第9話 邪悪な聖剣



「────お宝が、ない!?」


「お宝が、ねぇだと!?」


「お腹、すいたー……。」


「……パン、たべる?」


「面白い反応するねぇ、お前さんたち。」


 予想外な展開に【カーバンクル】はそれぞれ反応を示すが、空腹のリケアは蚊帳の外だ。


「どういうこった?……まさかアンタらが取ったってのか?」


「いやいや、あたしらじゃないさ。」


「僕たちは皆さんの少し前にこの遺跡に到着しましたから、あるかどうかも分からない【秘宝】をすぐに見つけるなんてとても無理ですよ。」


「じゃあ二人はなぜここへ?」


「ん?そりゃあお前さんたちの話を聞いちまったからさ。」


「俺たちの……?そりゃいつの話だ?」


「案の定気づいてなかったみたいだねぇ。今朝のギルドで一番最後に受付したのがあたしらだよ。その後にお前さんたちとネコの職員との会話が偶然聞こえたって流れさね。」


 付け加えると【イクシオン】の二人は遺跡より先に地下洞窟の入口を発見。洞窟内を探索していたところ、魔物の存在に気付き広い場所まで移動してきたところだったそうだ。


「僕たちも出遅れ組でしたが、【秘宝】はもうないわ魔物は出るわで……。困ったものですね。」


「なるほどな。でもよ、その話を素直に信じろってのか?」


「そこはまぁ信じてもらう他ないねぇ。」


 ザジェとルアギスは苦笑いしながら肩をすくめる。


「仮にそうだとして、じゃあ逆に何でお宝がもう無いってハッキリ言えんだよ?」


 冒険者の中には口を上手く走らせ、言葉巧みにお宝を奪う輩も多いと聞く。人気も実力もトップクラスのチームがそのような姑息なマネをするとは考えにくいと思いつつ、リッツは慎重に喋りながら相手の様子を伺う。


「……『不釣り合いな魔物』という言葉をご存知ですか?」


 と、ルアギスがふと尋ねてきた。その質問に【カーバンクル】は全員頭を横に振る。


「最近、一部の冒険者の間で噂になっている奇妙な事件の名です。」


 ルアギス曰く、世界各地にあるダンジョンにはそれぞれギルドが現地を調査し、クエストランクを決めているそうだ。そこにいる魔物のランクも多少上下はするものの、ギルドランクに相当する魔物しか存在しない。


