準備1

 結局、俺らの桃太郎は、鬼目線で話が進み、桃太郎を悪役としたバッドエンドということになった。

 授業内での準備は許されていないため、放課後を使って活動している。衣装作り班と、役者班、舞台設計班と分かれて作業していて、俺と春野は全体の指揮をとっている。神谷はその全部に顔を出して、ふらふらしていた。

「ほら、そこ‼︎ もっと声出す! 腹から出せ!」

 役者経験のある女子が他の子達をしごいていた。本番は体育館の後ろまで声を届けなきゃならないため、大変そうだ。

 因みに役者は、桃太郎、犬、猿、雉、鬼六匹の、計十人だ。鬼目線のため、お爺さんお婆さんは出てこない。

「おい、桃太郎! 主役級の野郎が声ちっさくてどうする!」

「んなこと言ったって、これ以上出せねぇよ……。本番で声枯れてたら元も子もないだろぉ?」

 桃太郎役の男子が情けない声を出す。普段元気な彼だが、そんなに声量の幅は効かないようだ。

 

 そんな彼の背後から、神谷がニョッと現れた。

「なぁに? 村上、声出ないの?」

「げっ、神谷……お前裏方だろ? 仕事無いのか?」

「無いって」

「察し」

 つまり追い出されたと。

「ねぇねぇ、桃太郎ってどんな気分?」

「はぁ? どうもこうもねぇよ。岡村に怒られる毎日でつれぇだけだよ」

「ああん? んだと? テメェの喉潰してやろーか?」

 岡村さんが村上の顎を持ち上げ、厳つい顔つきで、台本を彼の首筋に当てる。

「ご、ごめんなさいぃぃぃ‼︎」

 村上は完全にすくみあがった。

 俺は劇なんてしたことないから、村上のことは岡村さんに任せているが……まぁ、なんだ、頑張ってくれ。

 

 神谷はその後も役者陣の練習風景をぼんやり見ていた。机の上に胡座あぐらをかいて頬杖ほおづえをついているその様子は、やることが無くてつまらなそうだった。裏方の仕事の足を引っ張りまくったので自業自得なのだが。

 春野もそれに気が付いたのか、衣装班の手伝いから抜けて、てててと神谷に寄っていった。

「せいらちゃん」

 ん? と神谷が片眉を上げる。

「コレ、桃太郎の衣装なんだけど、人手が足りなくてさ。線引いてるから、それに沿って縫ってほしいんだけど」

 …………俺は耳を疑った。

 なっ……一体何を考えてやがる、春野⁉︎ 神谷が裁縫なんてできるわけないだろ⁉︎ 桃太郎の衣装、台無しにしたいのか⁉︎ 村上に恨みでもあるのか⁉︎

「じゃあ、よろしくね」

「うん! 任せて!」

 うってかわって嬉しそうな表情になった神谷に、春野も笑顔で衣装班へと戻っていく。

 たまらず、俺はその腕を掴んだ。

「おい、神谷にあんなことさせて大丈夫なのか?」

「え? ああ、あれ、ボツになった桃太郎の衣装で、本番で使わないから」

「そ、そっか。ならいいんだけど……」

 サラリと言ってのけた春野に、俺はやっぱりな、とホッとした。神谷と仲の良い彼女だが、そこら辺はちゃんとわかっているようだ。

 しかし、騙したと知れば少し罪悪感を感じなくもない。針に糸を通している神谷をそっと見る。

 ……まぁいっか。楽しそうだし。

「おーい、渡辺! 効果音のCDどこ置いた?」

 裏方の奴が俺を呼ぶ。「今行く」と答えて、俺は教室を出た。記憶が正しければ、放送室のCDカセットに入れっぱなしだ。

 それで、俺が神谷の裁縫姿を見ることはなくなった。

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