第6話 VS HITOTSUME


壱ノ国に向けて行進する『陸獣』。

名を「ヒトツメ」。


その図体は大きく、巨軀を支える四足は太く短い。後部から伸びる尾は、地面を引きずるようにして進んでいく。

動作はもっさりとしているが、一歩進む毎に衝撃が起こり、まるで大地が揺れているような感覚に襲われる。


名前の通り額に浮かぶ一つ眼が、ギロリと人間達を不気味に睨んだ。



「消えたのは剛堂盛貴、軒坂平吉、借倉架純、透灰李空、犬飼みちるの五人ね」


三上が指を折りながら報告する。

六下は双眼鏡から顔を離し、渋面をつくった。


「正直相当きついが、仕方がない。残った奴らで最善を尽くそう」


六下はテキパキと指示を飛ばし始めた。




六下指揮の下、「ヒトツメ」攻略に集まった者達が各自配置につく中、七菜と翼は少し離れた場所にいた。


その歳を10である二人の少女が、戦場となることが分かりきっているこの場までやって来たのには、いくつかの理由があった。


一つは、どっちみち『陸獣』の行進を止めねば終わりという点。


行進を阻止できれば良いが、できなければ大陸は無に還す。この情報を知っていて尚、安全圏で大人しくしていろというのは酷な話だ。

結末を見届けたい。二人がそんな風に考えるのは至極当然のことだろう。


もう一つは、戦力が固まる中央部の方がむしろ安全という見方ができる点。


王を名乗る者たちの存在をもあり、中央部以外の地域が安全圏だとは一概に言えない。

その分、大陸中央部には『陸獣』攻略の為に各国の猛者達が集まっており、危険に対応できるケースもあり得るだろう。


そして何より、七菜と翼は「金」のクラス。その才は貴重であり、必要となる場面もあるかもしれない。


以上のような理由から七菜と翼も同行したわけだが、現在二人は一行から少し離れた場所にいた。


その理由は「声」を聞いたから。

怯えているような、助けを求めるようなその声に、二人は自然と吸い寄せられたのだ。


「この辺りから声がしたんですが・・」

「・・あっ!あれ!」


それは、壱ノ国と陸ノ国を分かつ自然の砦、延々と生い茂る草木の中に隠れるように存在していた。


「むう、むう・・・」


その正体は一匹の子竜だった。涙を目一杯に溜め、上目遣いでこちらを見てくる子竜には、翼が片方しかなかった。

何を隠そう、この子竜は卓男の愛竜。ムルムルであった。


「何か困ってるみたい」

「ななに任せてください」


七菜は一歩踏み出し、ムルムルの頭に手をかざした。

『コンパイル』によって、ムルムルの言葉を翻訳しようとしているのだ。


「ふむふむ。闘いに参加するために主人と共にやってきたけど、その主人が突然消えてしまったと。それで怖くなって、森に逃げ込んだ。というわけですね」


頷きながら、七菜が翻訳結果を口にする。


三上の報告にはなかったが、どうやら卓男も姿を消した者達の一人らしい。


話を聞いた翼は何やら考え込む仕草をし、それからゆっくりと口を開いた。


「ななちゃん。つばさ、試したいことがあるんだけど───」


翼の提案に、「それは良いですね」と、七菜は相好を崩した。




戦場では、「ヒトツメ」攻略戦がスタートしていた。


六下によって急遽練られた本作戦の主戦力となるのは、サイストラグル部の部員達である。

イチノクニ学院サイストラグル部の部員は手練れ揃いだ。現部長である滝壺楓と副部長の炎天下太一を始め、その実力は折り紙付きである。


壱ノ国代表将の平吉が、つい先日まで部長を務めていたことからもレベルの高さが分かるだろう。顧問の六下にしても、かつては壱ノ国代表の選手として名を轟かせた実力者だ。



さて、そんなサイストラグル部部員による一斉攻撃。


身体能力向上系の部員達が、「ヒトツメ」の行進を止めようと4本の太い足にそれぞれ群がる。

遠距離系の部員達は、それぞれの才で後方から射撃を行っている。


「ヒイイイイイイィィィィィィ」


