ハストスがネビュラポップを解体した時の話+ハイダガーの普段の仕事(リクエスト)

「手伝うか」


 通信越しに尋ねるジャッジメントに、いいや、と答える。


「お前はこれから立派な立場になる。あくどいことをする回数は少ない方が良い。……それに、何かあった時は全部僕のせいに出来る」


 言って、ハストスは慣れぬ道具を手に、薄暗い倉庫の扉を閉めた。



 ◆ ◆ ◆



 ずるり、と死体を引きずる音がする。ハイダガーはその大柄な体躯でゆっくりと室内を歩く。ここは偉大なる《裁君》ジャッジメントからハイダガーへと与えられた部屋だ。ハイダガーの研究室……ないし実験室……もしくは処置室と言っても良い。外では六層らしく振舞うように努めているハイダガーだが、ここではそうではない。ここでの行いこそが、ハイダガーに許され、与えられた仕事なのだから。


 地面に伏した重い死体をハイダガーは軽々と作業台に乗せる。ぴくりとも動かぬそれは第五層の機人のものだ。すでに生命活動はない、ただの死体。ハイダガーは死体を下すと、隣にいる機人を見た。


「手伝って頂けるのは有難い、ですが……。もはや、あなたがこのような仕事をせずとも」

「気にするな。お前が来る前は俺がやっていた仕事なのだし。それに、今回の情報は俺も気になるからな」


 ハイダガーの言葉に、ハストスはそう返した。


「そうですか、ではそのように」


 ハイダガーは死体を器具で固定し、仕事の準備を始める。普段であればハイダガーが扱う遺体はハイダガーの戦果であり所有物だが、今回は違う。いや、正確には、そうなる前に一仕事要る、といったところだ。

この死体は今日、五層との闘いの最中に得たものだ。よくある戦闘だったが、成果は大きかった。第五層の、幹部ではないが要職につく機人を撃破し、その上、《暴君》ブラックヴェイルに破壊されることなく死体を回収出来たのだから。追い込まれているとも知らず、ハイダガーの兵器を振り切ったその五層の機人は、手柄をとろうと六層の主陣に飛び込み

――そして、待ち構えていたハストスの槍が、その頭部を貫いた。


 機人には基本的に二種類の脳がある。このうち、記憶脳と呼ばれるものからはその本人が死んだ後でも、当人が見聞きし、記憶した情報が残されている。つまり、要職たるこの五層機人の記録を暴き立てよう――というわけだ。ハストスは死体に解体器具を差込み、腹部装甲を外す。腹部付近に脳を備える構造の機人は比較的多い。


「では、お前はそちら。俺はこちらを調べる」

「承知」


 ハイダガーは頷くと半壊した頭部に手をつける。部屋に静寂が満ち、器具が立てるギュインだとか、ガリガリ、だとか、そのような音だけが反響する。暫くすると、ハストスが死体の腹部から細やかに構成されたパーツを一つ摘出した。


「ふむ……これだと思うか」

「はい。凡そ、平均的な記憶脳の形状です。この機体が複数の記憶脳を持つタイプである可能性もありますが……少なくとも、それはその一つで間違いない、かと」

「ではまずこれを吸い出すとするか」


 ハストスは取り出したパーツに解体機材から伸びる数本のコードを差し込み、機材のスイッチを入れた。ブン、と機材が動く眠たげな音がし、やがてランプが作業の進捗を示すように点滅し始めた。ハストスの赤い目に、ランプの光が反射する。


「実のところ、久々だし心配だったのだが、うん、鈍ってはいなかったようだ」

「ええ。良い腕です。問題ないかと」


 ハイダガーは引き続き頭部を調べながら、ハストスに言葉を返し……ふと、興味を口にする。


「……幾度かこのようなことをしていると思いますが。今まで、厄介だった取り調べはありますか」

「ふむ……」


 ハストスは少し考えこみ、ああ思い出した、とハイダガーの方を向く。


「……それなら、前層主を解体した時かな」

「前第六層主、ですか。ジャッジメントとあなたが、悪政にクーデターを起こし、討ち取ったという」

「そう大そうなものじゃない。腹が立ったから乗り込んでやった、そんな程度だ。まあ、政治にも軍事にも関係のない、大した機人じゃなかった俺たちに殺された奴も、どうかと思うが。ともあれ、前層主は情報をこちらに渡さずに死んだから……というか、ジャッジメントが有無を言わさず撃ち抜いたんだが……まあ、そういう訳で、引継ぎが出来なかった。だから、必要な情報を得るために奴の記憶脳から情報を引き出す必要があったわけだ。物理的に、電子的にな。それを俺がやった。まだ人手が足りなかったからな」

