第42話 作戦会議と逆光の中の先生と私

 私が部屋にこもっている間に神殿から迎えが来て、クライスはほとんど誰にも挨拶できないまま連れ戻されてしまったらしい。

 部屋まで物音が聞こえなかったのは、クライスが寮から出た瞬間を狙って来たからだったようだ。


「とにかく態度が悪くて最っ低。もとから神殿は好きじゃなかったけど、あそこまでひどいとは思わなかったわ。仮にも信徒に対して何なのよアレは! ほとんど罪人を連行するみたいな態度だったんだけど!」


 その時の様子を話してくれたリディア先輩が、憤懣やるかたないという様子で吐き捨てる。


 共用スペースには全員が集まっていて、テーブルを囲んで神殿の暴挙について語り合っていた。


「何よりひどいのは、アリアーナさんに別れも言わせなかったことでしょう。さすがに僕でも人としてどうかと思います」

「本当にねえ……コンラート様の婚約者の立場から、わたしも何かできればいいんだけどぉ」


 珍しくエミリオくんも怒ってくれているし、パメラ先輩も心配してくれている。


「殴り込みをかけるなら僕も手伝うぞ」


 オルティス先輩はまあ……本気で怒っていて本気で言ってくれていることはわかる。

 わかるんだけど、王子の立場でそれをやったら大変な騒ぎになるので、絶対に止めてもらわないといけないんだけれども。


「オルティスくんの発言はともかく、アリアーナちゃんはこれからどうするの?」


 リディア先輩がじっと私の顔を覗き込んでくるので、私は思わずうつむいてしまった。


「私は……少なくとも、もう一度クライスと会って話がしたい、です」


 そうじゃなきゃとても納得できない。だって私はまだ、クライスが本当に望んでいることを知らない。


「私まだ……クライスの答えをもらってないし、それに……」


 それにだ。

 さすがに私でもキスの意味がわからないほど無知じゃない。私だって私なりに、いろいろわかってないけど、それでも……それでも、覚悟は決めたつもりだったのだ。

 それなのに。


 思い出したらなんだかふつふつと怒りがわき上がってきた。


「それに……それに、それに……! キスまでしておいて逃げるな!!!!!」


 思わずバンッと机を叩き、椅子を蹴って立ち上がった私に、全員がぎょっとなって目を剥く。


「おおおおおおお前お前お前何を言っているんだ!? っていうかそれはもう答えをもらってるんじゃないのか!?」

「お、落ち着いてオルティスくん、何の答えだか私たち知らないわ!?」

「リディアちゃんも落ち着いてぇ。あらっ、でもやっぱりそうなってたってことはそういうことなんじゃないの……?」

「……え? そういう話してたんですか? 今?」


 全員ハチャメチャに混乱してしまって何を言っているのかわからない。


 わからないけど怒り心頭に発している私はそれどころではなく、とにかく結論をぶち上げた。


「とにかく、私はなんとしてもクライスを引っ張り戻したいと思っています!」

「そうね、そうよね、そこまでいっちゃったらそれしかないわよねぇ」

「そうだな、そんな神聖な誓いは破るべきじゃない。僕も全力で支援する」

「神聖な誓いは言い過ぎだと思うけど私も賛成。神殿のやつらをぎゃふんと言わせてやりましょう」

「……この流れで参加しないとか言いづらいんですよね。まあ、神殿には個人的な恨みもあるのでぎゃふんと言わせるなら協力します」


 理由がイマイチよくわからない面子もいるけど、協力してくれるというみんなの気持ちは嬉しい。


 正直一人では、どこから手を付けていいのかすらわからなかったから。


「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします!」


 私はみんなに向かって深々と頭を下げたのだった。


「それで、まずどうするんですか? もう一度会うとしたら、クライスウェルト先輩を呼び戻すか、こちらから押しかけるか、二つに一つだと思うんですけど」


 混乱と勢いのるつぼの中で最初に冷静になったのはエミリオくんだった。


「そうねえ、何かいい方法がないか~、わたしも実家の方に探りを入れてみるわぁ。ちょうど婚約関係のことで呼び出しも受けてたしぃ、戻る理由はあるものぉ」

「パメラ先輩のご両親は今、神座の国アイネリアンに滞在しているはずですね。神殿の本拠地ともなれば集まってくる情報も多いでしょう。僕もご一緒していいですか? ちょっとコンタクトを取ってみたい相手がいるので」

「あらぁ、心強いわぁ。わたし、こっそり探りを入れるのとかやったことないからぁ、いろいろ教えてもらえると助かるわねぇ」


 パメラ先輩とエミリオくんはあっという間に方針を決めてしまう。


「僕も考えたんだが、アリアーナとクライスウェルトがそういうことになっているなら、僕との結婚の線もつぶしておいた方がいいだろう。本国で兄上と相談した上で父と交渉してみよう」

「それは悪くない手ですが、お目付役がいた方がいいでしょうね。リディア先輩、お願いできますか?」


 エミリオくんが容赦なく仕切ってくれている。とても頼もしい……というか、なんだかイキイキしている気がする。もしかしてエミリオくん、こういう裏工作みたいなのが得意分野なんだろうか?


「オルティス先輩の祖国である錦秋の国エルグラントは、ここ数十年、食糧の流通量を巡って密かに神座の国と微妙な関係になっています。先輩が勇者だという『預言』がなされたのもその辺の思惑が絡んでいるはず。そこに付け入る隙はあると思うので、あとで交渉の方針をまとめてお渡しします。それを参考にお二人で説得の方法を考えてもらえればなんとかなるかと」


 ……うん、間違いない。得意分野なんだ。


 エルグラントは実りの豊かな国なので、その分神殿にも多く寄進している、っていう話は私も聞いたことある。

 でも、エミリオくんの話が本当なら、自主的な寄進というよりは実質的には重税みたいなものなのかもしれない。


 唖然としているオルティス先輩とリディア先輩に指示を出し終わったエミリオくんは、最後に私に向き直った。


「それで、肝心の先輩ですけど」


 エミリオくんが言いかけたとき、立て付けが悪いはずの正面の扉が勢いよく開いて、なぜかニーメアを抱いたディータ先生が外光を背負ってつかつかと入ってきた。


「アリアーナ・フェリセットはオレの弟子として神座の国アイネリアンに同行してもらう。出資を受けていた者としては、シルヴェスティア卿が亡くなったなら挨拶しに行くのは当然のことだし、荷物持ちも当然必要だからな」


 逆光の中の先生はまるで最初からその場にいたみたいに会話に入ってくる。言い方は相変わらずめちゃくちゃえらそうだけど、助け船を出してくれている、んだよね? これは。


「ついでに次期当主殿とも顔合わせをしておきたい。弟子に拒否権はないぞ、アリアーナ・フェリセット」


 次期当主といえば当然のようにクライスのお義兄さんであるイライアスさんだ。味方になってくれるかは全然読めないけど、少なくともクライスに繋がる手がかりにはなるかもしれない。

 私は一も二もなくうなずいた。


「もちろん、ついていきます」

「よし。じゃあ外泊許可はオレがまとめて取っておくからな。者ども、今日中に旅立ちの準備だ」


 ディータ先生は逆光を背負ったまま、まるで海賊の首領のようにえらそうに号令を出し、片手に雑に抱えられたままのニーメアはものすごく不満そうに「にゃー」と鳴いた。

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