ザ ゴブリンキング

ざきお

第1話 白馬の豚野郎

プロローグ 

…だめだ、もう限界だ。

俺は心の中で反芻する。

目が痛い!頭が痛い!心が痛い!

目の前のパソコンをボーっと見ながら、長く続く苦しみに必死に耐える。

「おい太田、明後日の会議の資料できたか」

「…」

「おい!」

「え?…あ、すいません、すぐやります」

俺はギリギリの気力でそう答える。

が、自分でも気の無い返事だと思う。

それが気に障ったのか、話しかけてきた男は嫌味ったらしく文句を言ってきた。

「たく〜これだから〜みんなに迷惑〜自覚あんのか」

男の話は半分しか聞こえない。

普段ならこの嫌味もそうとう心に堪えるものなのだろうが、それも感じられぬ程俺は疲れてるらしい。

だが俺が無言で仕事を続けていると、いつの間にか男はいなくなっていた。


…こんな事がいつまで続くのだろう。

…もう今月は何時間残業をしてるんだっけ。

…80時間くらいだろうか。

…あれ、でも月100時間までokなんだっけ。

…まじか、やってらんねぇ。

思わずパソコンから目を逸らしため息をつく。日本人ってどんだけタフなんだ。

いや、皆上司に逆らえないだけか。

俺は自嘲的に笑ってしまう。何より俺自身が誰よりも会社や上司に文句を言えない人間なのだ。


そんな下らない事を考えているうちに、資料を作り終えていた。

上司に報告するために席を立つ。

「あ…やば…」

立ち上がった瞬間、立ちくらみが襲ってきた。150kg超えのデブだって貧血を起こすのだ。

俺は何とか堪え、上司の机に向かうために歩く。…だがニ、三歩歩いた所で膝から崩れ落ちてしまった。

「お、おい大丈夫か太田!」

「あ…細田先輩」 

「救急車呼ぶか!?」

倒れた俺を見て、先輩が駆け寄ってくる。

さっき嫌味を言っていた男は細田先輩だったのか…。でも真っ先に来てくれたし、意外と優しいんだよな…。

「すいません…ちょっと寝かせ…」

言い終える前に、俺の意識はプッツリ途絶えた。

「おい太田、太田ァ!!」

         ┋

         ┋

         ┋

「んぐっ…ぐがっ、ゴー」

「ブアァグァァ」

「あー、むにゃむにゃ」

「んー、んん?」

あまりの気持ち良さに、寝返りを打って腹を掻く。

「あー良く寝た…ってヤバっ!!」

何時間寝ただろうか、あまりの寝心地の良さに爆睡してしまった気がする。

「すいません細田先輩!」

「…あれ?」

…人の気配がしない。俺は顔を上げて辺りを確認する。

だがそこに細田先輩の姿は無く、しかもそこは薄ら寒い明かりが支配する見慣れたオフィスではなかった。

「…え?」

見渡す限りの平原、空高く輝く太陽。息を吸うたび異常なほど澄んだ空気が肺を満たす。

「ここは…まさか…」

俺は恐る恐る自分の予想(または願望)を口に出した。

「ここは…異世界っ!」

慌てて立ち上がり、周囲を見渡す。

だが周りに異世界であることを証明するRPGっぽいものは無い。

「あれ…普通なら美少女の一人や二人いてもおかしくないのにな…」

夢でも見てるんだろうか。でもそれにしては意識がはっきりしすぎてるし、今まで明晰夢なんて一度も見たことがない。

よく見るのは仕事に追われる夢だけ…。

「やめやめっ!!」

せっかく異世界っぽい所にきたのに、いつまでも社畜の思考回路でいたら損だ。

…俺は気を取り直し、改めて周囲を観察する。

「お?」

よく見ると、ここから結構遠くの方に森林っぽいのがある。

「…行ってみるか」

久しぶりに頭がスッキリしているし、澄んだ空気と爽やかな陽射しは絶好のハイキング日和だ。

「ウッホホイッ!!」

俺は自然と駆け足になって森へ向かう。

「待ってろよ美少女!!」

そして欲望だだもれな独り言を叫びながら飛び上がった。

         

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