったようだ。

生憎、『サイホウ』の砲弾は一発限り。替えの弾は残っていない。


「・・これはまずいな」


キャスタが碧眼と緋眼に焦燥の色を浮かべた、その時。


「任せて」


ひどく落ち着いた冷静な声が、仲間たちの耳にすっと溶け込んだ。



その馬には、異色の翼が生えていた。


「チャッカッカ!!うまくいったな!!ラン!!」

「チンカッカ。絶景だな。ライ」


炎と氷の二色の翼。大翼をはためかせる馬の背には、ライとラン、二人の姿があった。


「氷」の左翼と「炎」の右翼を携えた、天を駆ける馬。名を『氷炎天馬』。

それは、ライの『炎馬』とランの『氷馬』が一つに融合した形態だ。


ライの愛馬は「イツツメ」に食われたが、その炎が燃え尽きたわけではない。

絶えぬ炎は受け継がれ、氷と結合し、一頭の馬となった。


言うなれば、移植の暴れ馬、というわけだ。


空を覆う白い雲をバックに、『氷炎天馬』は駆ける。

打ち消すどころか互いを高め合う、巨大な「炎」と「氷」が向かう先。


「イイイイイィィィィ!!!!」


体勢を立て直しつつあった「イツツメ」は、『氷炎天馬』の体当たりによって完全にバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込んだ。




一度倒れたら最後。どうやら「イツツメ」は自力で起き上がれないらしく、仰向けの状態で五つの眼だけをギョロギョロと泳がせている。


「これで最後だな」


再び「イツツメ」の元までやってきたキャスタが呟く。


「イツツメ」の体を構成する五つの球体全てに、キャスタは『サイロック』を突き刺した。

これにより、「イツツメ」は全ての眼の瞬きを禁じられたことになる。


「近くで見ると、より気持ち悪いな」

「これだけ大きいと、どこまでも見えそうだね」

「チャッカッカ!!炎馬の仇は取らせてもらうぞ」

「チンカッカ。貴様のおかげで氷に磨きがかかった。感謝する」


シン、アーチヤ、ライ、ラン。他の四人も「イツツメ」の元までやってきていた。アーチヤの『コーディネート』で移動したのだ。


四人はそれぞれ、「イツツメ」の外周の球体の上にいた。

見開かれた巨大な眼を見下ろす形だ。


「貴様、頻繁に瞬きをしていたな。さてはドライアイか?」


「イツツメ」の中心の球体の上に立ち、碧眼・緋眼のキャスタが言う。


キャスタを含む伍ノ国代表の面々の手中には、それぞれ同様の容器があった。

先が丸く尖った不思議な形状。先端には穴が空いている。容器の中にはどろどろとした液体が入っていた。


「乾いた眼には目薬だ。効き目は保証しよう」


その液体の正体は、劇薬であった。

これまたキャスタが用意したモノ。劇薬の名は、『サイミンヤク』。


本来の用途は目薬であり、視力を大幅に上げる効力がある。

が、両目に同時に注すと、目から全身に衝撃が走り、瀕死状態に。最悪の場合、死に至る。


この副作用は、対象の大きさに関係なく、平等に起きる。

そういう制約の元に製薬された「サイアイテム」なのだ。


「イツツメ」に関していえば、『サイミンヤク』を注す眼が五つある。


同時に注せば、絶命は免れないことだろう。


「多少の副作用には目を瞑ってくれ。おっと、瞑りたくても瞑れないんだったな」


キャスタが合図を出し、伍ノ国代表の五人が、「イツツメ」の五つの眼に、同時に『サイミンヤク』を注す。


「イイイイぃぃぃ・・・」


『サイロック』により瞬きを禁じられた「イツツメ」に、抵抗する術はなく。


五つの眼。それぞれの瞳から色が失われた。


「幾つの眼があろうとも、正しい答えが見得るとは限らない。瞳に映すべきは一つの真実だけだからな」


後ろで括っていた髪を解くキャスタ。


するりと落ちる金髪が、キャスタの緋眼を隠した。



『陸獣』イツツメ、攻略完了。

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