第2話 THIRD


男はこの日、目を覚まさなかった。


それは今日に限った話ではない。

男は100年近く、眠ったままなのだ。


しかし、死んでいるわけではない。

仰向けに眠る男の胸は、今も微かに上下している。


横になる男の頭部からは、七つの管が伸びていた。

より正確に言うなれば、頭にすっぽり被せられた半球状のモノに、七つの管が繋がっているのだ。


それは、さながら生命維持装置のように見えた。


男の命を繋ぐモノは何なのか。

何事かを願うような静かな表情で、男は今日も眠り続ける。





「今のは、歌声?」

「綺麗な声色だったな」

「天使の歌声のようでした」


李空、セイ、マテナの3人は、揃って恍惚の表情を浮かべていた。


大地の回転に伴い、肆ノ国を旅立った李空達。

その道中。彼らは共通の「音」を聞いた。


それは、伍ノ国から肆ノ国へと向かう途中に聞いた「声」とは全く逆のモノ。

あちらの声を「怨嗟の声」と表現するなら、マテナが言うように、こちらの音は「天使の歌声」という表現がぴったりであった。


「・・っと。これは、だな」


いつのまにやらその音は聞こえなくなり、李空はようやく異変に気づいた。

セイとマテナが頷く。どうやら二人も言葉の意味を理解している様子だ。


大地の回転が始まる前。李空たちが居たのは肆ノ国の闘技場であった。

それは、舞台から空も望める地上にあり、大地の回転に抗ったとて、回転後の立ち位置も地上であるのが道理だ。


が、今李空たちが居る場所は、必ず地上だという確信が持てなかった。

というのも、ここには「空」がないのだ。


かといって建物の中というわけでもなさそうだ。地面に整備された様子はなく、石ころやらが剥き出しの状態になっている。

しかし、前述通り空は見えない。まるで分厚い雨雲が覆っているよう。いや、地下に居るかのようである。


「あ!見覚えある人たち!」


と、李空らに呼びかける声が。


空は見えず太陽光は届かないが、等間隔に街灯が設置されているため、相手の顔は認識できる。

その顔は、零ノ国案内人壱ノ国代表担当コーヤを始めとした、各国担当の案内人達とよく似たものであった。


「えーと、君は?」

「トーヤ!案内人!」


トーヤと名乗る少年は、元気に声を張り上げた。背中には大きなリュックを背負っている。

言動からだろうか、他の案内人と比べて少し幼く見えた。


どうやら、顔は同じでも、案内人たちの性格はバラバラのようだ。


今までの経験から、彼が参ノ国代表担当の案内人。そしてここが参ノ国だと推測した李空は、気になる疑問点を一つずつぶつけることにした。


「ここ、参ノ国だよね。一体どういう造りになってるの?」

「さあ。聞いたけど忘れた!」

「えーと、参ノ国代表は一緒じゃないの?」

「はぐれた!」

「・・石版について、参ノ国代表の誰かから何か聞いてる?」

「知らない!」


トーヤは全ての質問に自信満々に答えた。

回答を聞くたび、李空の目は段々と遠くなっていった。


それは情報が何一つ得られなかったこともあるが、トーヤとのやりとりに真夏との既視感を抱き、思い出したからでもあった。


胸中を掠めた寂しさの風を振り払うように頭を振り、李空は携帯電話を取り出した。とりあえずは平吉達に連絡を取るべきと判断したからだ。


が、一向に繋がる気配がない。

何かあったのか、と李空が首を捻っていると、トーヤが「あ!」と声をあげた。


「そうだ!参ノ国は携帯使えないよ!」




「ちっ。使いもんにならんな」