「そうでしょうね。たった二人に転覆されたとあっては、現場も混乱していたでしょう」

「奴の機体は、奴の行動脳の愚かさとは反対に厄介でな。改造を繰り返していた奴の機体は複雑で、本体の大部分が音楽関係の……奴の下手な趣味の機能に置き換えられていた」

「幾らかは存じています。前第六層主の機体改造は、第五層で行われていたゆえ。戦闘機能などは全て換装パーツに託し、都度手足を換装することで状況に対応していた、と記憶しています」

「そうだ。故におおよそ作りがマトモではなくてな。吸いだすべき記憶脳を探すのに随分苦労した。まったく、事前に基礎的な手法を本で学んだというのに、殆ど役に立たなかった。いや、役には立ったが……予習した通りではなかった。解体しているうちに親衛派に襲われたらどうするか、など不安になるし……。とにかく苦労した、あれは。『骨が折れた』というやつだな」

「前第六層主の遺体は、どうされましたか」

「粉みじんにして、潰したさ。万が一再起動されても困るからな。お前ならもっと良い使い道が思いついたか?」

「ええ――それは……そうでしょうね、きっと。あの機体は特別でしたし……実物を前にしてみなければ、何に利用できるかは、分かりませんが」

「あの時にお前がいなくて残念だ」

「わたしも、幾らかそう思います。立ち合っていればきっと、お役に立てたでしょう」


 ビーッ、と、機材から音が鳴る。データの吸い出し中に目当ての除法を見つけたようだった。


「当たりを引いた、ようですね。おめでとうございます」

「ああ。これで第五層に違法敷設されたユピウス管の場所が分かる。手柄だぞ、ハイダガー」

「ええ、ジャッジメントはお喜びになるでしょうか」

「勿論。場合によってはフルエネルギー砲の稼働が見れるかも知れないな」

「ああ……それは素晴らしい」


 ハイダガーは感極まって、丸めた背中を揺らす。ハストスは吸い上げたデータを移した記録媒体を握り、立ち上がる。後は任せた、と言って扉に向かおうとして、ハイダガーと死体を振り返る。


「その死体、どう利用する」

「さて……残りの脳も調べますが……その後、何にも使えないようなら、わたしの自動兵器に組み込みますが…そうですね、中身を一部入れ替えれば、死体のまま体を操ることも出来ますので…。爆弾を抱えさせて五層に帰す、とか。あるいは簡易な疑似人格を用意して五層拠点にまで戻らせ、更なる情報をこちらに送信させる、とか」

「なるほど。良い考えだ。ジャッジメントに相談する必要はあるが。お前は五層時代の情報はこちらに伝えないからな、コイツの方が役に立つだろうさ」

「申し訳ありません、……あの頃のすべては、ブラックヴェイル様に捧げたものゆえ……ですが、ジャッジメントにお仕えして以降に手に入れた情報は、何一つ包み隠さず、お伝えしております。これは、信じて頂きたく……」

「分かっている。……こいつを五層に帰したとして、死んだ奴が戻って来たと騒ぎにはならないか。幹部でなくともある程度顔は知れているだろう」

「ブラックヴェイル様は……お手元に置くような機人以外に対して、誰が死んだ、など逐一広報なさる方ではありませんから……この機人が死んだと知れ渡る前に『帰して』しまうのは効果的でしょう……ええ、ブラックヴェイル様なら、そう……そうです」


 ハイダガーの口調が次第にもごもごと、胡乱さを含むものになる。いつものことだ。何か一つの思考に没頭すると、ハイダガーの意識は外界から遠ざかる。


「では、あとは好きにしろ。褒美だ」

「はい、……ジャッジメント」

「俺はジャッジメントではないぞ」

「ああ……すみません、《裁君》ジャッジメントとあなたは、似ている、ので、たまに……分からなくなります」

「ぼんやりとしているな。一度休め」

「はい、あなたの命であれば、そのように」


やはり、ジャッジメントと間違えているな、と思いながらハストスは暗い研究室を後にした。



 ◆ ◆ ◆


 目の前に、機人の死体が一つ転がっている。

 道具を手にし、たった一つの扉を封鎖する。殆どの兵は死ぬか逃げるかしたが、思いなおした親衛派が戻ってこないとも限らない。何日も前、計画を決行する前から腹は括っていたが、なにかと心配してしまう。初めてだから仕方が無いと零しつつ、必要な仕事に移る。


 解体器具の捩じれ尖った先端がギュインと甲高い音を立てて回転する。棚に電子書を置き、しおりをはさんだページを呼び出す。念のためにバラバラにした機体。対象の腹には大きな大きな穴。さて、記憶脳が壊れてないと良いのだが――と、本を見ながら、青い機人は、最初の一刀を振り下ろした。



(おわり)

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