「しかし、とあるクエストでは必ずといっていいほどランクに見合わない桁外れに強い魔物が突然現れるんです。」


「とあるクエスト……」


「そう。【ヴェルーンガウスの秘宝】です。」


「……ま、『奴ら』からしてみればただの嫌がらせにすぎないんだがね。」


「奴ら?」


「嫌がらせだと?」


「そうです。自分たちが目的とする【秘宝】を他の者に取られないように魔物を召喚し、邪魔をする。『彼ら』がよく使う手口です。」


「今回もこういうな魔物が突然現れたってことは、奴らが宝を先に取ったと言って間違いないだろうさ。」


 二人の説明を聞く限り、作り話でもなさそうだ。鳴き声だけで命の危険を感じさせられる魔物が現にいるというのがその証拠となる。


「なんか話だけ聞いてるとずいぶん陰湿そうなヤローだな。誰なんだよそいつら?」


「それは……」


「待った。誰かこっちに来る。」


 ルアギスの話をザジェが遮った。シエルたちが来た方向から足音がひとつ、こちらに近づいてくる。


「……ハァ、ハァ……」


「……レッドスさん!?」


 見えた人影は【ウアルガリマ】のリーダー、レッドスだった。彼は全身薄汚れており、ひどく疲弊している。そしてその両肩にイエローアとブルーリーを担いでいた。


「……よぉ、やっと会えたな……。」


 【カーバンクル】を見たレッドスは安心したのか、体力の限界なのかその場に倒れ込む。


「こりゃひでぇな……!一体何があったんだ?」


「大丈夫ですか!?リケア、すぐに手当てを!」


「わ、わかった!」


 駆けつけたシエルたちが見たのは腹部を無惨に貫かれたイエローアとブルーリーだった。二人とも意識を失っており、地面に多くの血が流れていた。


「助かるぜ……。ここまで夢中で走って、きたからな……。へへっ、2人も担いでたらさすがに疲れちまったぜ……。」


「喋らないで、呼吸を整えてください。」


 【カーバンクル】で唯一の回復役を担っているリケアは、素早く処置を開始する。


「リケアどうだ?」


「かなり重傷だよ……。私の回復魔法はCだから深い傷には効果が薄い……。まず傷口を塞ぐ前に出血を止めないと!」


 騎士を目指す彼女は、医療の知識と技術を多少なりは勉強して心得てはいたが、重傷者の治療は初めてなので中々上手くいかないようだ。


「リケア。手持ちが傷薬しかねぇが、使えるか?」


「ちょっと心許ないかも。ごめん、止血剤を持ってきてなかった……。」


「謝っててもしょうがねぇ。とにかくやれることをやろうぜ。シエル、松明用の布を傷口にあてろ。少しでも出血を抑えるんだ。」


「わかった!」


 リッツはシエルとリケアよりも先に個人で冒険者登録しており、まだ数回ではあるがクエストも経験済みだ。それ故にこのような場面でも冷静に対処できている。

 が、それでもやはり問題解決には至らない。


「……ふむ、危なっかしくはあるが中々手際がいいじゃないか。」


「おい。アンタらも見てねぇで手伝えよ。アイテムとか魔法とかねぇのか?それでもAランクチームかよ。」


「別に仲間でもないんだ。義理立てる必要もないさね。」


 懸命に手当てをしているシエルたちを尻目にザジェが冷徹な言葉を言い放つ。


「んだとコラァ!!もういっぺん言ってみろォ!!」


 冷静だったリッツが突如怒りを露にしてザジェに殴りかかろうとしたが、シエルに止められる。


「よせリッツ!今は治療が先だ!」


「放せシエル!!仲間じゃなきゃ見捨ててもいいってのか!?テメェら血が通ってんのかよっ!!」


「…………」


 揉めているシエルたちをユグリシアは無言のまま静かに見つめていた。


「二人とも何してんの!?ヤバいよ早く戻って!」


 リケアの叫びにハッとするシエルとリッツ。すぐに戻ろうとしたが、二人の前にルアギスの姿が割り込む。


「……どうやら限界のようですね。」


「そのようだねぇ。」


 ザジェが軽く頷くと、ルアギスは興奮気味のシエルとリッツを「落ち着いて」と一言。

 そして彼らを後ろに下がらせるとルアギスは負傷二人の前に片膝をつき、右手をかざして詠唱を始めた。


ついまなこより溢れるは慈愛と祈りの涙 ひとつ悲壮の血を洗い流し ひとつ傷つく者に癒しと加護を 静寂に口を閉ざし 女神の一雫ひとしずくを受けよ〟

[デア・ラ・クリマ女神の涙]


