女性化婚活に出会いを求めたらお互いに男だった件

生気ちまた

前編

「女性化婚活に出会いを求めたらお互いに男だったから、めっちゃ気まずくなった件」




 まさか自分の人生で女性化薬を飲まされる日が来るとは思わなんだ。


 無二の友人から「暇か?」とマグカップを持ったおっさんみたいな誘いを受け、特に用事もなかったから付いていったら数年ぶりの母校のキャンパスで。

 話を聞けば、世にも珍しい『女性化街コンイベント』が行われるそうで、なんと男女問わず参加料は無料なのだという。

 身の危険を感じて逃げようとしたら、友人から「お前が抜けたら人数が合わなくなる」と死ぬほど現実味のある哀願を喰らってしまい――今に至る。


 俺はスタッフに通された個室で、一人立ちすくんでいた。

 目の前には女性化薬の瓶がある。海外企業が莫大な資金を投じて生み出した新薬として、去年話題をさらった物だ。

 当然、一般人の自分には手の届く代物ではない。持ち逃げしてネットオークションにかけたらいくらになるだろう。くだらない会社勤めとサヨナラできるなら「青木さん。もう飲まれましたか!」――無理だな。廊下にめっちゃスタッフいたし。


 俺は錠剤の詰まった瓶を手に取った。

 蓋を開けると、市販薬と同じように折られた紙が入っている。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ご使用に際して、この説明書を必ずお読みください。

 また、必要時に読めるように大切に保存してください。


 <肉体再構成薬>GUS-801

 ・男性の肉体を女性に変える成分

 ・復旧剤GUS-802に対応

 ・眠くなる成分を含まない


 △使用上の注意△

 してはいけないこと:守らないと副作用・事故が起きやすくなる

 A.次の人は服用しないでください

 (1)女性。

 (2)15才未満の小児。

 (3)他の肉体再構成薬を服用した人:必ず対応する復旧剤を使用すること。


 相談すること

 B.次の人は服用前に医師や薬剤師等に相談してください

 (1)医師または歯科医師の治療を受けている人。

 (2)肉体及び消化器系に欠損のある人。

 (3)次の診断を受けた人:胃潰瘍・十二指腸潰瘍


 C.服用後、次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので、直ちに服用を中止し、この文章を持って医師等に相談してください

 (1)肉体の一部ないし全体が変化しない、変化が止まる

 (2)吐き気


 D.まれに下記の重篤な症状が発生することがあります。その場合は直ちに医師の治療を受けてください。

 (1)記憶障害

 (2)復旧剤が効かない

 (3)復旧剤の服用後、定期的に肉体の変化が繰り返される


 □効能□

 (1)男性の肉体を女性に変える


 □用法・用量□

 なるべく入浴中を避けて服用してください。

 1回量:1錠


 □成分(1錠中)□

 有効成分

 合成コミルシハカタ酸:0.5mg

 ※添加物としてデンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、サッカリン、赤色106号を含有する。


 □保管及び取扱い上の注意□

 (1)直射日光の当たらない湿気の少ない冷暗所に保管してください。

 (2)小児の手の届かない所に保管してください。

 (3)使用期限を過ぎた製品は使用しないでください。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 新聞を読むのも億劫な性分なので、かなり飛ばし読みしてしまった。

