ゼロ章 茨の黒魔女と愚者鳴らしの王 その2

 時は次の日の昼、場所はレンガの建物でできた魔法学園グリムリーに変わる。魔女や魔法使いの卵が魔法と世界について学ぶ教育の現場で、学徒たちは昼の休の時を自習したり遊んだり修行したりして過ごしている。式典服以外だと制服が無く私服主流のグリムリーは6歳以上で魔力のコントロールに長けていたなら、誰でも入学できる。なので学徒には子供が多いが、大人もいる。外につながる廊下にはいろんな学徒が歩いていたり、テーブルや椅子があるとこで時間を過ごしているが、大人の学徒が子供の学徒の教えを受けていた。

「…っというわけでローラさん。この術式は温度によって変化するから注意よ。」

「なるほどねー。ありがとう清子ちゃん、じゃなかった、清子先輩。」

「いやローラさん、シングルマザーでありながら勉強と仕事してる訳だから、歳以外でも私より色々先輩でしょ。なんでもこなせるお母さん、憧れています。」

紺色の上着と紺色のスカートを着た清子・ブラックフィールドは大人学生のローラに彼女が授業でわからないところを解説し終わっていた。ローラは可愛らしくぶんぶん首を振った。

「うんうんうん。そんなことないよー。今日の三限目わからないところだらけだったもん。」

「あれは元々教えるのも学ぶのも難しい分野だから仕方ないわ。」

 清子が応答すると、ローラははっとなって時計を見た。

「あらいけない。オムツ切らしていたから町に買いにいかなきゃ。ごめん、またねー。」

 ローラは慌てながら走って、手を振ると清子はまたねっと返しながら手を振った。すると、うわああああんっという泣き声と共に清子のもとにやってきた年下の男の子とそれを横でなだめる女の子が歩いてきた。少年の右手と左手にそれぞれ折れたホウキの半分を持っていた。

