32 キッサイカ邸と新当主
馬車は立派な屋敷の前で止まった。
オズワルドは襟を確認し、息を吐いて立ち上がる。
「ルミリンナ、とりあえず俺に話を合わせてくれ」
「分かりました」
「できればとっとと用事を済ませて帰りたいものだが――さてどうなるか」
従者が客車の扉を開ける。
オズワルドが先に出て、あとに続くアクロの手を取って下ろした。
そうしている間に門番が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「おはようございます! お伺いいたしますが、【紺碧の魔術師】様ですか?」
「いかにも、【紺碧の魔術師】オズワルド・パニッシュラです。師であるホリー・レイト・パニッシュラよりフロプ・フェンキ・キッサイカ様への言付けを頼まれました。お取次ぎ願えますでしょうか」
「少々お待ちください」
「ああ、もうひとつ。同行者としてアクロ・メルア・ルミリンナがいます。そのこともお伝えいただければ」
門番は不思議そうな顔をしたが、魔術を使い屋敷側と連絡を取り始めた。
「……お腹がすきました」
すん、と嗅ぐそぶりをしながらアクロは呟く。
「早いな」
「お腹がすく匂いがするんです。ここのどこかに――」
「お待たせしました!」
言葉を遮って門番が声をかけてきた。
「どうぞ中へお入りください。屋敷の使用人がこちらへ向かっています」
「ありがとう。行くぞ」
「はい、先生」
門扉を潜ると気の強そうな顔をしたメイドが立っていた。
転移の魔法陣が張ってあるのでそこを経由して来たのだろう。魔術を齧った程度のものでは出来ない。わざわざ魔術師を雇って設置させたのだろう。いい小遣い稼ぎだなと思いながらオズワルドはメイドに会釈した。
「初めまして。私はオズワルド・パニッシュラ。こちらは助手のアクロ・メルア・ルミリンナです」
アクロはほほ笑んでお辞儀した。とても小さい声で「助手……?」と呟いたのを無視する。
「初めまして、ルミリンナ様。パニッシュラ様。私はキッサイカ家のメイド長、ユズリ・ハトキョと申します。どのような用事で来訪されたのか、もう一度お聞きしてよろしいでしょうか」
さらりとアクロの名前を先に出された。貴族である彼女を優先したのだろう。
メイド長でこれなら一族はこれ以上に性格が悪いな――とオズワルドは内心苦笑しながら門番にしたものと同じ説明をした。
そして懐からホリーに渡された手紙を取り出して見せる。
「ご当主様にお目にかかりたいのですが、よろしいですか」
「……お話しながらでもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
丁寧に植え付けられた花壇のあいだを通っていく。
毎日しっかりと手入れしているのだろう、色とりどりの花が溢れるように咲き誇っていた。
「現在、屋敷内は少々慌ただしい雰囲気でございます。その点はご了承ください」
「ええ。何かあったのですか?」
「……」
ユズリの足取りがわずかに乱れた。
「昨日の深夜、ご当主様が病によってお亡くなりになりました」
「そう、だったのですか」
本当にそれは病死なのか。
だが、この場で聞くものではない。まだなにも判断できないし、そもそも彼らはフロプ・フェンキ・キッサイカの死の原因を追究する必要はないのだ。
「そのため、長兄であるスロア様が当主を受け継いでいます。応接間にて話をお聞きするとのことでした」
屋敷のドアをユズリは二度叩く。内側からゆっくりと開き、数人の使用人が出迎えた。
中は物々しい雰囲気に包まれている。不安なのかアクロはオズワルドに寄り添う。
——魔法燈の灯は減っており廊下は薄暗く、肖像画には黒い布がかぶせられている。花瓶に生けられた花も白で統一され、喪に服していることが一目でわかる。
ユズリは応接間まで案内し、室内へ声をかけた。すぐに男性の声で許諾の返事が返ってくる。
室内へ通されると茶色い髪と瞳の男が立ち上がってふたりに少し疲れた表情で笑いかけた。
「はじめまして。私はスロア・レルダ・キッサイカです。父フロプの死により当主になりました」
「この度はご愁傷様でした。申し訳ありません、ご連絡も無しに突然来訪してしまい驚かせたと思います」
「ええ、まったく」
言葉のとげを隠すつもりはないらしい。
前もって連絡すれば拒否されかねないしなによりフロプの身の安全が心配だったので、ホリーと話し合いなにも連絡せず突撃した。そのためオズワルドも「まあそうだろうな」という感想しか抱かない。忙しい時の予定にない来訪はわりと頭にくる。
「こんにちは、スロア様。数年前、わたしの父がお世話になったと聞いております」
「あなたは確か……」
「ルミリンナ家の末娘、アクロです。現在はパニッシュラ様の師事のもと大学で学んでおります」
助手って言ったじゃん。
「師? たしか、【紺碧の魔術師】は弟子を取らないとお聞きしていましたが」
「はい、助手なんですよ彼女は」
強引に軌道修正した。外堀を妙な場所で埋めに来るのやめてほしい。
アクロは不満そうに一瞬オズワルドを横目で見たあと、スロアに問いかけた。
「フロプ様の訃報、大変驚きました。父よりお元気な方と聞いていたので……あまり体調がよろしくなかったのでしょうか」
ずいぶん切り込んだ質問だったのでオズワルドはひやりとする。
スロアも顔が一瞬引きつったがすぐに元に戻す。
「体調と言いますか――彼は信仰がなかったゆえの『呪い』によって死に至ったのですよ」
「……え? 『呪い』?」
いきなり湧いて出た単語にアクロはぽかんとする。
大真面目な顔でスロアは頭を縦に振った。
「はい、『呪い』です」
「まさか呪術師が関与しているのですか?」
必死に知っている呪術師の顔を思い出していく。
知る限り最も強い【古色の呪術師】は数年前にオズワルドと戦闘を繰り広げて今は重罪犯罪者収容施設・永眠塔に幽閉されているはずだ。王族へ面白半分に呪いをかけようとした者が貴族のひとりだけを殺すとは考えにくい。やるとするなら一族全員呪殺するだろう。
あとは――実力はあるがほとんど人に興味がなかったり、呪いに呪いを重ねる実験をしているような変人ばかりだ。それは魔術師にも言えることか。
とにかく呪術師とまた戦うのは非常にめんどくさいので避けたかった。
「違いますよ、呪術師のちからではありません」
キッサイカ家新当主は、にっこりとしながら言う。
「勇者様の呪いです」
「——なんだって?」
「……なんですって?」
元勇者パーティの一員と、元魔王は、同時に声を出した。
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