ゼロ章 茨の黒魔女と愚者鳴らしの王 その5

「うう…。」

 意識を失っていた清子は少しずつ目を開けると、彼女はボロボロの町の大きな聖堂の中にいた。彼女は体を動かそうとしたが、ギュって音がする。

「これは…!」

 清子は自分が木製の椅子に縄で縛られているのに気付いた。力づくでは抜け出せない作りになっていた。

(なぜこんなことに? …確か私はポンに向かったんだわ。ポン一帯は分厚い壁に守られていて…まあ私の火樹銀花フランメであっさり穴が空いたから大した障壁じゃなかったわね。情報通りのオークとグーンの地だった。だけど誇り高き面影やオーラはなくてスパーダに捕まり心を折られてすっかり言いなり…などの情報を集めていたのよ。そこからの問題は明らか…彼らには闘志も武器もない。だから人間に対して抵抗なんて発想はない。ただ逃げたい意志がほとんど。おまけに重労働と派遣場所への移動で彼らは脚が充分鍛えられていた。これが好都合。国境側の壁を五連続火炎玉ヒュンフフランバルで破壊したら大人数にも関わらず、速やかにお礼を言いながら壁の向こうの森へと全員姿を消した…爽快な気分。にしても手薄な警備だったわ…歴代の王達の器がそれだけで知れたものね。……私としたことが見事な脱線。逃げ遅れがいないか軽く見回っていたんだ。…頭を打たれたのかしら? 誰に? ストベン新王の手下? いいえ、だったら私はまだポンにいない。あの三人組? いいえ、あの子たちの美学に反するわ。…荒ぶる海の魔女? いいえ、あいつにこんな計画性なんかない。一体…)

「どうも、どうも、ごっつあんです。」

 清子の思考を遮るように柔らかそうな声が暗闇の中から話し出した。

「……どなたかしら?」

 清子は落ち着いて質問すると、銀色の犬のお面で顔を隠した男がゆっくり歩いてきて答えた。

「愛と勇気の達人、ブラッドマスター。」

 男が名前を明かした瞬間、清子はすぐに嫌悪の眼差しで彼を睨みつけた。男は何かを思い出したように一瞬びびってしまった。

「ヒッ! ……お初にお目にかかります、茨の黒魔女―清子・ブラックフィールド。」

「茨の黒魔女?」

「おんや~? 失礼だがあなた様はご自分の知名度がどれくらい上がったか理解するべきっすね。この国はおろか、回りの隣国の隣国の隣国までにあなたのショーは知れ渡っていますよ。インパクトのある情報ほど海山森をより早く超えて知れ渡る。数週間、海を越えて東武国から愉快で確かな情報。あの災狼の暴進を侍道化が食い止めた! これで侍道化の実力を見くびる者はまた少なくなった。こんな伝説を超える存在がいるだろう?」

 ブラッドマスターは両手を広げた。しばらくの合間の後、彼は手のひらを上に清子の方へ腕を伸ばした。

「っと思ったら現れたのがあなた様! 若いながら持っている過激な魔法と高尚な威圧感! 君の起こしたショーは玉座の悲劇として受け継がれるだろう!……あなたならワタクシの悩み、聞かせる価値あり。そう判断しました。」

