第15話 にゃんこ亭にようこそ


 シェルトがにゃんこ亭の助っ人に来て10日がたった。

 相変わらず満員御礼の状態だけど、シェルトはお昼のピークを見事に取り仕切りすっかり馴染んでいる。

 むしろ以前より冒険者のリピーターが短期間で増えたことを考えると、忙しいような気もするがきちんと乗り越えた。



「ありがとうございましたぁ!」


 今日も無事にお昼の営業を乗り越え、私は最後のお客様を見送った。外の看板を準備中に裏返して、店内に戻ろうとするが扉の前には笑顔の女将さんがいた。


「女将さん、どうしたんですか? もうテラス席も看板も片付けましたよ?」

「いやぁ……あのね。聞きたいんだけど……耳かしてくれるかい?」


 おずおずと周囲を見渡して、私を手招きする。あまりにも神妙な表情の女将さんに合わせるように、言葉を聞き逃すまいと耳を寄せた。


「アメリーちゃん、シェルト君とはどこまで進んだんだい?」

「――はい!?」

「だって若い男女なのに何もないってことは無いでしょう? 仲良く夕飯の買い出しにも出掛けちゃって……ね? 隠さなくたって良いのよ」


 女将さんはふざけた様子もなく、鼻息を荒めに興奮ぎみで聞いてくる。


 あぁ、そうですよね。普通は男女ふたりっきりの生活をしていたら、疑いますよね。むしろ女将さんはいかにも確信している口振りで………私は目を皿のように据わらせ咎める。



「カマかけても、何もありませんよ。清々しいほどに」

「あら、そうなの?残念」



 あら、バレてたのね。と悪びれる様子もなくテヘペロと聞こえそうなウインクをお見舞いされた。この際だから女将さんに聞いてみよう。



「むしろ、何も無さすぎて……女としての自信を無くしそうな程で、そういう雰囲気が生まれてません。よほど私がタイプ外なんだと思うんです。またはアッチかソッチなのか……どっちだと思います?」

「まぁ! 普通の好青年かと思っていたら……そうね……アッチかソッチなら面白いわね。ふふふ」


 少し驚いたあと、どこかホッとした様子で笑う女将さんに首を傾けた。


「実はね心配してたの。にゃんこ亭のためにアメリーちゃんの断れない性格に付け込んでしまって、望んでない関係になってしまってたらって。好青年とはいえ、やっぱりシェルト君は若い男でしょ?」

「女将さん……」


「あとから、ジャックをリビングに追い出してうちに泊めれば良かったって、ジョーイとも話しててね。でも次の日のからアメリーちゃんとシェルト君はとても仲良さそうに出勤して、当然のように一緒に帰っていくから言いそびれちゃって……ごめんなさいね」



 女将さんさんは本当に心配していたのだろう。弱々しい笑顔で頭を下げようとするを、私は首を横に振って止める。



「むしろ、私はシェルトが来てくれて助かってるんです。今まで少し寂しかった帰宅が、楽しみなくらいには。なんと言いますか、過保護な家族ができたみたいで」

「アメリーちゃん……そう、それなら良かったわ」


 そっと私の手が包み込まれる。

 女将さんは私の事情を知っていていたから、随分と心配をかけていた。少しでも心配を減らして安心させたかったから、今の穏やかな女将さんの顔を見れて私もほっとする。


「じゃあ、これからもシェルト君が屋根裏部屋に住んでてもアメリーちゃんは問題ない訳ね?」

「まぁ、そうですね。身の危険は一切ありませんし、むしろ生活の質が向上しております」


 私の答えにうんうんと頷き、ニカッと女将さんは笑って店の扉に向かって腕で大きく丸を作った。すると扉のガラスの向こうでこちらを見ていたマスターが全身でガッツポーズを繰り出す。もう腰はすっかり良いようだけれど……


「えっと女将さん、その」

「まぁお店のなかに戻りましょ? 賄いがそろそろできるでしょうしね」


 バッチーンと音が聞こえそうな本日2回目のウインクが放たれた。

 二人で店内に戻るとどこかソワソワしたマスターに迎えられ、シェルトはひとり厨房で真剣に賄いを皿に盛り付けていた。

 その後ろには瞳孔が開きっぱなしなので、心配になるほどシェルトに魅入るジャックがいる。


 シェルトは背後の気配を気にすることなく、柔らかめの厚切りのパンの上に香ばしく焼かれたベーコンを乗せていく。

 その上では茹でたほうれん草と千切り人参が円を描き、真ん中に半熟卵がぷるるんと投下。またパンをのせてからとろーりとしたほんのり黄色いクリームで全てを覆うと、黒いスキレット皿の上に満月が出来上がった。パセリがパラパラっと舞い降りて付け合わせの野菜が添えられると、今までのにゃんこ亭ではお目にかかれないようなオシャレタイプの賄いがテーブルに置かれた。