 友人の話だとイベントが終わった後に復旧剤(元に戻る薬)が配られるらしいが、安全に元に戻れるのだろうか。不安だ。


「ええい、ままよ!」


 俺は覚悟を決めて、ミネラルウォーターと共に赤色の錠剤を飲み込む。


 水分が胃袋に落ちてから――数秒後。

 強烈な平衡感覚の喪失が起きた。堪えきれずに床にへたり込むと、自分の両手がどんどん縮んでいくのが目に映った。

 お気に入りのシャツがダボダボになり、とても風通しが良くなる。ジーパンはきつくなったり、どこかゆるんでるようでもある。

 何より吐き気と体内の違和感が凄まじかったが、額からだらりと髪が垂れてきた頃には収まってきた。


 息を吐き、吸ってからまた吐いて。唾を飲み込んで。

 身体の肉に違和感を覚えながらもどうにか身を起こす。よし。


「ぬおっ!?」


 立ち上がろうとしたら、おもっくそ転んだ。痛い。身体が縮んだせいで感覚が変わっているみたいだ。なんてこった。リハビリ必要なんじゃねえの。

 どうにか壁を支えにして立ち上がってみると――どこにでもいそうな同い年くらいの女が、鏡に映っていた。


「あー…………」


 別に女優顔負けの超絶美人になりたかったわけじゃないが。

 何となく自分に姉や妹がいたら近い容姿になっていただろうなと思えるあたり、元々の容姿の影響を受ける薬なのかもしれない。

 姉妹だと思うと、お約束通りに胸を触ってみても味気ないな。自分についているのは面白いものの。

 好みの形だし、吸いつくような感触をためらわずに味わえるのはありがたいものの……。


 しばらく身体を遊ばせてから、時間を確認するためにスマホを触ってみると、指紋認証が効かなくて辛い気持ちになった。

 そうこうしているうちにスタッフがドアを叩いてきた。


「青木さん、飲まれたようでしたら次の部屋にお願いします」

「わかりました! ぐえっ!?」


 母の若い頃に似ている声で答えて、ドアのほうに向かうと――今度はズボンの裾に足を取られた。

 前方向に倒れたせいで手首が痛む。

 くそう。これ以上、新品をキズ物にしてたまるか。



     × × ×     



 続いて通されたのは更衣室だった。

 部屋中に衣類が吊られており、商店街の服屋の雰囲気だ。

 スタッフの指示で鏡の前に立たされると、奥から妙齢の女性二人が近づいてくる。


「脱いでもらえる?」

「ああ、はい」


 どうやら衣服も女性化しなきゃいけないらしい。

 視線で促されたので、俺は恥ずかしながら全裸になる。

 すると、彼女たちは手馴れた様子で容赦なくメジャーを巻きつけてきた。冷たい。


「何歳?」

「今年で二十四になりますが」

「そう」


 訊ねておいて反応は二文字。こんなに愛想のないアパレル系の人たちは初めてかもしれん。

 二人がかりで計測された全裸に、大人しい色の下着が宛がわれる。

 フィッティングもそこそこに「上半身を前に倒して」と指示され、垂れた乳房を収めるようにブラジャーを付けられた。後はほとんど職人のような手捌きで紐を触られて完了。

 ショーツを穿かされた頃には、もう一人が衣服の選定を終えていた。

 これまた怒涛の連携で着せ替え人形にされる。

 例えるなら全盛期の荒木・井端を彷彿とさせる連携ぶりに、俺は様々な初体験を流れ作業で受け入れていった。


「終わった」

「二十三分、世界を狙えるわ」


 彼女たちは満足そうに笑みを浮かべる。

 仕立てられた俺の姿は、ピクニックにでも行きそうな感じだった。

 柔らかい素材を用いた紺色のロングスカートに、合成革の明るいサンダル。上半身には一部が透けていて涼しさを感じさせる白系のブラウス。

 お決まりとばかりに寒色系の山高帽を被せられて、ついに見た目の女性化が完成した……「青木さん、まだ終わりじゃないですよ!」まだあるのか!


 スタッフに手を引かれて向かった先は、キャンパスの外にある学生御用達な感じの美容室だった。

 もらったばかりの山高帽を剥ぎ取られ、リクライニング自在の椅子に拘束され、片手で扱える刃物を耳に近づけられる。


「お客さーん、若いのに自分の小腸を気にかけてないでしょ!」

「……小腸?」

「せっかくの髪がパッサパサのパンパンジー(※1)だし。身体のことはみんな小腸が決めてますからね。もっと大切にしてあげてねー」


 美容師のお兄さんはさっきと二人とは対照的に気さくだった。

 美容師なのにやたらと小腸とパンパンジー(※2)について語ってくるので、地味に相槌を打つのがしんどい。


 そうこうしているうちに髪が切り揃えられ、俺は目の前の洗面台に顔を突っ込むように指示される。

 くそう。なんで街コンに来たのに女にされた上に散髪されてるんだ。そもそも今さらだが女性化街コンって何なんだよ。


 急にドッと疲れてきた。俺は目をつぶって現実から逃げることにする。

 脳内では『モダン・タイムス』と『注文の多い料理店』が同時上映されていた。チャップリンがクリームまみれになっている。


 (脚注)

 ※1 意味不明。

 ※2 鶏胸肉の加工品。正しくはバンバンジー。



              × × ×     



 大学に戻ってくると、今度は食堂に案内された。

 各校舎の地下にそれぞれ設けられた食堂の中でも手狭な所だ。売り物はカフェメニューが中心だったか。懐かしいな。

 学生時代を思い出していると、仮設の受付台の前にいる女性が手を振っているのが見えた。


「青木だよね! こっちこっち!」

「お前……高岡か?」

「そうそう。いやあ、お互いに見違えたねぇ」


 高岡を名乗る女はべたべたとくっついてくる。

 振りほどくと「ケチ!」と非難してきた。


「なにがケチなんだ。中身は男同士だろうが。べたべたすんな」

「ええー。せっかくキャッキャウフフできるのにもったいない」

「……一応訊いておくが、まさか女性化街コンって来る奴全員男じゃないよな?」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと十対十だから安心しなって」

