第26話 続カッコイイリディア先輩とそれぞれの過去と私

 そして打ち合いが始まる。


 胸を借りるという言葉通り、最初に打ち込んだのはリディア先輩だった。

 コンラートが剣の刃で受け止めた瞬間、思った以上に重い音が響き渡り、コンラートの表情も歪む。


 リディア先輩、そんなに筋肉質にも見えないし今の一撃も大きく振りかぶったわけでもないのに、いったいどうなっているんだ。


「力の抜き方が上手いのでしょうね。剣の重さと速さがよく活きている」


 思考を読んだようなタイミングでクライスが解説してくれた。


 その間に、今度はコンラートが攻めに転じている。こっちの方は本当に筋力ですべてを解決するような戦い方だ。

 いや、たぶん、ちゃんと訓練受けた人の剣だからクライスとかが見れば他にもいろいろあるんだろうけど、はたから見てるととにかく力強い感じなんだよね。


 空気がぶぅんと唸るような一撃を、リディア先輩は水の流れを変えるように受け流す。それがあまりにもスムーズすぎて、勢いを殺せなかったコンラートがほんの一瞬つんのめったところで勝負は決した。

 コンラートが体勢を立て直す前に、リディア先輩の剣がすっと喉元に突きつけられる。


「さすが、無駄がございませんね」


 クライスの感想の通り、必要最低限の動きでいなしてしまった感じだ。リディア先輩、本当にめちゃくちゃ強いのでは……?


 他のメンバーの反応を見てみると、パメラ先輩は嬉しそうに「リディアちゃんつよ~い」とはしゃいでいるし、オルティス先輩は口が開きっぱなしになってるし、エミリオくんは「さすが仮面の剣聖」とかわけのわからないことを言っている。ていうかなにその面白い二つ名!


「くっ……私の負けだ。貴様、ただの庶民ではないな。名を名乗れ」


 負けてもなお偉そうなコンラートがリディア先輩に迫っている。


「リディア・セル・ヴィスタです」

「セル……男爵家か……そのような下流の家系……いやしかしヴィスタ……? どこかで聞いたような……?」

「ヴィスタ家は四代目の聖女のときに武勲を上げて貴族位をもらった家系ですね。代々剣聖と呼ばれるほどの剣士を輩出していることで有名です」


 エミリオくんがタイミング良く解説してくれて、それでようやく私も思い出した。


 聖女の護衛の役目を断り続けているとかなんか確執があるとかで、神殿ではあまり名前が出なかったし、出ても良い評判は聞けなかったんだ。悪口は聞き流してたから印象に残ってなかったんだな……。


「リディア先輩も二年くらい前に」

「エミリオくん、ちょっと待って。その話はまたあとで」


 解説を始めそうになったエミリオくんを遮って、リディア先輩はコンラートに向き直る。


「それで、ご心配は晴れましたでしょうか?」

「む……」


 本題を切り出されたコンラートは何とも言えない表情で口をつぐむ。


「……ぐ……お、男に二言はない。貴様の実力は認めてやる。しかし他の三人は」

「ご心配には及びません。こちらはオルティス『殿下』ですし、パメラは凄腕の魔術師。エミリオも諜報の腕はクライスウェルト様が認めるほどです」


 リディア先輩ほんとうにかっこいい……。思わずぽーっとなってしまうけど、コンラートの方は疑わしそうにクライスを見た。やっと無視をやめる気になったか。


「貴様がこやつらを集めたのか?」

「殿下に向かってその表現はいかがかと思いますが……オルティス殿下以外はそうですね」


 そうだったの!?

 思わずぎょっとしたけど、ぎょっとしているのは私とオルティス先輩だけだった。

 あっこれ大丈夫なやつだな?



 コンラートがすごすごと引き上げていったあとで、私たちは寮に戻って共用スペースで朝ごはんを食べた。コンラートが押しかけてきたせいで後回しになっていたのだ。


「それでクライスがみんなを集めたっていうのは」

「ああ、嘘も方便というやつですよ」


 説明を求めた私に、クライスはイイ笑顔であっさりと言い放つ。


「うっ、嘘だったのか!?」


 私よりも先に叫び声を上げたオルティス先輩に、クライスは「嘘ですね」と繰り返してみせた。悪びれなさすぎる。


「そりゃ、私たちはそれぞれ自分の意志でこの研究室に来たわけだし」

「聖女や勇者が来るなんて思ってなかったものねぇ」

「むしろわかってたら避けてましたね。僕の情報収集能力もまだまだだということです」


 口々にマイペースさを見せつけてくる研究室の面々に、オルティス先輩がますます訝しげな顔になる。


「じゃあ偶然だったってことか? そんなことあるのか……?」

「偶然かどうかは微妙ですね。歴代の勇者のもとには、自然と一芸に秀でた人物が集まってきたと言いますし」

「ええ……」


 エミリオくんの解説に、なぜかリディア先輩が嫌そうな顔をする。


「な、何か文句でもあるのか」

「いや、文句というか……勇者に集ったつもりはないんだけど」

「まあ……確かに押しかけたのは僕の方だしな」


 先輩わかってんじゃん。


「それにぃ、わたしに関してはリディアちゃんのハッタリだものぉ。なんせ三年も留年してるのよぉ」

「いや、パメラ先輩、わざとですよねそれ」

「ええ、僕知ってるんですよ。パメラ先輩、新入生のとき魔道士科の適性がめちゃくちゃ高くて天才ともてはやされたのにスカウトを蹴って付与魔術師科に入ったんですよね」


 パメラ先輩にそんな過去があったとは……。というかなんでエミリオくん知ってるの?


「あらやだぁ、昔の話よぉ」

「ディータ先生からも主に戦闘魔術を教わっていたとか」

「……うふ」


 パメラ先輩が何も話す気がないときのクライスみたいな笑い方をしているけど、それはもう肯定しているのと一緒だ。


「それよりそれより~、エミリオくんはどうなのぉ?」


 お鉢が回ってきたエミリオくんは、一瞬「やっぱ来たか」と言いたげに瞑目した。

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