第5話 勇者、激怒する

 魔王城、大広間、部下登場。



「なんだか雑な流れだよね~、勇者」

「もう、五回目になるからな。省略できるところは省略しないと。それで、今日のトラップは?」

「今日は二人で協力して扉を押せば開くよ。簡単でしょ?」

「二人?」

「ではでは、もう一人の勇者登場~」

「な、なんだと?」


 部下が手を差し伸ばす。すると、こつりと足音を立てて見知らぬ青年が現れた。

「ちすっ、北の大陸で勇者やってるユジンっす」

「北の大陸の? 初めまして、俺は西大陸で勇者をやっている、」

「あ、名前とか興味ないんで、壁と話してくれますか?」

「え? 部下、なんなんだこいつは?」

「北の大陸の勇者だよ」

「それはわかってるけど、態度! 態度が悪い」



 と言って、ユジンを指差す。そのユジンは気怠そうにしながらも俺を見下した態度を取った。


「何、魔族と普通に話してるんすか? もしかして、魔族が怖かったり? うぷぷ」

「別に怖くなんてない! だいたい、お前だって普通に会話してるだろうが」

「俺、北の勇者で西とか興味ないし。それにとっくの昔に、北の魔王退治終えてますし。あんたとは違い、ちゃんと勇者やってますし」

「こ、こいつムカつくなぁ~」


 俺は拳を目一杯握り締め怒りの態度を表す。

 だが、ユジンは前髪をいじりながら、興味なさげに手鏡を見ている。



「この野郎~。はぁ~、ダメだ。落ち着け。なぁ、部下! とにかく、こいつと協力して扉を押せばいいんだな?」

「そだよ~」

「よし、ユジン。力を貸してほしい」

「はぁ? 忘れたんすか?」

「なにが?」

「俺は西に興味ないんすわ。ここに来たのは、そこの腐れ魔族が金くれるって言うから来ただけで。それによ、北で勇者として楽しくやってんのに、なんであんたのために危険な目に遭わなきゃいけないっつぅ話で」


「別に一緒に戦えって言ってないだろ。扉を一緒に開けてくれるだけでいいんだから」

「そう言われてもなぁ、魔族と仲良くするような勇者と一緒にされると困るしよぉ」

「別に仲良くしてない! 扉を開けてくれたらそれを証明できるから、な?」

「はぁ~、かったりぃ。じゃあ、ちゃんと頼めよ」

「え? いま、頼んだだろ?」

「人に頼むときは土下座だろ?」

「はっ?」

「ほら、頭下げろよ。ほら下げろ」

「この、くそがぁあぁぁ~、と耐えろ俺っ」


 

 あまりにもムカつく態度にぶん殴ってやろうかと思ったが、扉を開くにはユジンの協力が必要だ。

 ここはグッと我慢する。

 そして、もう一度誠意込めてお願いしようとしたところで、彼の背後から女性の声が聞こえてきた。



「ユジン~、まだ~。わたし、早く西の観光したいんだけど~」

「お~、わりぃわりぃ」


 俺は女性の声に顔を向ける。

 化粧の濃い、色気ムンムンの女魔導士が姿を現す。顔は……こう言っては失礼ですが、微妙。

 その魔導士はユジンの背後からねっとりと絡みつき、俺をちらりと見た。


「へぇ~、これが西の勇者なんだ。キャハ、童貞ぽ~い」

「あはは、そりゃやべぇって言い過ぎだべ。でも、非モテ系っぽいよなっ」

「でしょ、キャハハハ」


 ケタケタと笑う二人……初対面の連中になぜここまで言われなきゃいけないんだろうか?

