第33話 帰ってきた先生と怒れるエミリオくんと私

「あらあら、ディータ先生、思ったより早かったですねえ」


 反応に困っているみんなの中で、ただ一人平然としているパメラ先輩が口火を切った。


「こんな面白い状況になっていると知って帰って来ないわけがなかろう!」


 旅用のローブに長い髪を高く一つ結びにしたディータ先生らしきエルフは、なぜかとても満足そうな顔で胸を張る。


「心配するな。教材は山のように持って帰ってきたからな。オレの指導を謹んで受けるがいいぞ、小童ども」

「なんなんだ、この偉そうな奴は」


 そういう持ちネタなのかなってくらいわかりやすく上から目線のディータ先生に、オルティス先輩がとっととキレた。


「偉そうなのではない。偉いのだ。オレの実力はこの学園の中でも随一! 崇め奉っていいんだぞ!」

「せんせ~すごぉい!」

「先生かっこいい」


 ニコニコしながら手を叩くパメラ先輩と無表情に棒読みのリディア先輩と唖然としているオルティス先輩を見て、これは私も参加するべきなのかと考える。


「はっはっは。いいぞいいぞ。褒美に特別授業をしてやろう。この素材の中には絶対に使ってはならない禁断の素材がある」


 迷っている間にいきなり授業が始まった。こ、この人マイペースすぎない!?


 困惑しながらみんなの様子を伺うと、いつも通りなのはパメラ先輩だけで、クライスは淡く苦笑しているしリディア先輩は悟りを開いたような顔をしているしオルティス先輩は今にも剣の柄に手をかけそうだしエミリオくんは……あれ、なんか表情が険しいな……?


 この研究室に入った理由として天才であるディータ先生の働きぶりをこの目にしたかったって言ってた記憶はあるんだけど、今のエミリオくんは天才の働きぶりを見るというより仇を見るような目をしている。


 なんか変だな、と考え込んでいるうちに、先生は素材の山ではなく自分のベルトポーチから小箱を取り出した。

 一見きれいに装飾された繊細そうな作りだけど、よく見るとかなり手の込んだ守りの魔術が付与されていることがわかる。


「さて問題だ、新入生ども。これが何なのか当ててみるがいい」


 ディータ先生がほんの少しだけ魔力をこめると、小箱は自動的にぱかりと開いた。


 こういう守りの魔術を厳重にかけた入れ物って、だいたい開ける手順もめちゃくちゃ複雑になってしまうはずなんだけど、魔力をちょっと流し込むだけで開けられるなんて……相当すごい技術で調整してあるってことだ。す、すごい……解析させてほしい……


 思わずそっちに意識を持って行かれそうになっちゃったけど、本題はその中身だ。


 やっぱり厳重に守られたそれは、深い青色の宝石だった。

 よく見ると青一色じゃなくて、海や湖みたいに刻々と色あいを変えていく。見ていると吸い込まれそうな気持ちになる、すごくきれいな宝石。


 ただ、箱が開いても守りの魔術は有効で、それがどんな魔力を持っているのか感じることはできない。

 見たことない雰囲気の宝石なんだけど、何なんだろう。知ってる素材だったら絶対忘れないくらい印象的な感じがするんだけどな。


 じっと考え込んでいると、エミリオくんがさっきよりもさらに険しい表情で前に進み出た。


「それは、『レムーラの瞳』、ですね」


 感情を押し殺してはいるけど、その言葉の調子と低い低い声色でなんとなくわかってしまった。


 エミリオくん、めちゃくちゃ怒ってる……?


 ただ、あの宝石が本当にレムーラの瞳なのだとしたら、エミリオくんが怒る理由はわかる。


「そう、これはレムーラの瞳。決して使われてはいけない素材だ。その理由もわかっているようだな、エミリオ・ヴィッセルーダ」


 挑発するような調子のディータ先生に、エミリオくんは必死で感情を押し殺しているようだった。でも正直、私でもそうとわかるくらい隠しきれていない。


 いや、無理もないよね。だって『レムーラの瞳』だよ?

 それが本当だとしたら、割とシャレにならないレベルで怒っていい状況だ。


「なぜ先生はそれを持っていらっしゃるんですか?」


 震えないように必死で声を抑えながら、エミリオくんは先生を睨み付ける。


「こいつはオレの親友だよ。まあ馴染みがない連中もいるようだから、まずこれが何なのかについて説明してやろう」


 ディータ先生はあからさまに話がわかっていない様子のオルティス先輩の方を見ながら、めちゃくちゃ人の悪そうな笑みを浮かべた。


 いや~それ、エミリオくんがさらに殺気立つからやめた方がいいんじゃないかな……。


 一応、リディア先輩とパメラ先輩が、呆れた様子ではあるものの焦ったり怒ったりはしていないから、そこまでとんでもない状況ではない、と思いたいところだけど……。


「さて、オルティス・ヴィル・エルグラント、レムーラの民については知っているかな?」

「ああ。とても数が少なくて珍しい種族だ。エルフにも匹敵するくらい寿命が長くて、同族への忠誠心が強い代わりに他種族への警戒心が強いって話は聞いてる。でも、それ以外のことはあまり知られてないんだろ?」


 第一印象が悪かったせいか、オルティス先輩の口調は先生に対するものとは思えないくらいぞんざいだ。

 まあ、これに関してはどっちもどっちって気はしないでもない。


「なるほど。それについてお前の意見はどうだ? エミリオ・ヴィッセルーダ」


 ディータ先生もエミリオくんの殺気に気付いてないわけはないのに、平然と話を振っていく。それでエミリオくんは少し毒気を抜かれたみたいだった。

 ただ、相変わらず先生を見る目もついでにオルティス先輩を見る目もトゲトゲしいものではあるんだけど。


「大変偏った知識ですね。さすが神殿の言いなりになっている錦秋の国エルグラント出身の『勇者』だけあります」

「どういう意味だエミリオ。不満があるなら直接言え」


 あんまりにもトゲトゲした皮肉に、さすがのオルティス先輩も気付いて真っ向から問いただしに行く。

 ……うん。さすが勇者だ。勇気がある。


「レムーラの民が他種族への警戒心が強いのは、人間に狩り尽くされたからです。一人目の勇者が魔王に対抗するために魔石を求めたことが、レムーラの『乱獲』の始まりなんですよ」

「え、待って。それ、私も知らない」


 レムーラの民が人間によって狩り尽くされた、までは知ってるけど、問題は後段だ。そんな話、師匠からも聞いたことがなかった。すごい爆弾発言のような気がするんですけど?

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