 優しく語りかけるようにルアギスが呪文を唱え終わると彼の右手が青色の光を発し、そこから透き通るような小さな水滴がスッと落ちる。

 水滴が傷口に触れた瞬間、青色の光が二人の全身を包み込んだ。


「……す、凄い……!クイーン式Aランクの、治癒魔法……。」


 すぐ隣で見ていたリケアは驚嘆の声をあげた。

 青色の光は数秒間輝き続け、やがてスゥッと消える。すると腹部の傷口は綺麗に治っており、出血もなくなっていた。


「……これで命の心配はありません。後は目が覚めるまで安静にしておけば大丈夫ですよ。」


 驚くリケアに向かってルアギスはニコッと微笑む。 


「どういうつもりだ!やろうと思えばすぐに回復できたんじゃないか!」


 と、そのすぐ後ろで怒鳴り声が響いた。シエルが怒りの表情でザジェに掴みかかり、ザジェの顔を拳で殴ったのだ。


「シエル……!」


 無抵抗で拳を受けたザジェは黙ったままシエルを見つめる。一方のシエルは彼女を睨みながらも殴った右手を痛そうにさすっている。


「二人を助けてくれた事は感謝している。だがなぜ見捨てるようなマネをした!?」


「……悪かったね。ちょいとお前さんたちを試していたのさ。」


「試す……!?」


 口を開いたザジェの表情は険しく、その恐ろしい程の威圧感にシエルたちは気圧される。


「甘えるんじゃないよボウヤたち。さっきの場面、もしあたしらがいない状況ならどうなっていた?」


「…………!」


「怪我人への迅速かつ冷静な対応、そこは及第点だ。だが命を助けれるまでには至らなかった。そうだろう?」


 彼女の放つ言葉の意味は重く、そしてそれが現実だ。【カーバンクル】の中に反論できる者は一人もいない。

 例えば装備やアイテムの確認不足。冒険者がクエストに挑むならば出発前に点検、確認するのが鉄則だ。しかし彼らはそれを怠っていた。


「クエストは戦場と同じさ。SランクだろうがEランクだろうが関係ない。一瞬の出来事で命を失うことが当たり前のように起こり得るんだ。」


 そして経験不足。もし彼らが【ウアルガリマ】と同じ目に遭っていたら全滅は免れなかっただろう。

 【カーバンクル】は今まさにそれらを痛感させられたのだ。


「今回は特別さね。たまたまあたしらが居合わせたに過ぎない。ボウヤたちに人の命を背負うにはまだ早いと思い助けたが……」


 ザジェの目が【カーバンクル】全員をキッと睨み、こう続けた。


「……覚えておきな。これがお前さんたちが踏み込もうとしている『』なんだよ。」


 彼女の低くよく通る声がシエルたちの体の奥へズシンと響く。


「お前さんたちが冒険者を遊び半分でやってないってのは分かった。中にはそんな無粋な輩もいるからね。かといって、生半可な覚悟でやれるほど甘いものでもない。」


 そう言いながらザジェはシエルの肩に手をあてる。


「ボウヤがチームリーダーだね?チーム名を聞いとこうか。」


「……【カーバンクル】、です。」


「そうかい。」


 ザジェはニコッと笑うと反対の手を振り上げる。シエルは殴られると思い、咄嗟に目を瞑る。


「他人に甘えるな。自分にもだ。まずは自分たちがしっかり生き残れ。そして仲間を助けてやれるくらいもっと強くなりな!」


 目を瞑ったままシエルが聞いた声は優しく、それでいて力強さを感じた。彼は殴られることはなく、代わりに鼻をピンッと指で弾かれた。


「…………。痛えぇぇぇ!!鼻が折れるうぅぅ!!」


 しばらく我慢していたが、堪えきれずにシエルは叫びながらうずくまる。


「アッハッハ!まだまだだねぇ!」


 豪快に笑うザジェはそのままレッドスたち【ウアルガリマ】に顔を向ける。


「……さて、お兄さんたちにも悪い事しちまったねぇ。」


「構わねーよ。オレたちもコイツらと一緒でまだまだ修行が足らねーな。それにあの【イクシオン】に助けられたとあっちゃ、何にも言えねーさ。」


「アッハッハ!今回は運が良かったね。次に活かしてくれりゃそれでいい。」


……グオォォォッ!!


 程なくして魔物の重く低い唸り声が響き、再び地鳴りが始まった。


「お、魔物がまたこっちに向かってきだしたねぇ。お前さんたちは怪我人を連れて早く逃げな。そこの道をまっすく行きゃあたしらが入ってきたとこに出られる。」


「あ?アンタらはどうすんだよ?」


「僕たちはここで魔物を食い止めます。ですがご心配には及びません。」


「でも……」


「この話はもう終わりだよ。ボウヤの気持ちはありがたいが、チームリーダーなら引き際ってもんを覚えるんだね。」


 自分たちも手伝うというシエルの気持ちを察したザジェが彼の口にそっと指を添えた。

 シエルは思わず「うっ……。」と後退りしてしまう。


「ネエさんの言う通りだぜ。今の俺たちじゃあの魔物は倒せそうにねぇ。【ウアルガリマコイツら】も早く医者に見せなきゃなんねぇし、今回は引いた方が良さそうだ。」


 冷静さを取り戻したリッツは早々に荷物をまとめ撤収準備をしていた。それを見たシエルは仕方なさそうに頷く。


「……フッ、それでいいんだ。後はあたしらに任せときなって。またどこかで会おうじゃないか、【カーバンクル】!」


「ありがとう。あなたたちも気をつけて。」


 深々と頭を下げ、謝意を述べたシエルはそのまま走り出す。


「バカ!なに手ぶらで行こうとしてんだ!何か持ってけ!」


 【カーバンクル】の荷物をリケアが、【ウアルガリマ】の荷物をリッツが持ち、レッドスがイエローアを抱え、ユグリシアが何故か一番重そうなブルーリーを軽々とお姫様抱っこで運んでいった。


