第13話 色々と埋まりました


 私はマスターと女将さんがシェルトを褒めまくっているのを、大きく頷きながら唐揚げを食べる。


「俺も同じ火の加護持ちなのに、シェルト君はレベルが違ったぞ? 良い焼き加減だった」

「見てたわよ~それに指示もしっかりしているし落ち着いていて、本当に凄いわぁ」


「しかもコンロに立ちながらキャベツの千切りのストックも増やしてくれててなぁ」

「足りるか心配だったから良かったわ~夕方の仕込み助かっちゃった」


 そうなんですよ、マスターと女将さん!

 もっと褒めて! シェルトは優秀なんですから! と自分の事のように鼻が高くなる。


 特にマスターは料理に関わると厳しくて、息子のジャックすら誉められることは少ない。それだけプロの目から見てもシェルトは凄いのだろう。


 そんな彼はそんなこと無いですよと、恥ずかしそうに謙遜してるけど、もっと誇れば良いのにと思う。もっと自信もって!

と念を送るように見つめていたら……



「それより、アメリーちゃんとシェルト君はどんな関係なのかしら?」

「――っ」



 女将さんに意味深な微笑みをむけられ、口から唐揚げが飛び出しそうになるけど食いしばって耐える。



「アメリーちゃんが綺麗になった理由……シェルト君なんでしょ?」

「むふっ!」


 危ない。唐揚げがまた逃げそうに……


「ここに来るときも手を繋いでたしね。彼氏なんでしょ?」

「……!?」

「ご飯大好きアメリーちゃんの事だから胃袋掴まれたんでしょ? 料理上手だものね~」

「~~っ!」


 口の中の唐揚げのせいで喋れないことを良いことに、女将さんから矢継ぎ早に質問が繰り出される。

 しかもほとんど確信したような容赦のない聞き方だわ。

 確かに胃袋は掴まれてるけど、ここで頷いたら彼氏認定もされてしまう。でも首を横に振ってしまうとシェルトのご飯の美味しさを否定することになりそうで出来ない。

 ど、どうればいいの?

 助けを求めるようにシェルトに視線を向けると、仕方ないなぁと言うような表情で口を開いた。


「女将さん、確かにアメリーとの関係は良好ではありますが、残念ながら恋愛関係ではないんです」

「あら……残念。本当に?」


「はい。具合が悪かった俺をアメリーが偶然発見して、助けてくれまして。アメリーは俺にとって恩人という存在で……そういった仲には発展してません」

「まぁ、そんな事が。そうなの?アメリーちゃん」


 まだ信じようとしない女将さんに向かって激しく頷きながら、ようやく唐揚げを飲み込んだ。


「そうなんです! シェルトの言うとおりです。彼氏ではないんです」

「分かったわ。勝手に決めつけて悪かったわね」


 少し残念そうに手を頬に当て、女将さんは頷いた。


「あ、そういえばアメリーちゃんは家政けんと言ってたが、“けん”ってどういう意味だったんだ?」


 女将さんが引いたら次はマスターから痛い質問が出る。

 家政犬……あぁ、確かにそんなこと言ってたわ私。

 急に意識が遠退きそうになるが、自分が蒔いた種。疲れた頭を懸命に動かした。



「そ、それは」

「それは犬って意味ですよ。ね? アメリー」

「「──!?」」



 被せるように放たれたシェルトの言葉に一同耳を疑った。

 せっかく「慌てていて覚えてません」と誤魔化そうと思っていたのに……本人が了承しているとはいえ、私が人を犬扱いしてるだなんて店主夫妻が知ったら……

 いいえ、まだ訂正は間に合う! 必死に笑顔を作り、シェルトの背中を叩く。


「いやだなぁ~何言ってるの? 犬だなんてシェルトったら」


「俺の今の職業忘れました? 家政夫と番犬サービスだってこと。合わせた造語のつもりだったんでしょ?」

「……そうだったわね。私ったらパニックですっかり忘れてたわ」



 確かに……今のシェルトの現状はそうとも言えるので便乗した。



「番犬サービス? なんだそれは」

「そのままです。留守または夜の間、泥棒や強盗……または変質者に会うかもと不安を抱えているお宅で見張りをするサービスです。その間に何もしないのは勿体ないので家事を代行していたんです。家政夫と番犬……あわせて家政犬です」


