35 話の途中だが
オズワルドは片手で顔を覆う。
ホリーもなかなかに問題事を起こす人であるが、この少女も負けず劣らずだ。
「私は殺しておりませんよ。旦那様もです」
ユズリは唇を吊り上げた。
「フロプ様は信仰が足りなくて死んだのです。水を飲まなければ死ななかったのに、飲んでしまわれたのが悪いのですよ」
「死ぬと分かって置いたのなら、それは殺したと同意義です」
アクロは緑色の目を真っ直ぐにメイド長に向ける。
「殺す方法が手元に転がり込んできたから殺したように見受けられます。本当は選別もなにもどうでもよくて、フロプ様をずっと殺したかったのでは?」
「は、はは」
スロアは先ほどまでの余裕な態度を一変させて焦りを滲ませている。
いまだ堂々とした佇まいのメイド長とは大違いだ。
「僕が、父を? そんな根拠どこにあると?」
「根拠ですか。例えば、早期に家督を継ぎたかっただとか、後妻を自分のものにしたかったとか、そういうケースはお聞きしますが……もっと別のことですよね」
例えが生々しすぎる。地方の貴族や領主にはよくあることだそうだが。
アクロは人差し指を床に指し示す。ここではなく、さらに下を。
「魔獣を屋敷内で飼っていることに関係する、とか」
その言葉にオズワルドだけでなく、スロアとユズリ、メイドも驚愕した。
スロアはとっさにユズリへ視線を向けたが、彼女は首を横に振る。狼狽えた様子を隠しきれないままに、しかし取り繕えているつもりなのか薄っぺらい笑みを浮かべアクロに話しかける。
「まさか、そんなことしていませんよ。なにを根拠に仰っているのです?」
「においがするんです」
「ば、ばかばかしい――魔獣のにおいですって? 裏で飼っている番犬たちのにおいではありませんか?」
「いいえ」
きっぱりとアクロは否定する。
はったりで話しているようには見えなかった。魔獣がこの屋敷にいるとするなら、それは大きな問題だ。
——この場を切り抜けるために使うべきか。
どちらにしろオズワルドもアクロもキッサイカ家に喧嘩を売ってしまった。うやむやにするためには、さらなる騒ぎを起こしてしっちゃかめっちゃかにするほかない。
……そのためにはアクロの魔王としてのちからを使わせなければならないはずだ。暴走してから一日も経っていない。今は、適切な時なのか。
オズワルドはわずかに悩んだ後、彼女にささやきかける。
「ルミリンナ、呼べるか?」
「恐らく……でも……」
「どうにかできる」
たいていの魔獣なら本気を出さずとも倒せる。
勇者パーティだったこともそうだが、ホリーの弟子教育で魔物相手に単身戦闘させられたことが多々あるので慣れていた。
「■■■」
ざらざらとした音がアクロの口から這い出る。
屋敷の人間たちが意味も分からず身震いした直後、足元が大きく揺れた。
「■■■」
さらに呟くと、振動はさらに増し――破壊音が遠くで響いた。続けて悲鳴も。
オズワルドは立ち上がり杖を出す。
「【防御魔法展開・壁・弱】」
静かに唱えると室内に魔力が満ちていく。あえて弱い魔法陣にしたのは、向かってくるものの正体を見極めるためだ。それから張り直してもオズワルドにとっては充分間に合う。
アクロも杖を出し構えている。このほうが魔王のちからを使っても魔術だと言い訳がしやすいからだろう。
重い足音が真っ直ぐに応接間へと向かって来る。スロアは情けなく叫んだが、誰も気に掛ける暇はない。
ドアを突き破り、そしてオズワルドの展開した魔法壁に激突してそれは動きを止めた。
まだ幼体の羽根を切られた
「ワイバーンじゃねえか!! なんてもん呼んでんだお前!!」
「だって呼べって言ったのは先生じゃないですかぁ!!」
「それもそうか!!」
絶食状態なのか口から大量のよだれを垂らしながらワイバーンは首を振った。
自分を呼び出した存在を探しているようだ。
「でもよりにもよってワイバーンだとは思わねえだろ!!
「わたしはドラゴン系のにおいがするなあと思っていました」
「そういうことを早く言えよばか!!」
あまりにのんびりとした解答に頭が痛くなってくる。
オズワルドは視線をワイバーンから離さないままスロアたちを部屋の隅へ避難させた。腰がたたなくなった主人をメイドたちが引きずっていく。
「ったく……ルミリンナ」
「なんでしょうか?」
「自我を保て。俺が押されていても心配しなくていいぞ、最後には勝つから」
「……できますかね……」
自信なさげにアクロはつぶやく。
オズワルドら話している間にそこかしこに魔法陣を展開していった。
狭い室内での戦闘は億劫だができなくはない。
「弱気になるな。お前を信じている」
どういう言葉がアクロに最適なのか分からない。だがこれは本音だ。
生徒を信じなくてどうする。
「……はい!」
「よし。それに、まあ、なんだ」
――ワイバーンが魔法壁を破った。
「魔王よりはマシだよ」
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