ホークアイとコンビニ

 ホークアイは悩んでいた。かれこれ三十分ほど、本拠の自室での時間を含めると二時間ほども悩んでいた。原因はただ一つ、今、ホークアイの目前に立つ、コンビニエンス・ストア(超便利店)なる市民の身近な小売施設――略してコン・ビニ、である。


 かつてニンゲンの時代にもあったといわれるこの小売形態の施設は、機人向けに形を変え、いまも四層に存在していた。五層にはこういった店舗はなく、六層ではもっと公営的な形態だと聞くが、ホークアイも詳しくは知らない。ともあれ四層のコン・ビニはニンゲンの時代とそう変わらぬもので、主食であるユピウスエネルギーのバリエーションも数多く、嗜好品の咀嚼食、十本セットのねじ回しやスキンコーティング油、張って剥がせるペイントシール、生体金属再生パテ、安価なケーブル類など、日用品まで幅広く取り揃えており、住民認証をすれば公的書類の手続きも電子ライブの発券登録も出来た。その名の通り、便利なのである。


 今やすっかり住民に親しまれるコン・ビニだが――ホークアイにとってはそこが問題だった。ホークアイはビルの屋上からじっと地上のコン・ビニを睨む。何故ならば――


(うう……今や層主の地位に上り詰めたワタシが……今更、超、超、庶民御用達施設であるコン・ビニに入れるはずが…!!)


 そう思いつつも、ホークアイはデジタルディスプレイに画像を映し出す。なんとなく部屋で無作為位に市井の情報を閲覧していたところ、見つけたもの。

《新発売! 期間限定・抹茶アイスポテトチップス!》


 抹茶アイスポテチ。その単語を見つけた時、ホークアイは驚愕した。

 抹茶ポテチ、ならまだわかる。いや、それでも十分にわからないが、なんとなくのりしお的な、葉っぱの粉末を感じるようなものなのかな、とか無難なラインの想像も出来る。しかし、これは抹茶アイスポテチである。抹茶アイスとポテチ、一体どうなっているのか?まったく無難になる可能性が見えないとんでもない組み合わせだ。五層に何度も天井を貫通されているストレスで企画者の頭がどうかしてしまったのだろうか?


 抹茶アイスポテトチップスというこの得体の知れない単語は暇をしていたホークアイの思考神経をすっかり占拠してしまった。だが問題があった。この商品は特定のコン・ビニの専売商品だったのである。


 コン・ビニ。ホークアイもかつては時折利用していたが、層主となって以降はすっかり縁遠い。生活における大抵のことについては部下が担当しているというのもあったし、知的で優雅な層主を称するホークアイにとって、なんだか締まらない気がするので意図的に避けていたのもあった。


(ホークアイはポテチのようなカリカリ、カサカサした触感のものを好むのだが、以前ブラックヴェイルになんとはなしにそう言ったところ、小馬鹿にした顔でアイスを食われた。まったく意味が解らないし、そのアイスはなぜか四層の兵が小間使いにされて買って来たものだった)


 ともあれ機人にとってエネルギー補給に役立つのはユピウスなのだから、層主がわざわざ安っぽい嗜好品のためにコン・ビニに行く必要などまるでない。もっと質が良い嗜好食は他にいくらでもあるし、それを容易く手に入れることのできる立場なのだから、層主らしく上質なものを食せばいいのだ。


 しかし――抹茶アイスポテチ、なのだ。

 名称だけでも奇妙な上、美味かろうが不味かろうが、話のタネになる。誰にこんなジョークフードの話を出来るのだという点はあるが、代償になるのはたかだか三百ギーロである。戦局では全ての情報を見極め、状況を読みとる《策公》の類まれなる知的好奇心は、この刺激的な新商品への興味を抑えられなかった。


「お、落ち着きなさいワタシ……ワタシは誰より賢い《策公》……なにかもっともらしい理由をつけれるはずです……そう……視察とか……!!」


 極限まで自分を追い詰め、出て来た考えは驚くほど冴えていた。

 視察。名案だった。層主が市民の生活の様子をちらりと見に来るなど、とても自然で普通のことであり…そして物のついでに何か商品を買っていくことも、けっして不思議ではない! ホークアイは自らの導き出した答えに満足した。いける、この設定を演じ切る……!


 ふわりとホークアイは自慢の飛行ユニットでビルから飛び立ち、優雅に地表の道路に舞い降りた。突如現れた層主の姿に道行く機人が関心の目を向けるが、ホークアイは冷静に彼らの視線を受け流し、一歩踏み出す――。


 その時、ホークアイの機体がコン・ビニの感知センサーに認識されるより少し早く、機人がエンジンをふかして突っ込んでも壊れない強化硝子張りの自動ドアが開いた。コン・ビニの中から買い物を終えた客が現れる。


「ン? ホークアイじゃねえか」

「あ……!?アナタは……!?」


 ホークアイは目を剥いた。その特徴的な姿を見紛うはずもない。ペンキで彩られたぼろ布を被ったその姿は、間違いなくクリーヴィッジだった。


「ば、ば、ばかな…!?何故アナタが四層に……!」

「そりゃあ、だって地階にはねえからよ、コン・ビニ。久々だから結構買い込んじまったぜ」


 クリーヴィッジはぱんぱんに膨らんだ買い物袋を揺らした。中にはぎっしりと菓子袋が詰まっていた。その中には――「抹茶アイスポテトチップス」の文字もある。


「あ、アナタそれ……」

「おお、これヤバイよな~。なんだよ抹茶アイスポテチって。全然意味が分かんねえから地階の連中に食わせてみようと思ってよ」

「そ、そうですか……」


 ホークアイは動揺していた。まさかこんな時に偶然、知り合いと遭遇し、その上目当ての抹茶アイスポテトチップを購入しているとは!


「そういうオマエは何買いに来たんだ?オマエみたいな格好つけがこんな所に来るなんて意外――」


 言いかけて、クリーヴィッジはあからさまにポテチの袋から視線を逸らすホークアイに気付いた。


「ああ、そうか。オマエもこの変なポテトチップが目当てってわけだ?」

「ち、ち、ちがいますよ!!」

「これ、あと一袋だったぜ」

「えッ!?」


 残り一袋。たいへんなことだった。視察に来た層主がわざわざ残り一袋のポテチを買うだろうか?否である。そこはいたいけな層民に配慮して、数の多い袋を選ぶはずである。そして抹茶アイスポテチなるふざけたものに対し「まだ在庫ありますか?」などとても聞けるはずもない。クリーヴィッジはにやついた笑い声をあげた。


「ま、オマエが買わなくても、オレがあとで感想を聞かせてやるよ。安心しな」

「わ、わかりましたよ!もーーー!!わかりましたよーーー!!」


 ホークアイはついに腹をくくり、コン・ビニに足を踏み入れたのだった。



 結局――ホークアイは素直にラスト一袋の抹茶アイスポテチをレジに持っていき、「あら、ホークアイ様。これ面白いですよねえ、ご興味が?」という店員のトークに「ええ、そうなんですよね、あまりにも奇妙なので興味を引かれて…」とこれまた素直に答えたのだった。



 そして抹茶アイスポテチの実際の味と言えば――

「やっぱりヘンですね。甘みと塩味が交互に来て……なんですこれ?」

「あ、やべえやべえ、ヘンにアイス味とポテチ味がまざってエグみでてきた」

などと、ホークアイとクリーヴィッジは講評したのであった。


(おわり)

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