「うっわあああん! 清子お姉ちゃん!」

「こら、ジャック! 清子先輩でしょ!」

 ジャックをなだめていたジルという少女は彼を注意した。清子は顔が二人と同じ高さになるべく膝をかがめて上半身を曲げた。

「まあ、ジャックどうしたの?」

 清子は優しくジャックの頭を撫でた。ジャックは涙を必死に堪えながら、状況を説明した。

「んーとね、んーとね。……野生のフォーンに出くわして角でホウキを折られたの。」

「へぇー、角の形はどんなだったの?」

 清子はくすっと少し笑いながら、問いただすとジルが途中で割り込んだ。

「いやジャックあんた嘘下手すぎ! 絶滅危惧種のフォーンになんであんたが出くわすの? 清子先輩も嘘って見抜いてたなら合わせなくていいんですっ!」

「あら、ごめんなさいジルちゃん。困ったジャック君ね。見栄張りたくなるのは男の子の特徴だ。」

 清子は赤面したジャックの肩に手を置いた。

「本当は何があったん?」

「……ビフィー・マイルズが飛行術の勝負を挑んできたの。」

「まあ。…で負けちゃったの?」

「いや、勝ったんだ。」

「ええ! すごい、すごい。ジャック君いつも頑張っていたもんね。」

 清子は褒めると、すっかり泣き止んだジャックは話を続けた。

「そしたら無理矢理ホウキを奪われて…こうなった。」

「そうなの。あの乱暴者のお馬鹿さんにも困ったものね。」

 清子はため息をつき、頭を悩ませた。ジルは清子の手を両手で握った。

「直せますか?」

 ジルの問いに清子は両手で握り返し頷くと、自分の魔法の杖を取り出した。

「貸して。」

 清子はジャックからホウキの成れの果てを受け取ると段差のある床に座り込んだ。

「二人もちゃんとできるようによく見てね。はいはい、ちゃんと見えるように横に座って~。」

 そう清子は指示をするとジャックは右に、ジルは左にちょこんっと座った。

「いい? こういうのは通常とは違う杖の持ち方が効果的よ。」

 そう言うと、清子は杖をいつもの逆さまにして握った。そしてホウキの切れた部分を近づけた。

「いくよ。物量マゴイ回復リバース!」

 清子はそう唱えると杖の先に青い火花が灯り、木片は重なり結び、魔法のホウキは見事元にもどった。

「「おおおおおお! すごい! 速い! 鮮やか!」」

 二人の後輩はパチパチ拍手しながら感動していると、清子はジャックに両手で渡した。

「前より丈夫にしたから、安心して飛びなさい。」

「ありがとう清子お姉ちゃん!」

 ジャックはお礼を言うと廊下を走り去った。ジルは彼に呆れながらぺこりと清子に頭を下げてから追いかけた。清子はそれを確認すると、本を持って反対方面に歩き出した。

ボォー! 突然清子の前に青い煙が出現した。

「きゃっ!」

 煙の中からは水色のコートと紺色のズボンを着こなした陽気な青年学徒が現れた。清子はすぐにその者の正体に気づいた。

「ジン先輩、お疲れ様です。」

「ハロー、プリンセス清子! 素敵なあいさつに素敵な笑顔! そんな君に心の中で拍手!」

 ハイテンションでジンは言うと、しばらくの沈黙が流れた。

(……この人のテンションの動力源、本当に謎ね。悪い人じゃないんだけど。)

 清子はそう思っていると、ジンは本を彼女に文字が読めるように向けて渡した。

「本を貸してくれてトリプルサンクス! とってもファンタスティックだった!」

「お役に立ててよかったわ。」

 清子は本を受け取ると、ジンは話を続けた。

「そんな素敵な後輩に…」

 ジンはもう一つ本を渡した。清子はそれを見て目をキラキラさせた。

「それは【宇宙論争】の最新刊! しかも限定版!」

「君の分も買っておいた。受け取れい、受け取れい!」

 本を受け取って喜ぶ清子を確認すると、ジンは腕を伸ばし天井を指して叫んだ。

「イッグニッショーン!」

 すると青い煙が出現したと共にジンは姿を消した。

(優秀なとこもかっこいいとこもある尊敬できる人なんだけど……濃いのよね~。)

 清子はそう思いながら再び歩き出すと、トントンと軽く背中を叩かれた。振り向くと同期同じ年の男の子の学徒がいた。

「ヒュートン君。こんにちは。」

「SBF氏~。新しいボードゲームを作ったんだが、授業後空いてたら来てくんねーか? サラもクーもエー子もBF氏を大歓迎だ。」

「あら、楽しみ。喜んで行くわ。」

「頼もしい! じゃっ! さらば!」

 ヒュートンはそう言うとスキップでその場を去った。清子はまた歩いていると今度は友達と一緒にいた同じ年の女の子の学徒と目が合い、思わずその子が強く腕を振った。

「あっ、清子ちゃーん!」

 大声で名前を叫ばれた清子は少し照れながら、小刻みに手首を振った。すると、その子は清子の元に駆け寄って来た。

「ねえねえ清子ちゃん。明後日午後空いてるー?」

「一応ね。ブーラちゃんどうしたの?」

 清子は彼女に要件を尋ねると、ブーラは両手を合わせた。

「実はマジカルデュエルの練習に付き合って欲しいの。あなたが私の知っている同期で一番強いし……。私どうしてもバフィー・マイルズに勝ちたいの!」

「オッケーよ。だけど私厳しいからね。」

 清子は不敵な笑みで返事すると、ブーラは両手をグーにして自分の胸に近づけた。

「ありがとうー! むしろスパルタ大歓迎だよ! んじゃ、またね!」

 ブーラはそう言うと友達のところに戻った。

(東武国から戻って、態度を換えたら急に私も友人が増えたわね。悪くないわね。助言をありがとう、一誠様。そしてあなたとの出会いに感謝だわ、幸灯ちゃん。)

 清子がそう考えていると、ようやく目的の学長室にたどり着いた。戸を開けると背が高い金色の魔女服を着たおばさんが机の向こうで待ち構えていた。

「学長先生、一体私に何の用ですか?」

「頼みたいことがある。戴冠式に参加したあるかい?」

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