「これは何だ? 皿グラタン? オープンサンド? キッシュでもないし……」

「そうねぇ~」



 マスターと女将さんが珍しいメニューを覗きながら唸る。私も記憶を遡るが覚えていない。

 でも見た目だけで美味しいことが伝わり、お口の川はもう少しで決壊しそうだ。ジャックも同じように興味津々で、口を一文字にして涎が溢れないように耐えている。



「前にカフェ系の定食屋で食べたエッグなんとかというランチセットをアレンジしてみたんです。感想教えてくれますか?」


 シェルトは私たちの様子が面白いのか、クスクスと笑いながら薦めてくれた。


「シェルト君の賄いは目新しい物が多いから楽しいなぁ! いただこう」

「「いただきます」」


 マスターの一声で、私はナイフで切り分けてフォークに刺さったパンに具とクリームをしっかり絡ませて、口に放り込む。


「んー♪」


 ベーコンの塩気とほんのり酸味のあるクリームソースが前面に出て来て味を主張するが、パンとほうれん草が見事に落ち着かせてくれる。

 次に大胆に真ん中から卵を切り分けて、プラスすると濃厚さがアップして味がマイルドになった。

 カフェ系と聞いたから軽食のひとつと先入観で思ってしまったけど、これは食べ応えのあるボリューム抜群のメニューだ。



「なるほどなぁ。うーむ」




 マスターも感心するように皿を見ながらじっくり食べ進めていく。それをシェルトは“待て”されているが如く、ソワソワしながら黙って感想をじっと待つ。



「うまいじゃねぇか。しかも作り方はシンプルで仕込みも簡単。でもそれを感じさせないボリューム感は良いな。強いて言えば……」


 マスターが言葉を区切り、シェルトは息を1度飲んで続きを待つ。


「少しばかり上品すぎる。悪いことではないが、今は冒険者が多いにゃんこ亭ではこれは人気に火が付きにくい。男はやっぱり頼みづらいなぁ~旨いからこそ勿体ない」


 まるで改善すればメニューのひとつになるのにと本当に惜しそうな顔のマスターに、シェルトは苦笑する。


「やはり女性向けですよね。でも味を評価してくれてホッとしました。自信が持って、自分のレパートリーのひとつに加えられます」

「いや、シェルト君だけのメニューにする気は無いんだがな。どうだ、改良して再提案してくれないか? にゃんこ亭のメニューに加えたい」



 マスターはよほど味が気に入ったのだろう。冒険者が増えて新メニューを考えなければと悩んでた。満月パングラタンと勝手に私は命名したけれど、それを採用したいらしい。

 でも新メニュー開発を臨時シェフに対して求めすぎなのでは? と思い至ったところでマスターの狙いがなんとなく分かった。だから女将さんは色々私に探りを入れたのか。



「マスターもしかして!」



 私はわくわくした面持ちでマスターを見つめると、にっこりと頷く。女将さんはにこにこと微笑み、ジャックも腕を組んでニカッと笑い、そして皆でシェルトに視線を向けた。

 いつもは勘の良いはずのシェルトだけは珍しく先程から頭に『?』を浮かべて、理解していない。


「なぁシェルト君。正式ににゃんこ亭の料理人になってくれないだろうか? お前さんの手際と腕前は文句のつけようがないし、賄いを見てて更ににゃんこ亭に必要だと感じたんだ」

「俺が必要?」


 シェルトはマスターの言葉が信じられないのか、戸惑いながら確認する。


「うちは高級レストランじゃない。最近客層が変わってきていてな、にゃんこ亭も生き残るためには変わっていかなければならないと痛感していたんだ。シェルト君の賄いメニューはボリュームがあって、洗い物も少なくて旨い。新しい風を感じたんだ。なぁジャック」


 マスターに話をふられたジャックも大きく頷く。


「どうしても俺も父さんの元で修行しているから、発想の幅が狭い。だからといって他店で修行する機会はないんですよ。そんな時、シェルトさんの料理を見て俺は感動したんです! 今まで気付けなかった問題点を知れたし。何よりシェルトさんのメニューは働く男にピッタリで栄養バランスが良い!これからのにゃんこ亭に必要な要素をたっぷりシェルトさんは持っているんです!」


 椅子から立ち上がり熱弁するジャックにシェルトは圧倒されて、呆けたまま見上げている。


「シェルト君! どうだね?」

「シェルトさん、ぜひ一緒に!」

「ねぇ、頼まれてくれないかい?」


 親子三人がぐいぐいとシェルトに詰め寄る。


「えっと、あの……アメリー……」


 シェルトは困惑したような目を向けて、私に確認をとろうとする。一応ご主人様ではあるけれど、私はシェルトに無理強いをするつもりはない。

 だけどシェルトは困惑しているものの、嫌がってはいない。むしろ少し照れているような、こんなにも求められているのが恥ずかしいような様子。

 忠犬フィルターのシェルトの耳は垂れているのに、しっぽは揺れている。だったら私は背中を押すだけだわ。


「私は今日までシェルトと一緒に働けて楽しいし、好きよ。大歓迎なんだけど、どうかな?」

「アメリー……」


 へへへと笑うように聞いてみると、私に甘過ぎる彼はいつもの“仕方がないなぁ”と言っているような微笑みを浮かべた。

 そして、マスターに向かって姿勢を正した。



「若輩者ではありますが、にゃんこ亭の仲間にさせてください」

「あぁ!是非とも頼む!」



 こうしてシェルトはにゃんこ亭の一員に加わったのだ。

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