 ブラッドマスターはそう言うと、声を小さくして囁いた。

「ワタクシと手を組んで侍大蛇―宮地 蛇光を倒しませんか?」

 清子はこの質問を質問で返した。

「その目標に義はあるのかしら? あなたが彼に成り代わってこの世界を手に入れたいだけじゃないの?」

 この質問に対して、ブラッドマスターは強く拳を握った。

「義とはシステム! このシステムをプログラムできる者は血と武力を土台に権力を有する者! 敗者と弱者に残された道は死か服従だ!」

 ブラッドマスターの拳はブルブル震えていた。清子は冷静に口を開いた。

「追放や幽閉という選択肢もあるわよ?」

「うるさい! とにかくワタクシは蛇光…様を撃滅させたいのです! そうしなければ蛇光様が完全復活して~。」

「して何よ?」

「想像もしたくはない!」

 ブラッドマスターはまだブルブル震えていた。だけど突然落ち着きを取り戻す。

「義というシステム、ご理解いただけたかな? いんや~本当はあなた様も理解している。ビンゴー?」

 ブラッドマスターは確認をすると、清子は少しムッとしたがこくりと頷いた。するとブラッドマスターは話を続ける。

「ワタクシの計算と情報が正しければ、そのシステムがですね、もうすぐ、大幅にかわる。」

「その変わりそうなシステムに蛇光が裏で一役絡んでいると言いたいのかしら?」

 清子は冷静に質問をした。ブラッドマスターは今度は小声でしかし彼女が聞こえる声で答える。

「奴は全ての表と裏にいる。影に潜んでいたと思えば次の日は英雄気取り。もうすぐ起こる事件ではどんな正体を明かすことやら…」

 ブラッドマスターはそう言いながら、そわそわして天上や壁を左右キョロキョロ見回した。清子は彼と声量を合わせて、口を開ける。

「あなたと私が手を組めば、何もかも手遅れになる前に蛇光を止められるということ?」

「手遅れ? わからないのかね? 既に全てが手遅れなのだ! だから奴を倒し新しい秩序で塗り替えるしかない!」

 ブラッドマスターはそう言うと、手を伸ばした。

「運命がワタクシ達をこのように結んだ。さあ、ワタクシと手を…」

 清子は即座に縄を燃やして立ち上がり、魔法で杖を右手から出してブラッドマスターに向けた。

「あなたを捕まえる! 小雷拘束ホールド!」

 清子の杖から雷が飛んだかと思いきや、ブラッドマスターに命中して拘束した。

「ぎゃあああ!」

「……女の子に不意打ちをした上に縄で縛る人と組むわけないじゃない。」

 清子はそう答えると、ブラッドマスターの腰回りハマった刀と鞘に目を向けた。

「お父様は侍や武士をすごく褒めたたえていたけど、あなたには幻滅ね。」

「放せええ! 牢獄はやだあああ! 死なせてくれえ! 貴様はわかっていないんだ、これから起こる悪夢を! 殺してくれえええ!」

 ブラッドマスターはじたばたしながら泣き叫んでいた。清子は杖を向けたままため息をして言い放つ。

「あなたは殺す価値すらないわ。……うっ。」

(急に悪寒…九時の方向。ここから東?)

 清子は左手を額に置いた。するとある不気味だが美しい男性の声が彼女の脳を刺激した。

パン度羅ドラ!)

(この声…一体…)

 突然清子の目が一瞬金色に光ったと思ったら、彼女は横に倒れてブラッドマスターに掛かっていた魔法が解かれた。

「頭が…痛い。あなた、一体何をしたの?」

「違う! 違う! ワタクシではない!」

 ブラッドマスターは即答した。

「何が起きたかチンプンカンプンですぞ。だが~」

 ブラッドマスターは指を地面に寝ている清子に向けた。

「あなた様は魔法か何かで感じたのだろう。死と嘆きと恐怖を。無数の声が一気に。どうです? この無力感。これが蛇光様のち…」

「うわあああ!」

「え?」

 清子の体を黒い闇と緑の炎が包んだ。ブラッドマスターはこれを予想していなかった。

「ええええええ! なんすか、これ~? なんか知りませんけど逃げなければ、アデュー!」

 ブラッドマスターは大急ぎで建物を脱出、かなりの距離を取ってから後ろを振り向いた。その後すぐに緑黒い煙が大きくなり聖堂をドカアアアアンと破壊した。オーラは勢いが止まらないと思ったその時だった。

「ったく、君はとことんトラブルメーカーだね。」

「ん? うわっ!」

 ブラッドマスターは横の声に振り向いた。そこには伸正がいた。

「あっ、先ぱ…」

伸正は、即闇に向かい突撃をした。

「闇を斬り、人を斬らず…。」

 伸正はそう囁きながら歩みを止めず、刀を抜く準備をした。大いなる闇が伸正に接触間近になったその時、

「念剣秘技“闇祓い”!」

 シュンっと伸正は刀を抜く。刀からはピカーンっと眩しい光が溢れ出ていた。伸正は無言で力強く、刀で何度も闇のオーラを斬りさばいていた。一見ブラッドマスターから見て伸正は闇に飲み込まれてしまったように見えていた。だが内側から爆発があったように闇は消えて、聖堂の跡からは寝ている清子を優しくお姫様抱っこしている伸正がゆっくり歩いてきた。

「先輩~。」

 和美郎は伸正の方へ駆けつけた。

「聖堂には触れるな、近づくな。火傷するよ。」

 そう言うと伸正は気絶したままの清子を柔らかい草の上に置いた。伸正は和美郎の方を向いた。

「……和美郎。」

「なんすか、せんぱ、ぐおおおお!」

 伸正は和美郎のみぞをを殴った。

「ばっか野郎、君―! 完全変身した暴走状態だったら僕でもきつかったわ!」

「いやだってワタクシだって、こんなことになるなんて…」

「君まさかとは思うがこの子が何者かちゃんと理解していない?」

「え? 強くて若い魔女?」

「耳貸して。」

 伸正はそう言うと和美郎に耳打ちした。すると和美郎は驚く。

「えええええ! そうだったんっすかー⁉」

「……君って意外と間抜けだよね。逆になんで気づかない?」

伸正が呆れていると、ブラッドマスターは目を閉じた清子をガン見していた。

「道理で幼いながらいい女の素質が…」

「触れてみろ。今度は殺意込めて殴るぞ。」

 伸正はブラッドマスターを脅すと、彼は動揺しながら話を続けた。

「しっかし、この力は色々な方々が欲しがりますよ。レア中のレアな化け物を拝見するチャンスが…」

「君は化け物の暴走だと思ったんだ。僕は誰かのために苦しんでいる女の子にしか思えないよ……ほれ。」

 伸正は和美郎に紙を渡した。

「なんすか、これ?」

「侍大蛇の手先が届かない安全ルートだ。この国にもいるから早く行くんだ。」

「え? いいんすか? ワタクシを取り逃がしちゃって?」

「僕はこの子が起きるまで守っているよ。多分今夜中はずっと…」

 伸正が清子の方を向いてブラッドマスターの方にまた目を向けるとそこに彼はいなかった。

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