第5話「爆弾発言」

 教室のドアをガラッと開けると、皆の視線が俺たち二人に集中した。


「あっ……」


 俺はアリナと手を繋いでいることを完全に忘れて普通に手を繋いだまま教室に入っていたのだ。

 もう手遅れだというのはわかっていたが、慌ててアリナから手を離した。もしかしたら、恋人つなぎをしてしまっていたかもしれない。焦っていたせいでよく覚えていない。


 男子生徒たちは俺のことを人でも殺すかのような目で睨みつけてくる。

 おい、俺、お前らに何かしたか? 


 対する女子生徒たちは、なぜか羨望の眼差しを向けてくる。


 俺は自分の席に向かいながら小声で話す女子たちの声が耳に入る。


『美男美女でお似合いだよねぇ』


 ん?


『本当にかっこいいなぁ……』


 んん?


『いいなぁ……』


 んんん?

 あれれ、おかしいなぁ。俺は今までモテたことなんてないはずなんだけど……。

 そっか、きっと幻聴が聞こえてるんだな! そうだよな。きっと、多分、恐らくそうだ。


 俺が隣のアリナに目を向けると、「自覚してました?」と一言だけ呟いた。


 自覚って? どういうこと?


 俺が自分の席につくと、カズがため息をつきながら話しかけてくる。


「早速、見せつけちゃってさあ……」


「いや、あれは何というか……ね?」


「ね? って言われたってわかんねえよ」


「というかさっき女子たちの方から変な幻聴が聞こえちゃったんだが」


「幻聴?」


「うん。男子たちとは真逆の眼差しを向けられながら……」


「あー、そりゃあそうだろ。お前、女子たちから大人気だもんな。桜花さんを羨ましがってるんだろ」


 カズは頭でも強打したのだろうか?

 いつにも増して変なことを言うな。まるで、俺がモテてるみたいじゃないか。


「カズ、頭でも打ったのか?」


「は? お前、マジで自分がモテてること気づいてなかったの?」


「……え? だって、俺、告られたことないよ?」


「毎日、俺と一緒にいるからだろ」


「…………」


 最初は、カズがからかおうとしているのかと思ったが、カズはニヤリとすらしないので冗談を言っている訳ではなさそうだ。

 ……マジ? 冗談で言っていないことはわかったが、未だに信じられない……。


 さっき、アリナが言っていた「自覚してますか?」って、このことだったのか……!


 とりあえず、俺がモテてるかもしれないっていう考えは捨てよう。

 俺はアリナから好かれていればそれでいいのだから。……こんなこと、本人の前では絶対に言えないな。


 でも、言ったらどんな反応してくれるのか、見てみたい気もする。




 俺は、一日中、そんなことばかり考えてしまったお陰で男子からの恐ろしい視線を感じずに済んだ。

 授業の内容も頭に入ってこなかったが、そこは仕方のないことだ。そう……だろ?


 授業を終え、帰宅準備をしているとカズが尋ねてくる。


「今日、お前の家、行っていいか?」


「別にいいけど……ん?」


「じゃあ、一緒に行こうぜ」


 まずいな。

 俺とアリナが同棲していることがバレてしまうことになる。


 それとも、カズならいい……のか?

 俺は自分で答えを導き出せず、結局、近くまで来ていたアリナにアイコンタクトで伝える。

 それを見たアリナはサムズアップし、カズの前に立つ。


「和也さんが今日、の家に来るんですか?」


「え、私……たち? お前らって、もしかして……」


 アリナ、それは教室内で言い放つべきじゃなかったな。みんなの視線が痛いよ。

 男子たちなんて、今にも俺を殺しにかかってきそうだよ。


 ここにいると、本当に俺の命が危ないので俺はカズとアリナを連れて学校を出た。


「はあ……はあっ……。ここなら誰も来ないだろう」


「ですねっ! でもなんで、逃げるようにしてここまで来たんですか、翔くん?」


「あなたのせいですよ!」と言いたかったが、その言葉を飲み込んでカズに説明することにした。といっても、アリナのせいで気づいてしまっただろうが。


「カズ。落ち着いて聞いてくれ」


「安心しろ、翔。もう覚悟はできている」


 な、なんてできた男なんだっ……!


「もう気付いているとは思うが、俺とアリナは同棲してるんだ」


「大丈夫だ。俺はそのくらいで動揺したりしないぞ?」


「そうか、それなら良かっ――」


 ん?

 カズ、肩が震えていないか? それに、唇をそんなに強くかみしめて。


 カズは何とも言えない表情をしていた。

 ここは何もツッコんではいけないと思い、そのまま流した。


「カズ、まだ俺の家に行く気力は残っているか?」


「ああ、問題ない」


 絶対、問題あるだろと思ったが、俺たちは家へと向かった。

 そんなカズの気を知らないアリナは鼻歌交じりでスキップしていた。




 *****




「「ただいま~」」


「失礼します」


 俺はカズをリビングまで連れて行った。


「好きなとこに座っていいからな」


「ああ、ありがとう」


 カズも先ほどよりは、だいぶ顔色は良くなっていた。

 よかった。お詫びに飲み物でも持ってきてやるか。


 そう思い、俺はキッチンへと向かった。



 俺がお菓子とお茶を準備しようとするとアリナはとんでもない発言をする。


「ふう~、やっと着いたね! 私と翔くんのに」


 アリナは背を伸ばしながらそう呟いた。


 俺は恐る恐るカズの方へと視線を向ける。

 カズが石像のように固まっている!


 アリナ、やめるんだ!

 カズに大ダメージを与えるのをやめるんだぁっ!


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