しかし、「ヒトツメ」の行進は止まらない。


巨躯の所々で爆発の煙やらが起きるが、「ヒトツメ」は全く気にしてないように、自分のペースで進んでいく。

四足に群がる部員達も、「ヒトツメ」の行進に合わせて後退する有様だ。


「やはりそう簡単にはいかないか」


段々とこちらに近づいてくる「ヒトツメ」を視界に収めながら、六下が呟く。

その横では、三上も苦い表情をつくっていた。


今できる最善の策を練ったつもりだが、剛堂や調査班の面々が揃って消えたのは想定外。厳しい局面であるのも事実だった。


「・・え?なに?」


と、立ち尽くす二人を異変が襲った。三上が驚きの声を漏らす。

突如、大きな影が二人をすっぽり覆ったのだ。


空を見上げれば、そこには立派な竜の姿があった。二つの大翼をはためかせ、優雅に空を泳いでいる。

その竜は、六下と三上の目前に音も立てず静かに着陸した。


「六下先生!」「母様!」


竜の背上から可愛らしく顔を出したのは、七菜と翼の二人であった。

右と左からひょこっと出てきたその顔に、六下と三上は目を丸くした。


二人の驚愕を他所に、七菜と翼は竜の背を降り、事の経緯を話し始めた。



───森の茂みでムルムルを発見した二人。


ムルムルの言葉を七菜が翻訳した後、翼が提案したのは、「竜の翼を生やす」というものであった。


これまで、解読班にて正誤判定の役を担ってきた三上翼。

彼女の才は「誤りを検知する」「誤りを正す」といった能力だが、この内の「誤りを正す」は一種の再生能力といえる。


「金」クラスの授業にて、出しっ放しになっていた箒などを所定の位置に戻した能力がこれだ。

「誤りを正す」と言いつつも、その本質は元の状態に戻すこと。再生能力なのである。


「『サイクリックリダンダンシーチェック』」


翼が才を発動すれば、ムルムルの体に明確な変化があった。

失われた片翼が生え、それに合わせて体が大きくなったのだ。


子どもには到底見えない。立派に成長した一匹の竜の姿がそこにはあった。

バサっと広げられた両翼の動きに合わせて優しい風が起こり、翼と七菜の頬をふわりと撫でた。


「ありがとう。お礼に運んであげるね」


七菜の才『コンパイル』越しにムルムルが礼を言い、その背に二人を乗せた。


───以上が、七菜と翼がここまでやって来た経緯であった。



「他にもできることがあるなら協力させてくれ、とも言っています」


七菜の言葉にムルムルが頭を上下させる。肯定しているようだ。


六下は少し考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。


「なるほど。そういうことなら───」




闘いは激しさを増していた。

「ヒトツメ」の行進は止まらず、刻一刻と壱ノ国に近づいている。


タイムリミットが迫っているという状況に、サイストラグル部の部員たちは焦りを感じているようにも見えた。


「ようやく俺の出番だな」


こちらに迫る「ヒトツメ」の正面に立ち、舌舐めずりをする部員が一人。

背丈は小さいが、顔には勝気な性格が滲み出ている。生意気な少年といった印象だ。


「道は俺がつくる。暴れてこい」


隣にはもう一人の部員が。その仏頂面の男は、少年に一言だけ伝えて合掌した。


仏頂面の男の才は、砂を操る能力だ。

その能力を最大限発揮する為、男は「ヒトツメ」がここに来るまで待機していたのだ。そう、この場所は砂地であった。


「『サンドボックス』」


男の声に合わせて、砂が自在に動き出す。

宙を舞う砂はいくつかの立方体を生み出し、段状に連結した。


「ナイスアシスト!」


さながら砂の階段を、生意気な雰囲気を持った少年が駆け上がる。

一番上の段まで来た時、少年の眼前には「ヒトツメ」の一つ眼があった。


「覚悟しな。最大出力だ」


少年が左右の腰から拳銃を抜き取るような仕草をする。

構えた両手には、半透明の拳銃がそれぞれ握られていた。


