第47話 シルヴェスティア家新当主と先生と私

 案内されたのは、やたら豪華な応接間だった。うちの寮が外観も含めてすっぽり入ってしまいそうなくらい広いし天井も高い。


 しばしここでお待ちください、とお茶を出されて、落ち着かない気持ちでやたらふかふかしたソファに腰掛ける。


 お茶が冷めない程度に待ったところで、奥の扉が開いていかにも『貴公子』って感じの男性が入ってきた。


 入ってきた瞬間にぱっと目を引く金髪碧眼の華やかな美貌とうさんくさい微笑み。三十歳が近いはずだけど、どこかいたずらを企んでいるような目の煌めきのせいもあって、見た目の印象は二十代前半くらい。

 間違いなくクライスのお義兄さんのイライアスさんだ。


「お久しぶりです、我が師よ。ご息災のようで何よりです」


 イライアスさんは立ち上がって迎えようとした先生の手を取り、うやうやしくひざまずく。先生が目に見えてイラッとしたのがわかって、私は若干身を引いた。


「お前も相変わらずだな、イライアス」


 ほとんど手を振り払うようにして距離を取った先生に、イライアスさんは立ち上がってにこやかに微笑みかける。


「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めとらん」


 しっしっと手を振る先生に、イライアスさんはますます嬉しそうに笑った。


「くだらん遊びで妹弟子を困惑させるんじゃない。さっさと本題に入るぞ。お前と話していると疲れる」

「おっと失礼。ご挨拶がまだでしたね。お久しぶりです、聖女アリアーナ様。不肖の弟がいつもお世話に」

「だからさっさと本題に入れと言っているだろう。お前とクライスウェルトが似てないのは当たり前だ」


 今度は私の手を取りに来たイライアスさんの前に、先生が立ちはだかる。


「昔はいつも私の真似をしていて可愛らしかったのですが、すっかり愛想を尽かされてしまいまして。さみしい限りです」

「で、オレたちが来た理由はわかってるんだろうな」


 まったくこりていないイライアスさんに、先生は人差し指をつきつける。


「もちろんです。弟を連れ戻しにいらしたのでしょう? 当然、ご協力いたしますよ。新たな『シルヴェスティア家当主』として」


 先生がこんなにペースを乱されてるの、なんだかすごく新鮮だ。呆然としている私に、イライアスさんはにこりと微笑みかけた。


「意味はおわかりいただけたでしょうか」


 謎の威圧感に気圧される。


「シルヴェスティア家当主として……」


 さっき強調されたセリフを繰り返してみるけど、意味……意味? なんだろう?


「イライアス。あまりいじめてやるな。この面子で持って回った言い回しは不要だ」

「そんなつもりはないのですが……」


 先生の横槍に軽く肩をすくめて、イライアスさんは謎の威圧感を引っ込める。


「シルヴェスティア家当主としては、我が一族との利害が一致する範囲でしか協力できないということです。さらに踏み込んで言えば、我が一族の利益のためにあらゆる状況を利用させていただくということでもあります」

「なるほど……」


 わかりやすく言い換えてくれたおかげで、イライアスさんの言いたいことがわかる。

 あらゆる状況って、つまりは私が聖女であることとか、オルティス先輩たちと協力関係にあることとか、そういうの全部ってことだよね。


「それは当然だと思います。私には他にお返しできることもないですし」


 クライスを助けるために私の立場を利用してもらえるなら願ったり叶ったりだ。むしろそうしてもらうために来たのだから。


「話が早くて助かります」


 イライアスさんはめちゃくちゃ嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。その笑顔があまりにうさんくさかったので、ついつい早まったかな、と思ってしまった。


「ではさっそくご相談に移りましょう。我が弟が神殿に拘束されてしまった理由は三つございます。表向きにはクライスが勇者と結ばれる運命にあるはずの聖女と恋仲になってしまったこと。裏の理由としては、シルヴェスティア家当主の死によって一時的に我が一族の発言権が減じたことにより、かねてから同じ聖女の護衛騎士候補としてクライスを邪魔に思ってきたコンラート・アル・インテンツィアが動きやすくなったこと。そして真の理由は、聖女の祝福を独占したい勢力がこの機に乗じてシルヴェスティア家の力を削ごうとしているということです」

「その勢力ってやっぱり……インテンツィア家、ですよね?」

「正解です」


 なんとなく昔から感じてはいたけど、シルヴェスティア家とインテンツィア家は宿敵みたいな間柄のようだ。


「あそこの一族は本当に昔から手段を選ばないな」


 先生が嫌そうに顔をしかめる。


「身内になって上下関係に気をつけてさえいればとても優しい家系でございますよ。身内以外に対する不法行為等は全力でもみ消してくださいますから」

「フォローになっとらん」


 先生のツッコミにも、イライアスさんは軽く肩をすくめるだけだ。


「まあしかし、そういった行いが積み重なった結果、インテンツィア家には敵も多いのです。父上が清廉潔白に正々堂々と敵対してくださっている間に、私はその辺りと顔をつないでおりました」

「それはインテンツィア家には当然気付かれていないんだろうな?」

「さて。私よりもそういった方面に聡い方がいればどうでしょうね?」

「じゃあ大丈夫だな、残念ながら」


 小首をかしげるイライアスさんに、先生が深々とため息をつく。


「信頼していただけて何よりです。……とはいえ、大勢を動かすにはもちろん、表向きの理由を覆す『何か』が必要となります」


 いよいよ核心に入ろうとしていることに気付いて、私は思わず姿勢を正した。

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