「それ、元男と男の比率じゃねえだろな! そんなん絶対に帰るぞ! 復旧剤もらって!」

「いや向こうに生粋の女の子いたから! ほら名簿にも女の子いるって! ほら!」


 高岡は受付の名簿を指差した。

 たしかに名前の記入欄が男女で分けられている。

 由紀よしのりなぎさみたいな紛らわしい名前ばかりでもないから本当に女性の参加者が来ているんだろう。今は友人を信じてやろう。

 ちなみに高岡は彼シャツの拡大解釈みたいな衣服を身につけていた。若干流行から外れている気もするが似合っている。白い肌も涼しげでいい。顔は俺の好みではないが。


「見惚れた?」

「好みじゃないなと思ってた」

「あー! 言ったな! こっちだってお前じゃ勃たないからな!」


 だから何だってんだ。

 ちょうど近くを他の参加者が通りがかったのもあって、その話は途切れたが……本当にだから何だという話だ。


「平井様ですね。サインをお願いできますか」


 受付のスタッフが平井と呼ばれた参加者にサインを促す。

 その平井さんがテーブルのほうに去ってから、続いて俺もサインをさせてもらう……おお。あの人も男だったのか。赤いメガネが似合ってて美人だったのに。言われなきゃわからないもんだ。


 逆に高岡なんかは話し方や笑い方、歩き方に品がないからすぐにバレそうだな。

 となると、俺はどうなんだろう。

 ナイスタイミングで新しい人がやってきたので話しかけてみる。


「こんにちは! あっちが受付だそうですよ!」

「あ、ありがとうございます」


 彼女は当たりさわりのない対応をしてくれた。うーん。わからん。向こうの性別もわからん。

 男性の時と同じような感覚で腕を組むとなかなか楽しいことになると気づいて、さりげなくそれを堪能していると、高岡に背中を叩かれた。


「なんだよ」

「良かったじゃん。今の人、お前が男なのか女なのか、わからなかったってさ」

「おお」

「ちなみにオレも。ハイタッチしようぜ」

「お、おう」

「うぇーい、やったね!」


 いつものように二人で手を合わせてから、グータッチの流れ。

 しかしお互いにまだ今の身体の感覚をつかめてないからか、ハイタッチは空振りしてグータッチは肩パンになってしまった。またキズがついた。



     × × ×     



 午後六時が近づくにつれて会場の席も埋まってきた。

 長机の右側が男性席、左側が女性席と説明されたが、見た目はみんな女なので街コン感がない。

 高岡と共に男性側の椅子に座ると、対面の女性から声をかけられる。


「こんばんは。なんか男子は大変だったみたいだね」

「そうなんだよー! もうしっちゃかめっちゃかにされちゃってさ。女の子は大変なんだと思ったよ。あれをみんな独りでやってるなんてさ。ちなみにオレは高岡悠平ね、こいつは青木」


 紹介に合わせて高岡から肩を叩かれる。

 お前、そこさっき殴ってきたところだぞ……と恨みを抱きつつも、相手には会釈を返しておく。


「あたしは村中久子むらなかきゅうこ。って後で自己紹介があるのに二度手間じゃん」

「だねー」


 村中さんと高岡は楽しそうに笑っている。

 せっかくだから俺も話に加わりたいところだが、さっきからなぜか口出しできずにいた。

 なんというか妙な気分だ。例えるならエンジンを失った船のような。動き出すきっかけが体内にないというか。


「ねえねえ。高岡くんと青木くんはどうして参加したの? やっぱり女の子になってみたかったから?」

「もちろん。ロマンだしね。あの薬をタダでもらえるなんてことめったにないし」

「あれすごいよね。なん百万もするのに。なんかウラにあるのかな? 怖くない?」

「ないない。オレは前に参加したけど何もなかったから。終わり際にアンケートを取られたくらいかな。まあ街コンならあるあるだよね」


 お前、前にも来てたのか。

 というか、そのアンケートが欲しいからタダで催されているんじゃねえの。大学だから社会学の研究もやってるだろうだし。

 周りのスタッフに目を向ければ、全体的に若い男女が多かった。

 学生や院生の奴がこき使われているのなら可哀想に。ちゃんとバイト代をもらってるのかもしれんが。


 そんな具合に周りの観察をしていたら――不意に受付近くにいた参加者の一人と目が合った。

 今の俺よりも身長が低い女だ。たぶん150センチもない。

 ショートヘアからヘッドホンの線を足らし、それがシャツの黒地と交じりあっている。

 スカートは黒地に細かい水玉模様。

 シンプルだが似合っている。黒は女を美しく見せるとは『魔女の宅急便』のオソノさんもよく言ったものだ。

 そんな彼女は目が合ったのに何の反応も示さず、ただただ不満そうな表情を浮かべたまま、俺の左隣に座ってきた。お前も男だったのかよ。

 そして小物カバンから出してきたスマホをいじり始めたあたり、端からこのイベントを楽しむつもりがないようだった。なんで来たんだ。


 対照的に、右隣では高岡と村中さんがえらく盛り上がっている。


「えええ。前回の女性化街コンってそんな感じだったの? こんな感じで男女を分けてなくて?」

「そうそう。だからオレたち、恋人探しより性別当てゲームみたいになっちゃってさ。それを踏まえての今回なのかもね! ちなみに前々回は男女どっちも性別を変えてさ。性別入れ替わり合コンとかいって」

「お前、前々回も行ってたのかよ」


 さすがに突っ込まざるを得なかった。

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