少年の才は、特殊な拳銃を生み出すことができるという代物だ。

この拳銃は弾数に限りがなく、また威力を調整できるという特性を持つ。


「『マルチホーミング』!!」


少年はこの2丁の拳銃を最大出力で連射した。

「ヒトツメ」の一つ眼に向けて、だ。


「ヒイイイィィィ」


その弾撃は確かに効いたようだ。「ヒトツメ」が鳴き声をあげた。


それから「ヒトツメ」が取った行動は至ってシンプルなものだった。


瞼を閉じたのだ。


その動作は、行進と同じくひどくゆったりとしたものだった。

完全に目を瞑る前に致命傷を、と意気込む少年だったが、遂に「ヒトツメ」の瞼はピタッと閉じられた。


少年は尚も銃弾を打ち込み続けたが、瞼は分厚く全く効いていない様子だ。


「ちっ。タイムリミットか」


少年は舌打ちをした。


目を瞑っても、「ヒトツメ」の行進は止まらなかった。

その巨躯は少年に迫り、これ以上進めばぶつかるところまで来ていた。


「あとは任せたよ」


少年は言い残し、砂の階段を生み出している男の元に飛び降りた。



弾撃が収まり、「ヒトツメ」がゆっくりと眼を開いた時、眼前には光の球体があった。


「ああ。確かに」

「任された!!」


その球体から現れたのは、滝壺と太一の二人。背後には美波の姿もある。

砂の階段の最上段に居た少年を座標として、美波が『ウォードライビング』を発動したのだ。


滝壺と太一の間には、バチバチとエネルギーを発する球体が出来上がっていた。二人の合体技。炎と水の球体『ファイターボール』だ。


「頼んだぞ。部長、副部長」


飛び降りた少年をキャッチした、砂の使い手の男が、球体を見上げて呟いた。


「ヒイイィィ」


「ヒトツメ」の眼がギロリと浮かび上がる。

黒目はキョロキョロと泳いでおり、『ファイターボール』を前に怯えているようにも見えた。


再び瞼を閉じようとする「ヒトツメ」。

しかし、ゆっくりとしたその動作は間に合わず。


「ヒイイイィィィ!!」


目ん玉に直撃した。


「今だああ!!!!!」


光の球体の中から、滝壺が声を張り上げる。

その声に合わせ、地上で5つの人影が同時に動いた。


「あいよ!」「キャプテン!」

「まかせろ!」「部長!」

「ここで止める!」


五人の手には、同様のモノが握られていた。

小さな子どもと同じくらいの両手サイズのソレは、調査班が身につけていた首飾そのものであった。


白い鍵の首飾を、サイストラグル部部員の一人が『スケールアウト』という才を用いて大きくしたのだ。


「「「「「食らえ!!!!!」」」」」


『ファイターボール』によって、僅かに動きが怯んだ「ヒトツメ」。

その隙をつき、五人が同時に五本の『鍵』を突き刺す。四足と尾の五箇所だ。


六下が全盛期に生み出したその『鍵』には、特殊な能力が付与されている。対象の位置をその場に固定する『ロックアウト』という能力だ。

言わずもがな、これにより「ヒトツメ」の動きを封じるのが狙いだ。


「ヒイイイイイイィィィィィィ!!!」


鋭い痛みに、「ヒトツメ」が今日一番の鳴き声を上げる。


「よくやったお前たち」


そう口にしたのは、サイストラグル部顧問の六下だ。

彼の位置は、竜の背上。むろん、竜の正体はムルムルである。


ムルムルの善意を受け、六下はその背に乗せてもらうことにしたのだ。

六下の他に、七菜と翼も同乗している。


「むう!むう!」


大翼をはためかせ旋回するムルムルが、「ヒトツメ」の眼前に迫る。


「サニタイジング完了だ」


六下は、パカリと開いた「ヒトツメ」の大口に、ナニモノかを放り込んだ。



「今日は大忙しだ。『ウォードライビング』発動」


六下の行動を下から確認し、美波は才を発動した。


「堀川さん。宜しくね」


現れた光の球体に、三上も一緒に乗り込んだ。



六下が「ヒトツメ」の大口に放り込んだモノ。それは『サイポイント』であった。

