平穏時代の最強賢者〜伝説を信じて極限まで鍛え上げたのに、十回転生しても神話の魔王は復活しないので、自分で一から育てることにした

黄舞@9/5新作発売

第1話

「一体いつになったら伝説の魔王は復活するんだー!!」


 うざったい雨が降り注ぐ丘の上、そこにぽつりと建つ一軒家で、俺は叫びながら両手を天に掲げた。

 俺を中心にして、太い光の柱が五芒星の形に空へと登っていく。


 それによって雨を降らせていた暗い雲は霧散し、辺り一面に陽の光が降り注ぐ。

 草木の陰に隠れていた蝶たちが舞い、雫を蓄えた赤や黄色に色付く花々に蜜を求める。


「もー。師匠。いい加減にしてくださいよ。何歳だと思ってるんですか? この時期の雨は重要なんですからね。水源殺して飢饉でも起こす気ですか?」


 憂さ晴らしに極大魔法を天に放った俺に、セトが苦情を漏らす。

 俺の肩の高さしかないセトは、緑と金のオッドアイを俺の目線に合わせるために、顎を前に突き出している。


 真っ直ぐな銀髪を後ろで縛り、ゆったりとした魔導師然とした格好は本人のお気に入りだ。

 一方の俺はと言うと、短く刈り揃えた黒髪で、真っ白な長袖のシャツに黒いズボンと動きやすい服装をしている。


 平静からセトが険のあると言う黒い瞳で、俺は人生で初めて取った弟子を恨めしそうに睨んだ。


「うるさい! の俺は、まだ三十歳だっ!」


 そう言いながら俺はセトの長く尖った耳を両手でつまみ、上に持ち上げる。

 途端にセトは目を丸くして、慌てた様子で俺の手を振り払った。


「わわっ! だから耳はやめてくださいよ! そこはダメだって何度言ったら分かるんですか!」


 彼女は長耳族と呼ばれる種族で、その最大の特徴である長く尖った耳は膨大な魔力の源であり、一番敏感な場所だ。

 もちろん俺はそれを承知で今までに何度も耳を引っ張るのだ。


 理由は簡単。

 面白いからだ。


「弱点を弱点のままにしておくなんて、まだまだだな。そんなんじゃいつまで経っても皆伝はあげられないなぁ」


 右手を顎に当て、悪い笑みを浮かべながら俺は言う。

 初めの頃は真面目に対応してくれていたセトも、すっかり慣れてしまった今となっては、無視するのが一番効くと知っている。


 案の定、軽く流され、話題を変えられてしまう。

 最近師匠に対する尊敬とか畏怖の念が欠如していて困ったもんだ。


「そんなことより。せっかく鍛え上げた魔法の力も、こんな使われ方したら泣きますよ。もう少しご自分の能力というものをわきまえてください」

「そんなことってなんだ! ……しかしなぁ。もう、千年だぞ? そりゃあ嘆きたくもなるわ」


「今回の旅は残念ながら不発に終わりましたが、また探しに行けばいいじゃありませんか。来年の今頃には念願の魔王復活が確認できるかもしれませんよ?」

「今回の旅、だろ? ったく。神話の魔王はとんだ大嘘つきだな。復活を果たすって言った時代からすでに五百年は経ってるぞ?」


 俺が生まれるはるか昔、神話とも言われる時代に強大な魔王がいた。

 人々や生きとし生ける者は、魔王とそれが率いる魔族の軍団によって、絶滅の危機に瀕していたという。


 幸いにもその当時、神より力を授かったとされる俺と同じ人族の勇者や、長耳族の賢者などにより魔王は討たれ、世界に平和はもたらされた。

 しかし魔王は散り際に、悠久の時を超えて必ず今よりも更に強大な力を蓄え復活を果たすと言い残した。


 これがこの世界に生きる、知識を次世代に引き続くことの出来る種族なら誰もが知る、伝説の内容だ。

 しかし仮初の平和にも限らず、それに酔いしれていた者たちは、魔王復活の時期が間近に迫っても、そんなことは作り話に過ぎないと笑い飛ばした。


 だが俺はそんな奴らとは違う。

 その伝説を信じ、物心ついた時からいつか現れる敵に負けないようにと、人生をかけて鍛え抜いた。


 ところが残念なことに人族の一生は短い。

 魔王が復活するまで俺が生き続けることは不可能で、弟子を取ろうにも俺の意思を継ごうとしてくれる者は現れなかった。


 そこで俺は、最初の人生で秘法を編み出した。

 【転生】。死ぬまでに蓄えた知識や技能、そして魔力をもったまま、次の生へと繋ぐ。


 何度も【転生】を繰り返し種族の限界を超えて鍛え抜いた魔力と技能は、神話の魔王をも凌駕すると自負している。

 その頃には既に魔王復活の予言の日を過ぎていたが、運良く才気溢れる若者たちを仲間に加え、準備万端と魔王討伐の旅に出た。


 幾度の試練を乗り越えて世界中を旅した結果、俺の前に魔王は……現れなかった。

 長い旅の果て、苦楽を共にした仲間はやがて俺の元を去っていった。


 それでも俺は諦めなかった!

