阿呆

 

「航平くんと仲直りできてよかったな、美咲」


 航平をコンビニまでパシらせた後、陽菜がそう言ってきた。悪ノリして航平を弄んでいた人間とは思えないくらい落ち着いた表情だった。本来の陽菜は割とこういう性格で、人への思いやりが強いタイプの人間だ。さっきまでの航平イジリもほとんど私のためにやってくれたのだろう。あそこまでやれば、今後私と航平の関係がギクシャクすることはあるまい。

 本当に、陽菜はいい子だ。


「ありがとうね、陽菜」

「ちょっと悪ノリしすぎたかな」

「あれくらいでよかったと思うよ、航平も楽しそうだったし」

「そっか、ならええわ」


 安心したような様子で陽菜は話を続けてくる。


「航平くんはあれやな、イジリがいがあるわ」

「面白いでしょ」

「関西人としての血がさわぐ」

「そこまでなの」

「図体でかい割に可愛げがあるからな、剣道部やっけ、成長期ってすごいな」

「本当にね、久しぶりにあった時、一瞬誰かわからなかったもん」

「マンション隣やのに、そんなに会ってなかったん?」

「うん、全然」


 ここ一年くらい航平と話をするどころか、マンションですれ違うことすらなかった。たまに学校の廊下ですれ違った時もそこまで近づかなかったし、航平の変化にはあまり気がついていなかった。

 成長と言えば、陽菜だってそうだ。割と頻繁に会っているから気づきにくいが、去年よりも背が伸びたし、体つきも女性らしくなってきている。髪の毛も結構伸びていて、ポニーテールをほどいた時の陽菜は魅力がぐっと上がる。


「陽菜も背伸びたよね」

「そういう美咲はちっちゃいままやな」

「ちょっとは伸びてるんだよこれでも」


 数センチだけだが。

 反論すると、陽菜が人の悪そうな笑みを浮かべて私をからかってきた。


「そんなお子ちゃま体型やったら、航平くんに愛想尽かされんで」

「別にいいよ、どうでもいい」

「またまた」

「ほんとだって、大体付き合ってないし」

「まだ付き合ってなかったんかあんたら……」

「これからも、だよ」


 この話題を続けるのは危険なので変えることにする。


「航平も、まだまだ女子の扱い方が下手だね」

「せやな、文芸部に人が来ん理由とか、素直に言わんでええのに」

「そうそう、例えば『陽菜がやかましいから』とかさ」

「『美咲がちんちくりんやから』とかでもよかったよな」

「ん?」

「お?」


 一触即発、といってもわざとだが。

 陽菜との舌戦が始まる。


「いや、ウチそんな声でかないし」

「関西人は自覚ないからね」

「ああん?」


 私が煽れば陽菜が凄む。


「まあええわ、ウチは美咲と違ってオトナやから」

「中身は子供じゃん」

「美咲は見た目も子供やん」


 お互いにニヤけてふざけ合いながら煽り合戦を繰り広げる。


「ウチ最近肩こり始めてなあ、たぶん美咲には一生わからんのやろうけど」


 と、同級生に比べて大きく膨らみ始めた自分の胸を強調しながら肩をまわす陽菜。


「どうせすぐに垂れるって」

「いやー、美咲が羨ましいわ」

「デブ」

「ああん!?」

「え、聞こえた? ごめんごめん独り言」


 そろそろ終戦にしようかと思っていたら、陽菜がひときわ大きな声で凄んできた。やっぱり関西人は声が大きいよ。


「おい美咲、そのワードはアカンやろ」

「え? なんのこと、幻聴じゃない?」


 陽菜の名誉のために言っておくが、べつに彼女は太っていない。胸が大きいから服を着たときにお腹が大きいように見えるだけだ。けれども、どうやらさすがにデブの一言は同じ女子でもダメだったらしい。陽菜の逆鱗に触れてしまった。

 まあ、惚けておけばなんとかなるだろう。


「……あんたの気持ちはようわかったわ、美咲」

「ふーん、それでな――――――――」


 いきなり陽菜が無言で襲いかかってきた。私の背後に回ってお腹をガッチリとホールドした陽菜は、あろうことかそのまま脇腹をくすぐってきたのだ。


「あっ!!! ひなっ、ちょ!!! あはははははははは!!!」

「おらおらおら」

「くひひひひひひひ!!!! やめて、たすけて!!」

「なら言うべき言葉があるんちゃう?」

「ごめんなさ、っははははははははは!!!」


 陽菜の方が私よりも体格が大きくて、おまけにくすぐられて力が入らない状態では抜け出すことは不可能に近かった。暴れると下の階の住人に迷惑がかかってしまうという状況も私を不利にしている。

 女子中学生に好きなように弄ばれて、少しプライドが傷つく。


「いひっ!! くひいいいいううううう!!!」

「ほらほらどうした美咲」

「んんんんんんんんんん!!!!」


 気がついたら私も陽菜も床に寝転んだ状態になっていた。床を這って陽菜から逃げ出そうとするが、陽菜は腕や足を私の全身に絡めてきて、まったく外れる気配がない。蛇かこいつは。

 すでに私のスカートは捲れ上がっていて下着が丸出しになってしまっているが、そんなことを気にする余裕すらなく、私は陽菜にされるがままとなっていた。


 と、そんなとき、部屋のドアが開く音がした。私にのし掛かったままだが、陽菜もすぐにくすぐるのをやめてくれた。

 涙で潤んだ目をそちらに向けると、コンビニの袋を持った航平が突っ立ていた。目が潤んでいるせいで、彼の細かい表情はわからないが、ある一点を凝視していることはわかった。


 その視線の先は私のお尻で、つまり、スカートが捲れ上がって丸見えになった私の下着がある方向だ。

 うん、なるほど。

 航平に下着を見られてしまった。それもパンチラとかそういうレベルではなく、モロに。

 普通の女子ならここで叫んでいたかもしれないが、あいにくと私は特殊だった。スカートを元に戻して、床に正座した私は赤い顔の航平にこう言った。


「おかえり」

「…………」

「おかえり」

「…………ただいま」


 とりあえず、今度陽菜を締め上げることにする。

 私は強く決心した。




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