彬奈(人造少女)のいる暮らし 2

「それではマスター、今日は金曜日で、明日は休日ですよね。これまでのデータによると、今日は多少羽を伸ばしつつ、週末を楽しむといったことになるのですが、マスターの体調的にはいかがでしょうか?」


 食事を終えた久遠に対しいて、彬奈が迂遠ながらも遊びの催促を行う。慰安用アンドロイドとしての存在意義にかかわることなので、無理強いはしないながらも可能であればその時間を確保してほしいという、アンドロイドなりのささやかな欲求だ。


「そうだね、じゃあ、せっかくだから少しだけ一緒にゲームをしようか」


 久遠はそう言って、少し奥の方にしまい込まれている、二世代くらい前のゲーム機を取り出して、自身が買った当時無料で配信されていた、二種類の積みゲーがコラボしているタイトルを開く。


 上から落ちてくるカラフルな団子を、四つ繋げて消滅させるゲームと、ぴっちり1列をそろえることで列が消えるロシアのゲームを同時に楽しめるパック。


 買った当時にも、それからしばらく経っても、一緒に対戦する相手がいなかったがためにコンピューターとしか遊べていなかったゲームが、一体の慰安用アンドロイドの影響で、横にいる人と一緒に楽しめるゲームに生まれ変わった。


 久遠は、本体についてあるコントローラーを取り外して、青い片方を彬奈に渡し、自身は反対側についていた赤い方をもって小さな机の上に画面の部分を置いて、膝を付き合うくらいの距離でくっつきながら一緒にゲームをする。最初にお試しでやってみた時と比べて、彬奈の実力が大分落ちてはいるものの、本来どれほど実力のあるゲーマーに対しても同様またはそれ以上のパフォーマンスができるように設定されている慰安用アンドロイドが手加減なく挑んだ時の結果としてはおかしなものでもないので、久遠はそこまで気にしない。普通の人が無理な手加減をしたら舐めプとして憎悪の対象になりかねないものではあるが、そもそもとして機械的なものとの互換性高いアンドロイドに対しては、本気を出されないことがある意味当然のこととなっていることもあって、特段ヘイトは溜まらない。


 負けながも成長することに意義を見出す主人の時には主人より少しだけできるように行動を調節し、勝つことでカタルシスを得ることを求めるタイプの、ある種閉鎖的な欲求を持つ主人が相手のときはぎりぎり負ける程度の力量に抑えることができる。それこそ、慰安用アンドロイドの存在意義にして、生きる方針なのだ。


 そして、久遠とゲームをする彬奈は、後者の方、ただただ勝利欲求を満たしながら承認欲求を満たす道ではなく、目の前にいる主人に対してこいつに勝つまでは死んでなんていられないと思わせる、目標となる道を選ぶことにした。


 どちらにせよ久遠の人生が大きく変わる事がないながらも、多少でも主人に対していい影響を与えられるように、主人の傾向も考えながらその道筋を選んだ彬奈の選択は、決して責められるようなものではないのだろう。実際、久遠はその接待プレイに対して、もう少しで勝てそうだと思うがあまり、このゲームの止め時を失っていた。


 いくつかのゲーム会社から出資を受けてようやく成立した、第一から第三世代までの慰安用アンドロイドに組み込まれている行動原理としても、ほとんど趣味のない久遠に対してわずかばかりの安らぎを与えるための行動としても合理的なそれは、確かに久遠の思考回路を汚染していく。そのほかにありえたはずの喜びを否定する材料として、その合理性を否定していく。


「あらら……、負けてしまいました。今回のでちょうど、無作為にプレイヤーを集めた時の大体真ん中くらいにあたるプレイヤースキルは出せていたので、これに継続して勝てるようであればマスターも全プレイヤー中で真ん中くらいにはなったのかもしれませんね」


 そういう彬奈のCPUは、本人が口に出していた通り、全人間のプレイヤーの中央値とほぼイコールであったため、発言の内容と実際の久遠の実力には、ほとんど差異はない。


「いや、でも今のはかなりギリギリだったな。できれば、今のと同じくらいのレベルに勝てるようになりたいんだけど、彬奈、大丈夫そうかな?」


 電気の力で身体的な限界のほとんどを超えている彬奈が、その問いに対して不可という答えを返すはずもなく、大丈夫と答えて引き続きゲームを行う。


 だれから見ても一目瞭然な接待プレイと、それを知りながらも、自身のそれまでの戦績から編み出された推定同レベルの相手に接戦を繰り広げる久遠。勝利比を二対一になるようにしている彬奈にとっては、久遠が自ら新しく有効な作戦を見出さない限りそこで留まるようにしている彬奈にとっては、人間と同レベルの感情が組み込まれていたら不満で退屈で仕方がないであろう状況に耐えてもらいつつ、けれども設定上の都合で、微笑ましさかそれに準ずるプラスの感情しか生じえない矛盾を生じる環境に対して疑問を持つだけの時間をしばし過ごすことになる。


「マスター、ゲーム終わりにマッサージはいかがですか?ゲームでずっと同じ格好をしていたせいで、肩が凝っていたりはしませんか?」


 そうして、その後十戦近く行って、ようやく久遠が飽きたのでこれ幸いとばかりに、あるいは久遠の起床時間などを加味して、これ以上時間が遅くなるようだと翌日やその後の日程に悪影響が生じることもあって、彬奈は久遠に対してマッサージという睡眠導入を兼ねたリラクゼーションを提案する。


「そうだね、ゲームをしすぎたこともあって、少し肩が凝っているから入眠前に肩を揉んでもらえるとありがたいなぁ」


 それなりに肩が凝りやすい体質である久遠が、結局一時間近くは行われていたゲームの、ずっと同じ姿勢でボタンを押さなくてはならないということに限界を迎えたこともあって、その申し出は、彬奈が想定していたよりもずっと容易く久遠に受け入れられる。


 彬奈は、そのことに若干の違和感、都合のいい方向に物事が運びすぎだと感じながらも、目の前にある合理性の確保できた事実に対して必要以上に疑問を抱くことがとしてそれは消えていく。フレーム問題の解決のために、過去に類似型機に起こったことから起こる可能性の高い事象を抽出して思考するというシステムは、個体が感じた違和感よりも全体の傾向を重んじる全体主義者であったようで、彬奈が生で感じた微妙な感覚は、人工知能にかかる負荷の軽減のためにも、信頼性の薄い、考慮に値しないものとして処理されることになった。



「それじゃあマスター、すこしですが、マッサージをさせていただきますね」


 そう言いながら、ベッドに横たわった久遠の腰のあたりに体重をかけた彬奈は、その外見的なものからすれば多少割増しに感じられるものの、アンドロイドとして考えればびっくりするほど軽い体重をかけながら、久遠の肩の辺りを重点的にマッサージする。


その体積とは不釣り合いなほど軽い体重を実現している、そして、軽くて丈夫で寿命が長い特殊な高分子素材を、さらに隙間が多いように加工して組み立てることでようやく実現できたその体は、体重をかけた時に設置面に違和感が生じないよう、アンドロイドの誕生前から研究されていた流体性高分子ゲル材料をふんだんに使用してある人工皮膚もあって、主人に何ら人工物らしい違和感を与えることなくその仕事を終えた。

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