 激情に任せて怒鳴り散らすのは簡単だけど、第一目的は扉を開くこと。

 目的を完遂するためには、こんな連中であろうと自棄にならず、礼儀という名の交渉カードを切ろう。



「え~っと、ユジン。とにかく、扉を開けるのに力を貸してくれないか? もちろん、頼みを聞いてくれたらそれなりの礼をするからさ」

「礼って、金っすか?」

「まあ、そうなるかな」

「どうしよっかなぁ~」


 ユジンはねちゃ~っと糸を引く声を出しながらニヤニヤしている。

 それを俺は作り笑いで受け止め、ひたすら耐える。

 すると、ユジンに絡みついていた女魔導士が余計なことを言い始めた。


「ねぇ、ユジン。さっきさ、土下座しろって言ってたのなに?」

「ああ、それ。こいつがさ、俺に頼み事するから、頭下げろって話」

「マジマジ、面白いじゃん。わたし、お金よりも勇者の土下座が見た~い」

「マジかよ、見たいのかよ。仕方ねぇなぁ。て~ことで、金いらねぇから、土下座しろよ」

「そうそう、土下座。ガチ土下座見せてよ~」

「「それ、DO・GE・ZA! DO・GE・ZA! DO・GE・ZA!」」



 二人は煽り立てるように土下座コールを始めた……。

 さすがにこれには俺のこめかみにも青筋が走るが、それでもまだ耐えて、協力をお願いする。



「さすがに、土下座は……お願いだから、ここはひとつ助けると思い、扉を……」

「はぁ、ここで断るとか空気読めなさすぎ。て~かさ、土下座一つで魔王と戦えるかもしれねぇのに、普通断る?」

「それ、マジ~。こいつってさ、勇者とか言ってるけど、みんなのことよりも自分のプライドの方が大事なんじゃないの?」

「うわ、最低じゃん。ガチ屑じゃん」



 二人は俺を指差して笑い、クズ、クズと罵り続ける…………。

 嘲笑の雨に打たれながら、俺の胸中には今までの旅の思い出が蘇ってくる。

 弱かった自分が悔しくて、体を鍛え強くなった。誰かを助けられる力を手にした俺は、躊躇いもなく困っている人たちへ手を貸していった。

 みんなを助けることで感謝され、それが嬉しくて、もっと誰かを助けたいと願った。

 それらを繰り返しているうちに、俺は勇者になった。


 そう、俺は弱かった自分から生まれ変わり、誰かを助けたくて、今ここにいる。

 こんな連中に罵られるために勇者になったわけじゃない!


――でも!!


(堪えろ、俺。あいつらの言うことにも一理ある。頭を下げるだけで協力してもらえるなら安いもの。俺のプライドと引き換えに、この大陸に平穏が訪れるなら、それでいいじゃないかっ!)



 俺は片膝をついた。

 それを見た二人は、より一層、大きな笑い声を上げた。


「マジかよ!? 土下座する気だぜ、こいつ」

「キャハハハ、必死じゃん。みっともな~い」


(なんとでも言え。それで人間と魔族の戦いに終止符が打たれるなら構わないさっ)

 俺は自分のプライドを捨て、ただ一つ、みんなを助けるということに意識を集めた。

 だが…………こいつらは、言ってはならないことを平気で口にしやがった。



「見ろよ、情けねぇ。俺だったら力ずくで協力させるけどな」

「ユジン、カッコいい」

「まぁな。親父から男は簡単に頭下げるなって言われてたからよ。たぶんこいつの親は、普段からペコペコ頭を下げてんだろうな。なっさけね、あははは」

「キャハハハ、そんな親、きしょ~い。親が誰かに頭下げてたら縁切るレベル」


 俺は両膝をつこうとしていたところで、ぴたりと身体を止めた。

 そして、二人を睨みつける。


「ちょっと待て。俺のことはともかく、親をどうこう言うのはおかしいだろ?」

「あれ? 親の悪口言われるとキレる系っすか?」

「いるよねぇ、親の悪口は許さない系。そういう奴に限って雑魚系多かったよね」

「親が雑魚だから、雑魚系が生まれるのは仕方ないべ。あはははは!」

「ほんとそれ、キャハハハハ!」


 二人は俺と両親を馬鹿にして笑う。

 俺はこんな奴らに土下座をしようとしていたのか? 

 たとえ、平和が訪れたとしても、両親を貶めるような奴に土下座をしてもいいものか?

 そんなのは、絶対に、ごめんだ……。


 

 俺は腰に携えていた剣を床に放り投げる。

 その態度を見た部下は次に起こる出来事を察し、靄に包まれ消えた。

 俺はゆっくりと言葉を生む。

「今日まで、ずっと勇者として頑張ってきた。だから、今日一日くらい休んでもいいよな。それにボコボコにするだけだし」

「は、なに言ってんすか? もしかして、完キレアピールっすか?」

「うわ、寒いしきしょ~い」



 俺は大きくため息をつき、勇者でなく、一人の人間としての言葉を出す。

「はぁ~…………いい加減にせんと、くらすぞきさん!」

「くらすぞきさん? 誰と暮らすっつぅ話? あはは、方言やべぇ。マジやべぇ、こいつ、魔王如き倒せない勇者のくせに、魔王を倒した俺に喧嘩売ってんよ」

「しかも、二対一なのに。ばかじゃないの?」


「馬鹿はきさんたち野郎が! さぁ、とっととかかってきんしゃい!」


 

 この後、二人を一方的にボコボコにして北へ送り返してやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る