平吉は渋面で携帯電話をポケットにしまった。


「こっちもダメでありんす」


その隣で、架純が首を振っている。

片手には携帯電話が握られており、平吉と同様、電話が繋がらなかったことが窺えた。


さて、平吉と架純の二人であるが、李空らと同じく参ノ国に入国していた。

が、大陸回転時の初期位置が違ったため、李空らとは別の地点に到着していた。


「とりあえず情報収集やな」

「そうやね」


二人は一方に向かって歩き出した。足取りに迷いがないのは、そちらの方向に街並みが見えたからだ。李空らの位置からは見えなかった街だ。


平吉らの初期位置と街はさほど離れておらず、歩いて数分で到着した。比較的発展した街は明るく、建物は高い。

中には、何故か当たり前のように頭上に存在する天井についてしまいそうな建物もあった。


「ん?これはこれは、優勝国の年長組さんやんなあ」


と、二人の元に一人の男が近づいてきた。

口元にはいやらしい笑みが張り付いている。


「お前は・・誰やっけ?」

「あちきの対戦相手でありんすよ。名前は・・なんやっけ?」

「・・・ルーマだ」


その男。参ノ国代表ロス・ファ・ルーマは、平吉と架純のあんまりな対応に嘆息した。



それから平吉と架純は参ノ国の説明を受けた。

なんでも参ノ国は六つの層に分かれており、それぞれに「ド」から「ラ」の地区名がついているそうだ。


現在地はその内の「ファ」に当たる地区であり、地上一階に相当するらしい。

地下や二階以上に当たる位置にも同じような空間があり、「ド」から「ミ」、「ソ」と「ラ」の地区名がそれぞれ割り当てられているそうだ。どの地区にも、ここと同様に人が生活しているとのことだった。


まるで巨大な建物がそのまま国になったみたいだな、と平吉と架純は共通した感想を抱いた。


「なるほどな、国の構造はわかったわ。電話が繋がらんのもこの特殊な環境のせいっちゅうわけやな」

「天井があるのも納得でありんす」

「そうだ。話が早くて助かるやんなあ」


狐目を細めて頷くルーマを横目に、平吉は思考する。


優先すべきは李空らと合流することだが、携帯電話が使えないとなると方法は限られてくる。

聞き込みをするのも手だが、より確実な方法があることに気づき、平吉は開口した。


「石版の位置はわかるか?」

「・・なるほど。くうちゃん達も遅かれ早かれ石版を目指すという結論に達するだろう、というわけでありんすね」

「そういうわけや」


架純の言葉に平吉が首肯する。


目的地が定まっていない状態で逸れれば合流は困難だが、今回は「石版」という共通の目的がある。

お互いにそこを目指せば合流できる、というわけだ。


「話は聞いてるやんなあ。ここに居たのも案内をするためやんなあ」


六国同盟『サイコロ』経由で調査班の動向をある程度把握していたルーマは、大地の回転が起きたことで調査班が参ノ国に入国したのではないかと推察し、こうして待ち伏せをしていたのだった。

入国したのならば「ファ」の何処かに居るだろう、という考えの元だ。


「石版はファ。正確にはミとファの中間にあるやんなあ。けど、その場所に辿り着くには、遠回りをする必要があるやんなあ」

「どういう意味や?」


平吉が問うと、ルーマは説明を始めた。


「まず、石版の在り処。それはあの屋敷の地下やんなあ」


ルーマが指差す方向には、大きな屋敷があった。

背の高い建物は他にもあるが、その屋敷は特別大きい。屋根は天井にすっかりついている。いや、埋まっているという表現の方が的確かもしれない。屋根は途中部分までしか確認できなかった。


