センター試験

 

 二日間にわたるセンター試験が終わった。早速、自己採点をしようと思い、この土日の新聞を机のうえに置く。センター試験の解答は新聞で公表されるのである。その新聞紙を広げながら、解答が書かれているページを探していると、気になる記事が目に飛び込んできた。『AI、センター試験で高得点』と題されたその記事は、実にタイムリーだ。人工知能も大学受験をする時代になったのか、などと思いながら気付けばその記事を読み耽っている自分がいた。


「って、自己採点しなきゃ」


 当初の目的を思い出し、センター試験の解答を開く。机に積んだ、持ち帰ってきた問題用紙にはそれぞれの問題にどの答えを選んだのか丸を付けてメモしている。センター試験は自分がいくら得点出来たのかが知らされないため、どの受験生もこうして自己採点に頼るしかない。


 さて、どの教科から採点しようか。少し悩んでから、日程の科目順にすることにした。最初は倫理政経である。冊子の束から倫理政経と印字されたものを取り出し、広げた新聞紙の上で答え合わせをしていく。


「は?」


 思わず声が出てしまったのは、最初の、一問目から間違えていたからだ。


「え、あれ3? 嘘2じゃなくて?」


 何度新聞紙を見直しても、そこに書かれた正解は3番の選択肢であり、試験中に2番にマークした私が間違いだということだ。まさかと思い、見る科目を間違えたのではと思ったが、倫理政経で間違いない。改めて問題の選択肢を見つめて、あまりにも初歩的なミスに気がついた。


「あああああああ、アウフヘーベン!!」


 以下の四つの思想を唱えた人物の組み合わせとして最も正しいものを選びなさいという問題。イの、『矛盾し合う二つのテーゼの対立を乗り越えて、より高次へ至る(アウフヘーベン)こと』という「弁証法」について記述された文に対して、私の選んだ組み合わせの選択肢では、あろうことかそれをベーコンの思想だとしてしまっている。ちなみに正解はヘーゲルである。


「あり得ない……、いきなり初っ端からこんなミスするなんて……」


 センター初日の、一番目の科目の最初の問題でこんな下らないミスをしているのだ。試験中の私は一体何を考えていたのだ。こんな簡単な問題、普段なら絶対にしないのに。もしかすると、この後も同じようなポカをやらかしているかもしれない、倫理政経に限らずに。筆箱の向こうに積まれた二日分のセンター試験の冊子、これを丸つけするのが一気に怖くなった。


「落ち着こう、大丈夫、まだ一問目。さっさと自己採点しよう」


 心臓を飛び跳ねさせながら、視線で灰色の新聞紙と白色の問題冊子の上を何度も往復しながら丸つけをする。赤ペンでくるくると連続で円を描いていく。手首を回すたびに徐々に心が落ち着いてきて、ふと気がつけば倫理政経の採点が終わっていた。


「割りと良い点数だった……」


 最初の問題を間違えたあとは、それほどミスもなく、ほとんど正解できていた。倫理政経の得点率だけなら、第一志望の国立で足切りされることはないだろう。まあ、所詮は一科目の得点であるので、このあとの他の科目の自己採点次第で大きく変わる可能性はあるが。


「よし、じゃあ次は地理かな」


 採点し終わった倫理政経の冊子を横において、地理の問題冊子を新聞紙の上に置いた。




 結果から言えば、得点率はとても高かった。電卓で計算されたパーセンテージを眺めながら悦に浸る。この得点率であれば足切りされることはまず無いだろうし、現状A判定は間違いない。あとは二次試験さえ上手くこなせば受験は終わりである。


「一日目の夜に倫理政経の自己採点してたら、たぶんメンタルがやられてたな」


 最初も最初、何度もテスト中に見返したはずの倫理政経の第一問。見直した上で、その簡単な問題を間違えたのがあまりにも悔しくて、自室に戻って倫理政経の参考書を持ってきてしまった。手早くそれを捲り、西洋哲学思想の弁証法のページを開く。何度も読んだので、どこに何が書かれているかは全て把握している。すぐとなりのページには演繹法と帰納法の記述もある。センター試験の前日にも一通り目を通していたはずなのに、何故か間違えたあの問題。


 『アウフヘーベンはドイツ語で「持ち上げる」という意味!』と吹き出しで説明している女教師のキャラが貢の左下に描かれている。そこに浮かべられた笑みを見た私は、ふとシャーペンを取り出して、弁証法の貢の縁、そのキャラの側に以下のような文を刻んだ。


『帰納は機械に奪われた、人は明日を弁証するのみ』


 これは、受験生が参考書の縁の余白に、暗記を目的として行う自分にしかわからないメモの類いである。シャーペンで書きなぐられたその文字は、本人にしか読めないくらい崩れていて、またその意味も他人にはわからないであろう。けれども、これで良いのだ。物事の暗記は受験には必須の技能であり、またそれを手助けするためのテクニックとは往々にして独り善がりなものであるから。



 ……滑り止めの私立にも国立の二次試験にも、倫理が科目として含まれていないことは、言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る