「────どうかしたんですか?ザジェさん?」


「ん?何がだい?」


 ドタバタしながら去っていったシエルたちを笑いながら見送ったザジェ。彼らが見えなくなるのを確認したルアギスが、ふとザジェに問いかけた。


「今回やけに優しかったじゃないですか。貴女にしては珍しいですね?」


「ん~なぜだろうねぇ?」


 言われてみれば確かに、といった顔でザジェも首を傾げる。


「今まで多くの若い冒険者を見てきたが、あのボウヤたちみたいな不思議な子は初めてだ。」


「確かにそうですね。まさか貴女を殴るなんて思ってもみなかったですよ。いやはや、の度胸には驚きました。」


「あぁ。あれはさすがに面くらっちまったよ。……ん?」


「え?」


「…………」


「…………」


「……あ!やっぱりあのボウヤはシエル王子だったのかい!?」


「やはり気づかずに話してたんですね。」


「いやー、人を覚えるのはどうも苦手でねぇ。どうりで見た顔だなとは思ったが……。そうかい。あの子がシエル王子か。なるほど……。」


 ザジェの中で疑問に思ってた部分が納得できたらしく、彼女は殴られた頬に手をあてながら晴れやかな表情をする。


「……ま、こんなコト魔法学校じゃ教わらないし、あの子たちもいい経験になったろう。夢を追う若者の早すぎる死はなるべく見たくないもんだ。だから生き残る術を話してやった。そんなとこさ。」


「クス。貴女らしいですね。……さて、それじゃあ僕たちはを迎えるとしましょうか。」


「あぁ……!」


 ザジェが背中の長剣の柄に手をかけた時、彼女がピクッと何かに反応した。


「んー?まだ誰かいるようだね?」


「おや。それじゃひとつ賭けますか?」


「受けようじゃないか!あたしは『陰険』の方だ!」


「なら僕は『欲望』にしましょう。」


 シエルたちが去って、明かりは松明一本だけ。再び薄暗くなった洞窟の奥からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「やぁこれは【イクシオン】のお二人さん。取り込み中だったかな?」


 闇の中からスゥッと現れたのは一人の中年の男性だった。年齢は50代前半くらいだが、清楚な礼服を着こなし、綺麗に整えられた髪とスラッとしたしなやかな細身の体型が、その年齢をあまり感じさせない。


「ほら、今度は僕の勝ちのようですね。」


「あちゃー。こっちの方かー。」


 勝ち誇った顔をするルアギスと額に手をあて悔しそうにするザジェ。

 その様子を見ていた男性は礼服の胸ポケットから煙草を一本取り出した。


「……ふむ。その様子だと今回も【ラグナロク】にしてやられたようだな?」


 男性は人差し指から小さな火を出して煙草につけ、フーッと煙を吐いた。


「ロッシュの旦那、それはお互い様さね。お前さんこそ何を一人でのんびりしてんだい?あたしらを手伝いに来たワケでもないだろ?」


「ご冗談を。我々はクエストを掛け持ちしていて忙しいのだよ。【ラグナロク】に関してはすでに部下の【グリフォン】に後を追わせている。私はその付き添いに過ぎんよ。」


「へぇ。せっかくの【秘宝】だってのに三下を派遣するとは、【フレスベルグ】は随分と人手不足のようだねぇ。それとも賢王様の余裕の表れかい?」


「賢王様がそう仰ったのだから仕方あるまい。そちらがどう受け取ってもらっても構わんさ。」


 静かな駆け引きが行われる中、ズシン!とかなり大きな音が鳴った。

 煙草を吸いながらロッシュという男性は上を見上げる。音は地上の遺跡からしており、こちらへ近づいてくるようだ。


「そういう君たちはこれから魔物の討伐か。相変わらず律儀なことだな。」


「なぁに。当たり前の『仕事』をしてるだけさね。」


「いずれにしろ今回は【ラグナロク】の尻尾を掴んだ。奴らを始末して【秘宝】は我々【フレスベルグ】がいただくよ。」


「そうかい。成功を祈るよ。せいぜい殺されないように気をつけるこったね……。」


 ロッシュはそのまま洞窟の奥へ進んでいき、ため息混じりに煙を吐きながら再び闇の中へと消えていった。


「……やれやれ。あちらの執念も筋金入りというか、頭が下がる思いですね。」


「あの旦那も何かと苦労が多いんだろうさ……」


 グオォォォォッ!!