美波が才を発動する際に、座標の代わりとして使うことがあるサイアイテムである。


その使用方法は今回も同じ。美波と三上は、『ウォードライビング』で「ヒトツメ」の体内に潜入したのだ。



「怪物の体内なんて、考えるだけで気分が悪い。さっさとトドメをさしてあげるわ」


三上は、ポーションを口にした。

そのポーションは、入場チケットという説明と共にキャスタから預かったモノである。


それは、キャスタの才『永遠の18才』の効力を一時的に授かることができるものであった。

端的にいうと、全盛期の力をもう一度だけ使用することができる代物である。


「この技をもう一度使う時が来るなんてね。『ヘブンズゲート』発動」


三上は呟くように口にした。



「無惨な六三コンビ」という異名で恐れられた六下・三上の二人。

その片割れである三上の才は『ゲートウェイ』。特殊な効力が付与された様々な種類の扉を、自由自在に展開する能力だ。


中でも特別特殊な最強の扉。

その名を『ヘブンズゲート』こそ、今回発動した能力だ。


この扉を開くにはいくつか条件があり、その一つに「発動者である三上が、扉に沈める対象の中心に居なければならない」というものがある。

この条件を満たす為、三上は「ヒトツメ」の体内に潜入したのだ。



「上手くいったようだな」


空中を旋回するムルムルの背上で、六下が呟く。


目前の光景は圧巻だった。

「ヒトツメ」の真下に開いた大きな扉。その先に広がる深い闇からは無数の白い腕が伸び、「ヒトツメ」の巨躯を絡めとっては、闇の中に引きずり込もうとしていた。


これこそが『ヘブンズゲート』の真の効果だ。

三上は扉の先を「あの世」と解釈している。対象の真下に扉を開き、あの世へ引き摺り込む大技。それが『ヘブンズゲート』なのだ。


といっても、対象の中心部で発動しなければいけない、という発動条件があるため、生物に直接使用することは通常できない。

「ヒトツメ」の図体が巨大なことは、脅威でありながら、ある意味では好都合であったわけだ。


「それにしても遅いな・・」


ゆっくりと沈んでいく「ヒトツメ」を眺めながら、六下が言葉を漏らす。

「ヒトツメ」を『ヘブンズゲート』に沈めるのが上手くいったのは良いが、三上と美波が帰ってこないのだ。


六下の作戦では、このあと誰かしらの才を座標にして美波が『ウォードライビング』を発動。三上を連れて戻ってくる手筈となっている。


「むうむう!!」


と、突如ムルムルが騒ぎ出した。


「どうしたのですか!?」


その尋常ではない鳴き声に、七菜が『コンパイル』を発動する。


「・・え。二人が戻ってこれない?」


七菜は困惑した表情で呟いた。



七菜が『コンパイル』によって翻訳した、ムルムルの言い分はこうだった。


「ヒトツメ」の皮膚には「才を無効化する」といった特殊な効力があり、体内に居る美波は座標を探知できず、『ウォードライビング』を発動できないのかもしれない。

進入時は「ヒトツメ」の大口が開いていた為、サイポイントの座標が正常に働いた。しかし、今は大口を閉ざしてしまった為、脱出は叶わないわけだ。


皮肉なことに、「ヒトツメ」の大口を閉ざしているのは、『ヘブンズゲート』から伸びる白い腕であった。

ムルムルの推察が真実なら、三上と美波が外に出れないのは、ある意味自業自得というわけだ。


「これは大変なことになりましたね・・」

「くそっ。何か策は・・」


「ヒトツメ」の頭上を旋回するムルムルの背上で、七菜が深刻な顔で呟き、六下が珍しく慌てた様子で爪を噛む。


このままでは、「ヒトツメ」と共に三上や美波も『ヘブンズゲート』の先に引き摺り込まれてしまう。

三上の言葉を借りるなら、扉の先はあの世。二度と帰ってくることはないだろう。


「・・・つばさに。翼に考えがあります」


同じくムルムルの背上で、意を決した表情で翼が口を開いた。




(ああ。コイツ、嫌いだ)


