3 墓場にて
その言葉に迷いはなかった。だから、オズワルドも一笑に付すことはしない。
魔法のあるこの世界において最も必要なのは強い呪文でも濃い魔力を秘めた石でもなく、揺らがない意思だからだ。
少し考えた後に、オズワルドは口を開く。
「アクロ・メルア・ルミリンナ」
「はい」
「俺は死霊術を少しかじっている程度で教えられるほどではない。ただ、基礎としてこれは言える」
彼の師匠が死したものを弄ることに忌避感があったため、オズワルドもその道を深くは学ばなかった。
そのため『魔術師』と呼ぶことを許された者たちの中でも動物の魂で生成する使い魔を持たない、珍しい部類となってしまったのだが。
「魂は身体から離れた時点から劣化する。そしてよほど強い想いがないかぎり、徐々に空中に溶け込み消滅する。それは理解しているな?」
「一年生の頃に教わりました」
「よろしい。——では、16年前に死亡し今は土の中で朽ち果ている勇者の魂が、今もなお存在すると考えているのか?」
アクロは、どこか後悔するような、そんな面持ちを作って視線を横に逸らした。
「……いいえ。勇者の魂はもうこの世界のどこにもないでしょう」
どこか確信した口調に、オズワルドは違和感を覚える。
魂感知の術はよほど死霊術に精通していないと身につかないし、なにより善悪関係なく魂を呼び寄せてしまうために墓場や戦場跡などとてもいけないはずだ。見た感じアクロはまだどこにも属していない魔術師のたまごで、見た目以上の技術を有しているとは考えづらい。
勇者の魂に会いに来たと言いながら、その魂がないと答える真意が掴めない。
「なら、なぜ」
「大学内でささやかれる噂を聞いて、少しだけ希望を持ったんです。とっくに失われてしまったはずの魂が、なんらかの奇跡でこの世にいるのではないかと――」
「……本当に居たとして、噂通りならそれは『怒れる勇者』だぞ。死者は沸点も低いから意思疎通できるかどうかさえ怪しい」
「それでもいいんです。一言、ようやく返すべき言葉を用意できたので。それが言えれば……」
オズワルドはまじまじと目の前の少女を眺めた。
まだ幼さが残っている風貌だ。講義した生徒の中に居ただろうかと記憶を探るが、あまり顔を意識したことはなかったので「見たような気がする」程度であった。
「ルミリンナ、お前いま何歳だ」
「17歳です。飛び級で入学しました」
さきほど二年生と言っていたので、入学当時で16歳。
本来の国立魔法大学入学の条件は18歳以上だが特例制度で条件を満たせば飛び級が認められている。かつてのオズワルドもそうだった。特例制度は若い才能を伸ばすためというよりは、早々に囲うことで他の国に貴重な人材が流れないよう防ぐ側面の方が強い。
「……赤ん坊のころに、勇者と会ったことがあるのか?」
どう考えてもアクロが生まれたのはアレキの晩年である。
その頃にはオズワルドの描いた人払いの魔術によってひっそりと暮らしていたはずだ。聖剣を握っていた手が弱り、旅で酷使した足が細くなり、好きだと言っていた陽の光すらも負担になり、暗所で命の終わる時を待ちながら。
瞬間的に押し寄せた胸のざわめきを唇を噛むことで押さえつける。
「ほんのひと時だけ機会があったんですよ。あの時はわたしも彼も必死で、ろくに話せませんでしたけれど……」
ぼやかすように答えながらアクロは勇者の墓を振り返った。
「ただの自己満足ですけれどね。勇者にとってはいい迷惑でもおかしくはないですし、もしかしたらもっと怒らせてしまうかも」
「いいことだ」
オズワルドはアクロの横に立つ。
きょとんと見上げてくる彼女へ、オズワルドは肩をすくめた。
「あいつは生前、人のために生きるようなやつだったんだ。死んだあとぐらいは自由に怒って泣いて破壊でもなんでもしたらいい」
「そこまでしたら、勇者の悪評がたちませんか……?」
「勝手に持ち上げてきた奴らが勝手に失望するだけだから痛くも痒くもない。こんな庭園破壊されても俺はなんとも思わん」
「い、言いたい放題……」
さて、と彼は杖の先端で地面を叩く。
「ふたりなら手間が半減する。ルミリンナ、周辺になにかないか探すぞ」
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