14 無垢で無邪気に
弧を描いて本はイジーリアの頭上へと落ちていく。
直撃する、と誰もが思ったが――そうはならなかった。
突如、強い風が吹く。
しかしここは室内で、窓が開いているといえどもこの威力の風は入り込むはずがない。
魔法によって起こされたものだとオズワルドは直感した。音のように痕跡もなく消えていくのが魔法であるが、慣れ親しんでいれば手触りのようなものを感じることは出来る。特に魔術師など毎日毎時間嫌というほど触れている。
魔法を使用した張本人イジーリアは風の魔法によって落下の速度を落とし、ぎりぎりのところで受け止めた。
「……図書館のものは丁寧に扱っていただけますか?」
イジーリアの苦言に対して、さして反省した様子もなくアクロは言う。
「すみません。でも今の所作、慣れた感じでカッコ良かったですね」
「……はぁ」
「本が落ちることよくあるのですか?」
「まあ……」
裏の意図が読み取りにくい。
だがアクロ本人は大真面目な顔をしているので本心なのだろう。
「なぜこんなことをしたかですよね。国立図書館の司書さんに求められる技術でひとつ面白いと思うことがありまして」
彼女は人差し指を伸ばし上を示した。
「二階より上は棚の高さがそれこそ天井に届きそうですし、勝手に飛び回る本もありますよね。だから『物体を浮遊させられる魔法及び魔術の技術を持つ者』を必要としている。自分を浮かせたり、本を浮かせて本の管理をしやすくしていると聞いたことがあります」
「国立だけあって知識だけでなく実用的な技術も求められていますから。――お詳しいですね」
「ありがとうございます」
嫌味を含んだ言葉に気付いていないのかわざとなのか、アクロはほほ笑む。
それからサブラに手を向けた。
「話が少し変わります。そちらの人は、館長さんを滅多刺しにしたと言いました。それが本当ならばもっと血が出ていたはずです。肉はずたずたになり、布地だってぼろのように成り果てているでしょう」
オズワルドは少しずつアクロの言わんとしていることが分かってくる。
魔法を使って館長を殺したのではないのか。
過程ははっきりせずとも、アクロが言おうとしていることはこのようなことだろう。
あの聞いているのか聞いていないのか不明な態度は、この推理を組み立てていたからなのか。
「ですが、綺麗な――まるで線を引いたような傷でした。そう、例えば紙で指を切ったかのような」
彼女は足元に散らばる本の残骸を見やる。
イジーリアとサブラの表情は固まっていた。
レルド含む憲兵たちは口出しも出来ず、異様な空気となりつつある場を固唾を飲むことしかできない。
「ではルミリンナ、館長はその紙束によって全身を傷つけられたということか?」
「予想ですけどね……」
オズワルドに問いかけられると生徒という性からか少し口ごもる。
「どのようにして?」
「風を操り、紙に勢いを与えることで鋭利な刃物に変え――切り裂いた、とわたしは考えてます」
「あり得るのかそんなことが」
「えっと……」
さらにレルドが入ってきた。
返答に詰まるアクロの代わりにオズワルドが代わりに応えてやる。
「まああり得なくはない。竜巻ってあるだろう、どんなに軽い木材でも威力を借りれば家に突き刺さるぐらいのことはある」
「ははあ……」
「待ってください」
苛立ちを含んだ声でイジーリアは強く言い放つ。
「まるで原初魔法が風である私が、魔法を使って殺したかのような口ぶりですね」
「? はい、そうですが……」
なにがいけないのか分からないというかのようにアクロは首を傾げる。
きょとんとした対応にイジーリアは一瞬気圧されたようだった。が、すぐに立て直す。
「ルミリンナさんでしたっけ? あなたは第一発見者ではありませんか。それに原初魔法だけではなく魔術も使えます。殺し方ならいくらでもあるでしょう」
「そうですね」
「あと、ルッキズが『自分がやった』と言っているのに――わざわざ私を疑うのは何故です?」
「ふたりとも、そこまでに――」
「先にも言った通り、ナイフであの傷は出来ません。原初魔法が火でありかぎり、性質は燃焼ですからまず本も無事では済まないでしょう」
レルドが止めに入るのを無視して、アクロは答える。
「それに、気付いていないかもしれませんが……ルアナさん、服が切れていますよ」
指摘さればっとイジーリアは自分の服を見た。
ズボンのすそがぱっくりと切れている。それこそ、オリエリック館長の服と同じように。
「ずっと気になっていました。他の人の制服にはそんな切れ込み見ませんでしたから、何かの事故で裂いてしまったのかなと。しかし引っかけたにしては綺麗すぎる切れかたです。考えているうちに、館長さんのものと同じだと思いました。それで、きっとあなたが関係しているなと行きついたわけです」
無邪気に追い詰めていることをアクロ本人は気付いていない。
オズワルドは口を開きかけて、やめた。どうせここで止めてももう取り返しはつかない。ならば最後までさせたほうが結果的に早く済む。
「ルアナさん、それはいったいどうしたのですか?」
「———……」
イジーリアは一度うつむいたあと、顔を上げた。
目は手負いの獣のようにらんらんと光っている。
「……見せてあげましょうか。どうやって傷を作ったのか!」
言葉が終わる前に、ごうっと足元から風が巻き起こった。
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