途端に船橋に三人の男達がなだれ込んでくる。

 一人は赤い縮れ毛を左右から見せつつ黒いベレー帽を斜めに被る、頑丈そうな体を油まみれの砂色のつなぎ服で包んだ初老の男。機関士のバシリス・アレッハンドル。

 素早く機関士席を譲り船橋から飛び出し自分の持ち場に向かったトァムに代わりに席に着く。

 その後ろにある席に着いたのは、バシリスより十歳若い、銀色の短髪に金属枠の眼鏡を掛けた瘦身の紳士。エウジーミル・サバロア。

 黒いベストに白いシャツ、ベストと同色のズボンと言う、場違いな装束は一際浮いている。

 彼が付いた席は、この船の浮力源である『浮素ガス』の濃度調整を一手に行える『気嚢士席』呼ばれており、即ち飛行船の命を預かる場所とも言える。

 気嚢士席の真横、無線士席には、赤茶のフライトジャケットを身に着けた細身の青年、レイ・ウェイルが、麦の穂色の長髪を片手で撫で付けながら付いた。

 船長席でアゲハは宣言する。


「これより、方位マルーヨンーマル、距離1万、高度3500を航行する客船白鷺丸に対し、空賊行為を実行する。右舷砲座、35ミリ機関砲による曳光弾での威嚇射撃用意」


『曳光弾での威嚇射撃用意ヨシ!』


 とのトァムの声。続いてアゲハは。


「前進第二戦速、気嚢内濃度下降値、高度3500、進路マルーヨンーマル、ヨーソロー!」


 これに続き操舵士ユロイス、機関士バシリス、気嚢士エウジーミルが次々と復唱、それぞれの作業を実行する。


「進路マルーヨンーマル、ヨーソロー!」 

「前進第二戦速、ヨーソロー!」

「気嚢内濃度下降値高度3500、ヨーソロー!」


 チャタリの声が飛ぶ。


「白鷺丸よりの電探波を感知、補足されました!」


 アゲハはレイに命じる。


「無線士、干渉波発振!猿轡かましちゃぇ!」

「干渉波発振、ヨーソロー」


 その間にもアゲハ号と白鷺丸の距離は急速に接近し、よいよ肉眼でもその優美な姿が捕らえる事が出来た。

 星明りに鮮やかに浮かび上がる白い飛行船。その姿はその名のとおり、優雅に空を舞うシラサギその物だ。


「右舷砲座!三連射撃ち方用!撃てぇ!!」


 船を揺らし腹の底に響き渡る35ミリ機関砲の発砲音、夜目に鮮やかな曳光弾の白い光の礫が三つ、白鷺丸ののびやかな翼状の船体に挟まれた中央檣楼ちゅうおうしょうろう先端部にある船橋のすぐ左横を掠め、雲間に消えてゆく。


「無線士!いつもの発行信号やっちゃって」

「ヨーソロー」


 アゲハの命令に素早くレイは応えると、アゲハ号船首の13ミリ機銃座に備え付けられた発行信号機を操り。


『客船白鷺丸ニツグ、貴船ニ対シ、空賊行為実行スル、直チニ減速シ、我ラノ乗船受ケ入レヨ、サモナクバ、船橋、及ビ、エンジンヲ破壊スル』


 キャビンに繋がる伝声管の蓋を開け、アゲハはその向こうにいる男、ペツ・ホランイに指示を飛ばす。


「甲板長!空賊旗掲揚!それから移乗の準備、ヨロシクぅ!」

「空賊旗掲揚、ヨーソロー!それでは船長、お待ちしておりやす」


 レイが少々緊張感に欠ける吞気な声で、船橋の窓を双眼鏡で観察しつつアゲハに報告する。


「船長ぉ、白鷺丸から返信ですよ。ええっと『貴船ノ指示ニ従ウ。当方ニ抵抗ノ意図ナシ、船内移乗後ニアッテハ、一切ノ乱暴狼藉ヲ慎マレル事ヲ希望スル』ですって。大人しい獲物でよ良かったですねぇ」

「『乱暴狼藉ヲ慎マレル事ヲ希望スル』ですって?失礼ね!アタシらを畜生働きのド腐れのクソ三流空賊と一緒にしないでよ!無線士、返信して頂戴『ワレラアゲハ空賊団、無駄ナ抵抗無キ場合ニ限リ、暴力行為ノ無絶ヲ貴殿ラニ約束スル』以上!」


 その時、恐怖におののく白鷺丸の乗員乗客は確かに見た。

 形状から広く『小銭船』と呼ばれる円盤状の小型飛行船の、葉巻型をした中央檣楼上部甲板で『中層貿易風』にはためく黒い旗を。

 白く染め上げられたアゲハ蝶の羽を広げるドクロは、『アゲハ空賊団』の旗印。


「白鷺丸の減速を確認。彼我の相対速度はほぼゼロです」


 ユロイスの報告でアゲハは次の行動を全員に指示する。


「前進原速、気嚢内濃滞空値、方位マルーハチーマル。距離1000、白鷺丸への移乗を開始する!甲板員は貨物室へ集合、トァムは右舷砲座で引き続き『白鷺号』を牽制!」


 そして左右の脇に吊るしたホルスターから、二丁のリルシャ製中型自動拳銃『ユスノフ00式』を引き抜き初弾を薬室に送り込むと安全装置を掛ける。

 操舵席横の伝声管の蓋を開け、ユロイスはキャビンに向かって。


「リシバ!今すぐ船橋に来てくれ、舵を任せたい」

「お、オイラに?マジすっか!ヤッター!」


 間髪入れずに少年の歓喜の声が伝声管を震わせる。

 機関士席のバシリスは「ほっほっほっ」と愉快気に笑い、気嚢士席のエウジーミルはユロイスに。


「操舵員抜擢への見極めですかな?ま、船のトリムはお任せください」

「今日は気流も穏やかで相手の船の抵抗もなさそうです。彼に舵を任せる好機と思いましてね」

 

 そう言いつつユロイスは、ハーネスの腰ベルトのホルスターから大型の自動拳銃を引き抜きスライドを後退させる。彼の軍人時代からの愛銃『カールゼン28式』だ。

 股丈の長靴の紐を結び直しつつ、アゲハはユロイスに。


「ちょっとぉ、副長。って言う事はまたアタシについてくる気?もう団長就任三年目よ、いい加減独り立ちさせて!」

「あなたも今日が見極めです。ご自分で取ってきた仕事の総仕上げでしょ?後見人でもある自分の目の前で、華麗に決めてください。船を安定させてリシバに指示を出し終えたら私も貨物室に参ります」


 ユロイスの返事に一瞬、肩を竦めて見せたアゲハだったが、すぐさま頬に不敵な笑みを浮かべ。


「ヨーソロー!副長。アタシの華麗な女空賊ぶりをしっかり目に焼き付けて、南国の豚箱で優雅に暮らしてるあの人に報告でもして」


 と、言い残し船橋のドアを押し開ける。

 そこでリシバと出会う。

 小柄で痩せっぽっちな体を濃緑色のつなぎ服で包んだ、丸刈りの黒髪、黒い瞳のドングリ目、いかにもヤンチャと言った感じの少年。

 狭い廊下で、そこそこ豊かなアゲハの胸のふくらみを鼻先一寸で避けつつ、すれ違いざまに。


「船長!オイラの鮮やかな舵裁きしっかり見ててくださいよ!」

「舵を握ってるだけでしょ!もし船をぶつけたら、そのお尻の尻尾、引っこ抜いてケツの穴に突っ込むからね!」

「おっかねぇ!ヨーソロー!」

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