第4話 一番はピッチャーで

 攻守が入れ替わって、一回の裏。相手、粟野あわの中が守備位置に走る。

 でっぷり太ったピッチャーは、チームメイトのリョウタと同じくらいか、それ以上か。見た目からしても重い球を投げている。


 相手方のレギュラーメンバーは、全体的にガタイも良く、ほとんどが最上級生で構成されていると見てとれた。チームとしての纏まりも感じられる。


 投球練習が終わり、背の高い相手方のキャッチャーが両手を上げた。


「しまっていこう!」


 捕手に呼応するように声が響く合う。声と声が言葉となり、地を震撼する音となる。



「向こうのチームは元気が良いわね」

キョウコ先生が誠を突く感想を述べた。


「監督は、どっちの味方なんですか?」

「あなた達よ。決まってるじゃない。私なんか変なこと言ったかしら」


 キャプテン、コウスケの溜め息。首を傾げるキョウコ監督。そんな二人のやり取りを横目に、少女は打席へ向かう。多少の罵詈雑言ばりぞうごんを浴びながら、先頭打者がまかり通る。


 ギラついた男達の視線を浴びて、一番バッター、アオイが打席に入った。いかつい視線も浮ついた視線も跳ね除けて、ツンと澄ましたようにバットを構える。


 白肌の華奢な腕が初夏の陽光を跳ね返し、左バッターボックス、赤土の地面をガリガリとスパイクで削る。


 スッと構えたバッティングスタイルは振り子打法。大きく右脚を上げるも、強靭な足腰と体幹の強さからか、体はまったく微動だにしない。少女の漆黒の眼光が相手投手を見据える。


 直球、変化球に関わらず綺麗にカットし、ファール、ファールと粘りながら、カウントをかせいでいく。


「四球ねらいかよ!」


 カットする技術の難度も知らぬ馬鹿者、愚か者のそしりに、「ふざけんな」と今にもベンチから飛び出しそうなヨシユキをリョウタがなだめた。


 ベンチ同士の一触即発の現状も、彼女自身は素知らぬ顔でバットを構える。その眼光は、常に鋭い。鷹が獲物を狩るような静かな闘志を滲ませている。


 粘りに粘った八球目。アオイのバットに叩きつけられたボールは、大きく地面をバウンド。弾んだ白球は、夏の青々とした空を、入道雲と並び優雅に泳ぐ。木々の騒めきを聞きながら、ボールはポーンポンと地を飛び魚のように爆ぜた。


 ボールは何回かの空中浮遊を楽しんだ後、サードのグラブに収まる。サードは送球を試みようと動作に移るが、素早いバッターランナーの前に動きは止まる。一塁ベースを鮮やかに駆け抜けたアオイが、爽やかな笑顔と共に右手を掲げていた。

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