 復活までに要した年月に比べれば、自分の一生など誤差の範囲だと。


 その後も何度も【転生】を重ねながら、いつか現れるであろう魔王を探して旅を続けた。

 その間、人々は種族間や国の間で多少の小競り合いをしていたが、平穏時代を甘受していた。


「あー。もうダメだ。もう魔王復活しないだろこれ。どーすんだよ。俺の人生」

「諦めて、この生を最後にして残りの短い時間を面白おかしく過ごす、ってのはどうですか? あ、死ぬんだったら、その前に全ての知識を書き記してから死んでくださいね?」


「ふざけたことを言うのはこの耳か!?」

「わぁ! だから耳はやめてって! そもそも言葉を発するのは耳じゃなくて口ですよ!」


 再び俺に耳を盛大に引っ張られたせいで、セトは色白の顔を真っ赤に染めて抗議する。

 俺はそんなことお構い無しに突然考え事を始めた。


「師匠? どうしたんですか? そんな真面目そうな振りして。お腹でも痛いんですか? 拾い食いでもしました?」

「誰が拾い食いなんかするか。そんなことより、魔王ってのは魔族の王なんだよな?」


「え? ええ。負のエネルギーが凝集して生まれるのが魔族、それを従えた力ある者が魔王だ、と言われていますね」

「魔族は今でもたまに現れるんだろ?」


 魔王と言うほどの魔族は出現したことはないが、魔族と呼ばれる存在は時折発見されていた。

 しかしその力は驚異には程遠く、発見された時点で編成される討伐軍によって駆逐される。


「私も見たことはないですけどね。出現場所も発生条件も謎だと言われていますし」

「よし! 決めたぞ! 魔王が復活しないなら、俺が一から育ててやればいいんだ!」


「は? 何を言い出してるんですか。とうとう脳が許容年数を過ぎました?」

「うるさい! だから。居ないなら作りゃあいいんだよ! 俺は死ぬ前に一度でいいから魔王と戦いたいんだ!」


 俺は自分の名案に心を踊らせる。

 居ないのならば、伝説が嘘だったのなら、俺が嘘を本当に変えればいい。


 俺は魔王を倒すためだけにこの一生を、いや十生を費やしてきた。

 最後にこのくらいのわがまま許されるだろう。


 そうと決まれば早速才気に溢れて、かつ未熟な魔族を探す旅に出るとしよう。

 若ければ若いほど成長著しいのはどの種族でも一緒だからな。


 喜ぶ俺にセトは訝しげな目を向けていた。


「はぁ……そんなの見つけてどうするんですか。そもそも育てるって。そんなの育てる気があるなら、私にもっと構ってくださいよ」

「いいや。お前を強くしても俺と戦ってはくれないだろ? だから魔王を育てるんだよ。セト、俺は今から旅に出るぞ。どんなに時間をかけても必ず魔族を見つけてみせる」


「え? 今からですか? 昨日戻ってきたばっかりなのに!」

「もう待つのは飽きた! だから俺だけで行くって言ってんだろ? じゃあな!」


 セトの返事を待たずに、俺は向かう先も定めずに駆け出した。

 莫大な魔力で肉体の機能を上げているから、セトが今から追いかけようとしても無駄だ。


「思い切りがいいのが俺の長所だからな!」


 そう独り言を言いながら俺は当てもなくめいっぱい走った。

 このまま進めば魔の森だ。


 あそこは瘴気の濃度が高く、生息する魔物も凶悪なものが多い。

 ひとまずそこを探してみるとするか……。



「セト! どこだ!? ここか?」


 家に戻ると俺は乱暴に扉を足で開けると、セトを探す。

 千年生きてきた俺だが、こればっかりは弟子に頼らざるを得ない事態に陥っていた。


 一通りの部屋を回ったが見つからない。

 その間にも腕の中のものが気になって、気が気ではいられなかった。


 最後の部屋、湯浴みをする場所の扉を開けると、驚いた表情を俺に向けるセトをやっと見つけた。

 何故か身体をおかしな形にくねらせているが、そんなの今は構っていられない。


「ここにいたか! セト! 大変だ!」


 興奮しながら俺の腕の中にいる小さな赤ん坊をセトに見せる。

 金髪の柔らかそうな髪と深い藍色の目が愛らしい。


 しかしそんなことよりも重要なのは、その頭の横から捻れた太い黒い角が左右に一本ずつ生えていることだ。

 俺が知る限り、そんな角を持つ種族はただ一つ、魔族だけだった。


「見ろ! ここを出てすぐに見つけたんだ! 生まれたばかりかもしれん! さっきから泣き止まないんだがどうすればいいと思う?」


 俺に抱えられている赤ん坊は、その小さな口を大きく開けて、張り裂けんばかりの泣き声をあげている。

 何か魔力でもかかっているのか、その鳴き声が耳に入る度に、心を乱されるような気にさせられる。


「長く生きたが、これまで赤ん坊の面倒を見るなんてことは経験がなくてな。前にセトは下の兄弟が多くて、良く面倒を見たと言っていただろ?」


 助けを求めた俺に、セトは大声を上げた。


「もう! いい加減にしてください! こっちは裸ですよ! 出てってください! このスケベ!!」


 お湯をかけられそうになった俺は、その水を魔法で消すと、ひとまずその場を後にした。

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