「あの屋敷は『三重塔』っていうやんなあ」


ルーマの話では、その屋敷は各地区の同じ地点に建てられているとのことだった。

「ファ」を含む地上に3つ、それから地下にも3つあるため、「三重塔」と呼ばれているそうだ。


計6つの屋敷は内部で繋がっており、入口は最上階と最下階の2つしかない。

そのため、石版があるという場所に行くには、どちらかに一度足を運ぶ必要があるというのだ。


「なるほどなあ。ほんで、移動はどうするんや」


摩訶不思議な話であるが、それくらいのことは慣れっこだと、平吉はすんなり話を呑み込んだ。


「ああ、それはなあ───」


ルーマは呟き、一方を指差した。




「入って!」


トーヤの言葉に、李空、セイ、マテナは一斉に怪訝な顔をした。

トーヤが指差す方向には、禍々しいオーラを放つゲートのようなモノが開いている。


それは零ノ国にある『サイワープ』とよく似ていた。李空はそれを思い出し、警戒を緩めた。

セイとマテナも見覚えがあったのだろう。顔つきから警戒の色が薄まった。


携帯電話が使えないことを知った李空らは、石版を目指すということで話が着いた。平吉と同様の理由からだ。しかし、トーヤは石版のことなど何も知らないという。

どうしたものかと考えていると、またしてもトーヤが「あ!」と声をあげて「付いてきて!」と歩き出したのだった。


李空らは互いに顔を見合わせたが、他に手がかりがないということで、仕方なしに後に続いた。その先にあったのがこのゲート、というわけだ。


「やっぱり僕から行くね!」


何がそうさせたのか、もう待ちきれないといった様子でトーヤはゲートを潜っていった。


「どうやら危険はなさそうですね」

「他に行くあてもない。行くしかないな」

「そうだな」


トーヤが先陣を切った安心感と、ここで引き返すわけにはいかないという想いから、李空らもゲートに足を踏みいれた。




「にしても明るい街やなあ」


平吉は「ファ」の街並みをしげしげと眺めながら感想を口にした。


石版があるという「三重塔」の入口を目指すことになった平吉と架純。

しかし、彼らは塔の一階部分である屋敷から離れていた。


というのも、地区の隅にあるというワープゲートを目指しているのだ。


なんでも、参ノ国において地区間の移動はワープでのみ行っているという話だった。

各地区に設置されたワープゲートは二箇所。それらは上の地区と下の地区にそれぞれ繋がっている。


「三重塔」の入り口は最上階と最下階にあるため、石版を目指すにはどちらかのゲートに向かう必要があるわけだ。

平吉らはルーマ案内の元、近場である東のゲートを目指していた。


そのゲートは上の地区に繋がっている。奇しくも、李空らが潜ったのは西のゲート。それは下の地区に繋がっているため、調査班が合流するのは互いに石版に辿り着いた時になりそうだ。


「そうやんなあ。光はなくても、参ノ国は明るい。なんせ音楽の国やからなあ」


ルーマが得意げに言う。


平吉が抱いた感想「明るい」は、光度ではなく雰囲気の話だった。

ルーマが言うように、街には陽気な音楽が流れている。


すれ違う人の顔も、心なしか明るく見えた。


「そろそろ街を抜けるやんなあ」


ルーマの言葉に辺りを見渡せば、建物の数が段々と減ってきていた。


「それで。石版まで辿り着くにはどのくらいかかるんや」


何気ない調子で平吉が問う。

ワープがあるならさほど時間はかからないだろう、と踏んでの発言だった。


「そうやなあ・・」


ルーマは空中で何やら描くような仕草をした。


「3日。少なく見積もっても3日はかかるやんなあ」




「やっぱりまたファに行ってたのか・・って、ミスターりくう?」


ゲートから姿を見せた者達の姿を眺め、男は目を丸くした。

しかし事前に得ていた情報から事態を察したのだろう、得心がいった様子で頷くと、「久しぶりだね!ミスターりくう!」と手を振った。


その男。フィート・ミ・アイデーのことを思い出した李空は、手を軽く挙げて応じた。


それから李空は、トーヤから聞き出せなかった参ノ国の情報をアイデーに尋ねた。

アイデーの回答は要領を得ていて分かりやすかった。チャラ男の印象が強かったが、どうやら根は真面目でしっかり者のようだ。


どうやら参ノ国代表内での評判も同じらしく、代表してトーヤを預かっているらしい。

トーヤの行動は予測不能であるため、アイデーはほとほと困っているそうだ。


「僕が言うのもなんだけど、参ノ国の代表は変人ばかりだからね!他の人に任せるわけにもいかないのさ」


アイデーは爽やかな笑みを浮かべて言った。


アイデーの話によると、李空らは「ファ」の一つ下の地区に当たる「ミ」に到着したようだ。

「三重塔」の石版を目指すには、後二つ下の地区まで行くことになりそうだ。


さて、正確な情報を得られたことで、李空、セイ、マテナは改めて方針を固めた。どうやら石版を目指すという方向で間違ってはいないようだ。


「一つ良いか?」


セイが口を開いた。


「何だい?」


アイデーがとっつきやすい笑みを浮かべて小首を傾げる。

セイは辺りを見回しながら尋ねた。


「見たところ、この近くにはゲートが一つしかないようだ。そしてこのゲートは上に繋がっている。下に行くにはどうするんだ」


なるほど、確かに辺りに他のゲートは見当たらない。

階段を想定するなら、上と下に続くゲートが二つ並んでいるのが普通だ。


「ああ、それね。実はゲートは各階の東と西に一つずつしかなくてね。東が一つ上の地区、西が一つ下の地区にそれぞれ繋がっているんだ。ちなみに東のゲートは上の階の西のゲートに、西のゲートは下の階の東のゲートに、それぞれ入れ子で繋がっているよ」