三上が六下に抱いた最初の印象はこれだった。


『TEENAGE STRUGGLE』壱ノ国代表にスカウトされた三上は、事務所で六下と初めて顔を合わせた。

新入りの三上に対し、六下の態度はそっけないものだった。三上の六下に対する最初の印象が悪かったのも、仕方がないことだと言えるだろう。


六下は、一言で言うとエリートだった。

才は強力で、闘いの才能は代表の中でもずば抜けていた。


三上は、一言で言うと負けず嫌いだった。

六下に少しでも追いつこうと鍛錬し、実力を伸ばしていった。


気づくと、二人は各国の代表からも一目置かれる存在になっていた。

「無惨な六三コンビ」といった異名が囁かれ始めたのも、この頃だ。


しかし、三上は分かっていた。

六下と自分では、明らかな実力の差があることに。


努力を重ねても決して埋まらない実力差。

六下への劣等感を抱えたまま。三上は20歳を迎え、現役を引退した。


この時。劣等感とは別に、三上は六下に特別な感情を抱いていた。

羨望が発展したその感情は、最初の印象とはまるで真逆のものであった。


だが、三上はこれを表には出さなかった。

「無惨な六三コンビ」などと呼ばれてはいたが、自分と彼とでは釣り合っていない。今思えば、心の何処かでそんな風に考えていたのかもしれない。


現役を引退すると、六下とは疎遠になった。

同じ教師の職に就いたが、担当する学年もクラスも違った為、顔を合わせる機会はまるでなかった。


教師になって暫くし、三上は結婚した。相手は見合いで出会った男だった。

それから翼を授かったが、一児の親となった男の態度は豹変した。


三上はとうとう男に愛想を尽かし、翼を一人で育てる道を選んだ。


どこで間違えたのだろうか。

翼と二人になってから、三上は度々同じことを考えるようになった。


自分の気持ちに素直になれていたら、違った未来があったのかもしれない。


もう間違えない。そう決意し、今日まで翼を育ててきた。

愛する娘が将来、同じ轍を踏まないように。必要以上に厳しく指導してきたつもりだ。


だが、今になってまた後悔している自分がいる。

翼への接し方は合っていたのか。厳しく育てたのは自分のエゴではないのか。果たして翼は幸せだったのだろうか。


命の危険を感じる状況に身を置き、三上の脳内に過ぎるのは悔いばかりだ。


三上は自分自身に問いかける。


(私、また間違ったの・・)




「・・え?」「・・なに?」


三上と美波の二人は、ほとんど同時に疑問の声を漏らした。


それもそのはず。先ほどまで「ヒトツメ」の体内に居たはずなのに、気づくと外に出ていたのだ。

まるで手を離してしまった風船のように、二人の体は空へ空へと近づいていく。


その現象を引き起こしているのは、三上翼その人であった。

彼女は、三上と美波を対象に才を発動したのだ。


「ヒトツメ」の体内に居ることが、三上と美波の本来の居場所であるはずがない。

翼の才は、主人の願いを叶えるように、三上と美波を救出してみせたのだ。


「大丈夫だ。お前は何も間違ってない」

「え?」


上空を旋回するムルムルの元へと向かう途中。三上のすぐ横を何者かが落下していった。

三上と美波と逆行するように地上へと落ちていったのは、六下であった。


彼は、翼の才が上手く作用し三上と美波が助かったことを確認すると、キャスタから預かったポーションを飲み、ムルムルの背を飛び降りたのだ。


落下する六下は、真っ黒な『鍵』を抱き抱えていた。

自分の等身と対して変わらない、大きな鍵である。


その真下では、『ヘブンズゲート』が「ヒトツメ」の巨躯を呑み込み、今まさに扉が閉じようとしていた。


「二度と出てくるなよ。怪物」


六下が抱える漆黒の『鍵』が、タイミング良く閉じた『ヘブンズゲート』の鍵穴にぴったりとハマる。


「『デッドロック』」


そのまま体を捻り、六下が『鍵』を回す。


施錠された扉に、太い鎖が次々と巻かれていく。


強固に閉ざされた扉は、そのまま地面に沈み、やがて見えなくなった。




「むう、むう!」


七菜と翼、それから美波と三上を乗せたムルムルが、六下のすぐ側に着陸した。ムルムルの鳴き声はどこか嬉しそうだ。


「なんだ。その白けた顔は」


ムルムルの背から降り、ふらふらとした足取りでこちらに歩いてくる三上に、六下が冗談まじりの声色で言う。


「お前のことだ。奴の体内で走馬灯でも見て、過去の自分を責めでもしたんだろ」

「・・・」

「なんだ図星か」


はあ、と六下が息を吐く。

それから少し歩くと、ムルムルの背からちょこんと降りた、翼の小さな肩に手を置いた。


「お前と堀川を救ったのは間違いなくこの子だ。そしてこの子をここまで育て上げたのは、他の誰でもないお前だ。誇ることはあっても悔いることなど何もない」


そこで一度言葉を区切り、誰かの顔を思い浮かべるように視線を斜め上に上げると、こう続けた。


「それから、親の後悔は子どもに悪影響だ。わかったら、いつもみたくしかめ面でも浮かべてろ」

「・・・うっさい。あんたの説教なんて聞きたくないのよ」


三上は薄く笑い、子どものように舌を出して抗議した。


「そうだ。それでこそ三上さとみだ」


六下は、空を見上げて笑った。


「母様。なんだか嬉しそう」


そんな二人のやりとりに、翼は優しい笑みを浮かべるのだった。



『陸獣』ヒトツメ、攻略完了。

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