 マスターは痛そうな腰を押さえながら、興味津々で身を乗り出す。


「ほー、そいつは珍しい」

「始めたばかりで、アメリーがお客様第一号なんです。前の仕事は諸事情で続けることができなくなり、ショックで体調も崩してしまって………それをアメリーが心配してくれて俺を雇ってくれてるんです。もちろんお試し価格で」

「なるほど。アメリーちゃんは優しいからなぁ」

「はい。だから今回もアメリーの自宅で家事をしていて、にゃんこ亭の手助けに駆けつけることが出来たんですが。明日からの事が心配で……」



 急にシェルトは悩ましい顔をして言葉を途切れさせた。そう、耳をペタンと平伏せさせ、尻尾を力なく床に垂らした何度と見たことのある姿。マスターと女将さんは心配そうに聞き耳を立てる。


「今は格安宿からアメリーの家に通ってるんです。そこはにゃんこ亭から遠くて……でも恩人アメリーの家での仕事も力を抜きたくなくて……」

「お、おう……それで?」


「両立させるためにも近くに住みたいんですが、安くて良い宿もすぐに住めるアパートもないんです」

「そうだな……俺の所有するアパートも満室だ。ちくしょう……シェルト君がにゃんこ亭には必要だというのに」


「そこでマスターに相談なんですが……」

「おう、俺に出来ることなら言ってくれ」



 さて思い出してみましょう、大型犬シェルトが小型犬に擬態した時の出来事を。

 私の背中には汗が一筋流れる。



「実は以前より“どうせ一日中、私の家で仕事するなら住めば良いじゃない”と言われていたんです」

「な、なんだって!?」

「まぁ!?」


 私から同棲を勧めた話にマスターと女将さんは目を真ん丸にして振り向き、私を見る。

 だが私が答えるよりも先にシェルトの話は続く。


「女性の独り暮らしにお邪魔するのは気が引けて保留にしていたのですが、今回お手伝いするにあたって住むことが出来たら両立できると思うんです。ですから大家であるマスターの許可がいただきたく……」



 懇願するような上目遣いを繰り出すシェルトの精神攻撃がマスターと女将さんを襲う。


「男女がひとつ屋根の下なんて変な関係かもしれません。常識的には遠慮すべきかもしれませんが、俺はアメリーもにゃんこ亭も助けたいんです」


 その口が今さら常識的な遠慮を言うだなんて!デジャヴだ。私の時と同じ光景が目に浮かぶ。

 遠退きそうな私の意識を呼び戻すかのように、強く肩を叩かれる。


「まぁシェルト君なら大丈夫か! 俺は大家として許可するから、アメリーちゃん、頼んでも良いかい? 屋根裏部屋空いてるよな?」

「そうねぇ、男女ひとつ屋根の下って心配だけど……番犬サービスが仕事なら、シェルト君はプロだし大丈夫よね? アメリーちゃん?」



 自分から同居を誘ったんだから、断らないよね? こんなに誠実そうな青年だから大丈夫よね? という店主夫妻の心の言葉が聞こえ、拒否の余地は無かった。



「……ソウデスネ。ワタシノイエニドウゾ」

「ありがとうございますアメリー! マスターも女将さんも宜しくお願いします」



 シェルトはまた輝かんばかりの笑顔を浮かべ、マスターと女将さんの手を握り感謝する。

 見事な切り替えの良さ。相変わらず感服ものだった。



「でもマスター、女将さん、俺がアメリーの部屋に住んでるのは内密でお願いします。俺のせいでアメリーに要らぬ噂は立たせたくないのです。4人だけの秘密で良いでしょうか?」

「そうだな。そうしよう」

「そうね。変な男が“俺も!”ってアメリーちゃんの家に押し掛けたら大変だもの!リコリスちゃんに秘密にするためにも、ジャックにも秘密ね」



 女将さん……その変な男は目の前にいますよ。私の家に居座わろうと自分の要求を通すために、子犬の皮を被った大型犬が。


 それと確かにジャックが知ったら自然とリコリスにも伝わる。きっとリコリスは常識的な良い子だから、同棲を知ったら心配かけちゃうわ。だから丸くおさまって良かった良かった…………



 じゃない! シェルトったら、さらっと同棲を正当化したわ。マスターも女将さんもなんで簡単に納得したのよ!?

 そうね……可哀想な子犬は見捨てられないものね。そう思うようにしないとやるせない。

 新居に引っ越すどころか、どんどん私の家に内からも外からも確固たる居場所を築かれているし。なんてズル賢い犬なんでしょう!

 そう心で悪態はつくものの、本音はまだシェルトと一緒に住めることが少し嬉しかったのだった。

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