「・・というと、さらに下の地区に行くには、西のゲートまで移動する必要があるわけですね」

「ザッツライト!その通りだよ!」


マテナの呟きにアイデーがサムズアップで応える。


「これは長旅になりそうだな」

「だな」


李空とセイは顔を見合わせ、揃って長い息を吐いた。




「何でそんな不便な造りやねん」


平吉は不満の混じった声色で言った。


ルーマの案内で「ファ」の東ゲートまでやってきた平吉と架純。そこでワープの仕組みを知ったのだ。

初めて聞いた時は何かの冗談と思えたルーマが提示した三日間という期間も、今なら妥当に思えた。


「それは俺たちも常々思ってるやんなあ。けど、新しくゲートを開くことはできないやんなあ」


ルーマの話によると、同じ階に3つ以上のゲートを開くことはできないそうだ。なんでも、3つ目を開いた暁には未知の場所と繋がってしまい、潜ったら最後、二度と帰っては来れないらしい。


実際のところは分からないが参ノ国では有名な話であり、新たにゲートを開こうとすれば反対する者が多数現れるそうだ。

元より参ノ国の生活は各地区で完結しており、上下の地区に移動する機会も少ないため、今日までワープ周りの仕組みが改善されることはなかった。


ワープ面が便利になれば地区間の交流も増えるだろうが、交流がないため便利になることもない。

こうして硬直状態のまま今日まで来たというわけだ。


「無いものを嘆いてもしょうがないでありんす。さあ、行くでありんすよ」

「まあ、そうやな」


効率を重視する自分の性格とのギャップに嫌悪感を抱きつつも、架純に説得され平吉は渋々ゲートを潜った。




───イチノクニ学院隠し書庫。


「大陸を一切の無に還す未知の獣、ですか。これが本当なら大惨事ですね」


神妙な面持ちで口にするのは、解読班の一人。三上翼であった。


ひと段落ついたらしく書庫に戻ってきた六下から、色々と話を聞いた解読班。しかし、また急報があったとかで、六下は再び出ていってしまった。

今も書庫にいるのは、美波と七菜と翼の3人である。


最悪の災厄として語られる獣、『陸獣』。

大陸の何処かに眠るというその獣が放たれる時、大陸は一切の無に還すという。


「石版の内容も気になりますね」


手を顎に当て、呟くように言うのは七菜。

目の前の机には、これまで調査班が調べて回った各国の石版の内容が並んでいた。


『才ノ役ハ災厄ヲ払ウコトナリ。最悪ガ迫リシ時、才ハ悪ヲ救ウダロウ』

『大陸ハ胴。ソノ大キナ背中ニ光ト闇ヲ同時ニ背負ウ』

『民ハ血潮。廻ラバ潤イ、固マラバ枯レル』


以上が壱ノ国、陸ノ国、伍ノ国の石版に記されていた内容。


『大穴ハ眼。開カレシ瞳ニ命ガ浮カビシ刻、真ノ闘イハ始マルダロウ』


して、肆ノ国の石版に記されていた文言がコレだ。


「真ノ闘イ。コレは最悪の災厄のことなんでしょうか?」


ぶつぶつと呟く七菜であったが、明確な答えは見つからない。

と、ここまで口を閉ざしていた美波が開口した。


「・・そういえば、零ノ国にも石版があったよね」

「はい。『真ノ王像』と『偽ノ王像』のことですね」


七菜が首肯する。


それというのは、零ノ国にある二種の像の側に設置されていた石版のことである。

どちらも七菜の『コンパイル』によって翻訳済みであり、その内容も大方記憶している。


『真ノ王トハ全テヲ零ニ均ス存在デアル』

『負ト正ガ交ワル時。世界ハ完全ナ状態ヘト生マレ変ワルダロウ』


コレが『真ノ王像』。


『偽ノ王トハ負ノ上に正ヲ築ク存在デアル』

『正ハ負ヲ生ミ、負ハ負ヲ育テ、正ハ正ヲ信ジ、負ハ正ヲ殺スダロウ』


コレが『偽ノ王像』の内容だ。


「・・なるほど。あの内容も『リ・エンジニアリング』解決のヒント、というわけですか?」

「うん、かもしれない。もしくは、が何か関係しているのかも」

「像そのものが・・・」


またもや思索に耽る七菜。


「その、しんのぞう、ですか?一体どういうモノなんです?」


翼が疑問を口にする。

彼女は生まれてこの方、壱ノ国を出たことがない。そのため、彼女にとっては零ノ国など存在すら怪しい場所であった。


「そっか。翼ちゃんは知らないよね」


美波はうんうんと頷き、説明を始めた。

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