episode5 『陰り、あるいは崩壊の前触れ』

38 来訪者

 あれから一週間経った。

 キッサイカ邸の事件は、大手の情報誌は他の貴族の顔色を窺うように細々としたものだが少部数の会社は面白おかしく書き立てていた。だがまさかワイバーンを飼っていたなど荒唐無稽すぎて誰もが嘘だと笑っていることだろう。

 また、『付近にいた魔術師が退治した』程度にしかオズワルドのことは触れられていない。これは憲兵に『報告書には名前を出してもいいが発表する際は一切名前を出さないように』と何度も釘を刺したためだ。これ以上巻き込まれる気はさらさらなかったので。

 ……魔獣飼育の件でキッサイカ家は爵位はく奪の措置が取られた。当主とメイド長が捕食され死亡したため、これ以上の見せしめとしての罰はいらないと判断したのか執事長と飼育担当の使用人は国外追放程度で済んでいる。一昔前なら屋敷の人間を全員処刑していただろう。

 新興宗教にはまっていたことについてはどこも触れていなかった。教会の目が怖いのか、その宗教に触れることがタブーなのかはオズワルドには分からない。自分からは関わりたくなかったので深追いはしないことに決めていた。


 普段通り講義を終えてオズワルドは研究室に戻る。

 一年はまだ素直だ。慣れてきた二年と三年は毎回手を焼いている。四年はここまでついてこれた者しか残らないので、憎たらしい時もあるがやりやすくはある。

 そういえば四年のレポートの添削をしなければと考えながら歩いているとふと外から笑い声が聞こえた。

 通路の窓から地上を見下ろすと、見慣れた銀髪が他の学生とともに歩いていた。会話は聞こえないがどうやらじゃれ合っているようだ。

 アクロが近くにいた女子学生に抱き着き、反撃を食らうように髪をぐしゃぐしゃと掻き回されている。なにやら笑いながら喋り、さらに髪を乱されていた。わちゃわちゃとしながら彼女たちは移動していく。

 あんな顔も出来るんだな、とオズワルトはぼんやりと感想を抱いた。

 あまり年上年下関係のない態度で接してきているのかと思ったが、あれを見るに本人なりに顔を使い分けているらしい。

 たまにとんでもない爆弾発言を落とす以外は、オズワルドの学生時代よりはるかに人間味が溢れていた。勇者を亡くしたことでやさぐれた時期がちょうど学生だったのでド失礼な留年生と遠慮のない同級生ぐらいしか話しかけてくる者がいなかったのだ。

 さぞ周りもやりにくかっただろうと十数年越しの反省をする。


 研究室にたどり着く。

 魔法陣は破られていない。さっき友人たちと歩いていたので来るわけがない。ほとんど毎日来ては魔法陣を破壊していくのでまず入室前にチェックすることがクセとなってしまった。


「遅かったなオズ」


 レポートの添削を終えたら補講の日時を考えなければならない。あとで教務課に問い合わせ、スケジュールを調整しよう。早めに行わないと中間考査前にばたばたと講義をする羽目になる。


「おい。無視するな魔術師」


 あとは――そうだ。魔法薬学会の論文集が発表されていたはずだ。原初魔法を増幅させる薬品の論文に目を通しておきたい。


「ばーか」

「あ?」


 絶えず思考を続けることで無視をしたかったのに、とても簡単な罵倒に思わず反応してしまった。オズワルドの敗北である。

 むすっとした顔でレルド・イベリッカが立っていた。オズワルドの孤児院時代からの腐れ縁で、秩序維持憲兵隊第2班隊長だ。プライベートなのかラフな格好をしている。


「誰がばかだ。俺は大学構内に無断侵入する不審者と話す趣味は無いんだ。憲兵を呼ぶぞ」

「おれが憲兵なんだが? ちゃんと許可も取ってきたんだが?」

「なんの用だよ」

「なにって、このまえの事件のことについて話しに来たんだよ」

「ああ……」


 図書館切り裂き殺人事件のことだとすぐに思い出す。

 レポートでいいと言ったのに、わざわざ口頭で伝えに来たということはなにか事情があるのだろう。

 周りを気にしながらオズワルドはレルドを研究室に入れた。


「汚いな」

「うるせえ叩きだすぞ」


 オズワルドは杖を取り出し、レルドの頭からつま先までを浄化の魔法陣に通した。反応がないので術はかけられていない。

 トルリシャの件があったのでなんとなく盗聴を気にしてしまう。あれも誰がしたことなのか分からずじまいだ。……予想はついているが。あそこまでの魔法陣を扱えるのは、カサブランカ孤児院ではひとりしかいない。


「適当に座ってくれ。……先に言ってくれたら茶菓子ぐらいは用意したのに」

「おれも話すだけ話したらすぐ帰るからいらない」

「せわしいな」

「しみったれたおっさんの顔よりも早く帰ってかわいい娘と息子の顔が見たいものでね」

「叩きだすぞ」


 軽口というより悪態をつきながらふたりは向かい合わせに座る。

 レルドは疲れたようにため息をついた。


「少し、ややこしい事態になった。調査レポートをこっそり借りてオズに目を通してもらったほうが早いと思ったんだが、厳重管理される流れになって持ち出せなかったんだ」

「俺は話を聞きたいだけだからレルがわざわざ危険を冒すことはない。あの事件以上に、なにか悪いことでも起きたようだな」

「最悪なことが起きたよ。……ルアナ・イジーリアとサブラ・ルッキズがいただろう?」


 館長を殺した犯人に、その共犯者だ。

 普段なら考えつかないような殺し方をしていたこととその後アクロが暴走したせいで濃く記憶に刻まれ、名前まで珍しく覚えていた。


「いたな。どうしたんだ」


 飲み込むまでに時間がかかった。


「なに!?」

「死因は不明。ただ、イジーリアが死に際に『呪いだ、罰だ』と叫んでいたと見張り番より聞いている」


 呪い。また呪いか。

 生唾を何度も飲み込んだのち、オズワルドは質問する。


「その様子は――胸を強く押さえていたり、頭痛を訴えたり、嘔吐をしてはいなかったか」

「すごいな、その通りだ」

「他に見当がなければ、きっとすずらんの毒だ。あの花にはそういう症状を引き起こさせる毒がある。収容施設ですずらんを育てているのか?」

「待ってくれ、名前は聞いたことあるがどんな花だ」


 オズワルドは舌打ちひとつして本棚を漁る。

 植物図鑑を取り出して該当のページを開きレルドに見せた。


「こういうのか。以前あそこに勤めていたが、育てていないな」

「……なら、すずらんの毒ではないんだな」

「でも収容施設に慰安として花が送られてきたという報告は聞いている。慈善活動の一環で、教会から花や菓子が送られてくることがあるんだ」

「それはイジーリア女史たちの死亡の前と後、どちらだ?」

「……。悪い、そこまでは思い出せない。そのあたりだったような気もしないでもない」


 レルドは隊長職だ。いちいち慈善活動で届けられた花の種類や日時など多忙で把握できないだろう。

 オズワルドもそこまで正確には求めていない。むしろ忘れずに報告してきてくれたことが有り難かった。


「でも送り主は分かるぞ」

「誰だった?」

「カサブランカ孤児院」

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