 二人の会話に割って入るように凄まじい音と振動が上から降り注ぐ。

 地上の遺跡の床を踏み抜き現れたのは、この広い空間の半分を埋める程の巨大な黒い獅子のような獣。


「──さて、お出ましかい。」


「これはこれは。またスゴイのが来ましたね。」


 ドスンと下に着地した巨大な獣は赤く光る瞳を二人へと向ける。


「……危険指定ランク、魔物ランクともにAの『魔獣ベリンドーン』ですね。」


 対するルアギスの白く光る眼が早速黒い魔獣を捉え、冷静に分析をはじめる。


「見たことない仔猫ちゃんだ。特徴は?」


「魔法はもちろんですが、剣撃にもある程度耐性を持っています。弱点属性はなし。」


「おやおや。しっかりとあたしらの対策してるじゃないか。どうやらバレてたみたいだねぇ。」


「となると、最初から我々の追跡の足止めが目的だったということですね。この魔物のは彼らで間違いないでしょう。」


「そうかい。なんとも迷惑な話だね。ま、とりあえずは仔猫ちゃんを仕留めようか。」


 ザジェが剣を抜こうとした時、魔獣は瞬時に間合いを詰め、振り上げた前足を力任せに彼女めがけて叩き込む。

 ズドオォォン!!と凄まじい音とともにザジェもろとも地面を大きくめり込ませた。


「ザジェさん!」


「……んー?なんだい?」


 潰された地面の下から何事もなかったかのようにザジェの声が聞こえてきた。


「何手で決まるか、賭けますか?」


「どうせ三手だろう?賭けになんないよ。」


 魔獣の前足をザジェは抜いた剣で受け止めていた。全体重を乗せた一撃を難なく止める彼女のパワーは尋常ではない。


「という事は、成績は一勝一敗ですね。」


「昼メシは割り勘か。ま、仕方ない……ねっ!」


 しかもあろうことかその状態からザジェは剣を横に振り抜き、斬撃で前足を斬り落としたと同時に魔獣を空中へと飛ばした。


「そぉら!一手目ぇ!」


 浮かされた魔獣を見上げるルアギスは全身に緑色の光を纏っていた。


〝我の力を汝に捧ぐ 汝の加護を我は与え授かり 地の槍を成す 大地には恵みを欲し 仇成す者には滅びを欲す〟

「突き上げろ、[アス・ジャベロ大地の槍]!」


 詠唱を終えたルアギスが地面に手を置く。すると魔獣の真下の岩が先の尖った鋭利な岩の槍に形を変えて突き上げ、魔獣の体を一気に突き刺した。


「二手目。」


「ガアァァ!!」


 空中で岩の槍が刺さった魔獣は身動きが取れなくなっていた。

 ザジェがそれを確認すると剣を構え、魔獣めがけて飛び上がる。


「ハアァァァ!!」


 加速するザジェはその勢いのまま目視できないほどの剣速で魔獣の首を斬り落とした。


「……三手目!」


 息も切らさず軽やかに降り立つザジェはそのまま剣を鞘に納め、背中に戻す。速すぎる剣速のため剣の刃には魔獣の血どころか汚れひとつついていなかった。


「お疲れ様でした。」


「まったく、派手に天井を壊してくれちまったねぇ。崩れたらどうするんだい。」


「この遺跡は廃墟ではありますが、景観保護指定の建物ですからね。崩壊しなくて良かったですよ。ま、修繕費は聖王都が出してくれるでしょう。」


 ルアギスが上を見上げると、開けた天井から曇り空が見えた。相変わらず雪は降っている。どうやら上は遺跡の中庭になっていたようだ。


「おかげでと言ってはなんですが、魔力波がよく通るようになりましたね。このまま報告をしましょうか。」


 そう言うとルアギスは耳に手をあて魔法通信を試みる。


「……あ、繋がった。もしもーし。聞こえますかー?」


『……え、外部通信?誰なの?』


 するとザジェとルアギスの頭に直接女性の声が聞こえてきた。


「その声はもしかしてエリンさんですか?お久しぶりです。ルアギスです。」


『ルアギス!?今まで連絡もしないで何やってたのよ!』


「やだなぁ、そんなに怒らないでくださいよ。色々と忙しかったんですって。」


 急に大声を出されたが、ルアギスにとっては想定内だったらしく笑いながら軽くいなした。


『まったくもう。ザジェも一緒にいるんでしょ?とりあえず元気そうで何よりだわ。』


「久しぶりだねぇエリン。そういうお前さんはあのぶっきらぼうの彼氏と一緒じゃないのかい?」


『なっ……!バカ言わないでよ!バルツとはそんなんじゃないって何度も言ってるでしょ!?』


「アッハッハ!冗談だよ。相変わらず面白いねぇお前さんは。」


 エリンの声がひっくり返った。どうやら普段から彼女はからかわれているようだ。


『ぬ~!それより何か用?』


「今朝ガルトリーのギルドで発表された【ヴェルーンガウスの秘宝】のクエストについての報告です。」


『あら、もう見つかったの?今回は意外と早かったわね。』


「ま、いい報せではないけどね。団長に取り次いでくれるかい?」


『あいにく団長とバルツは今会議中なのよ。代理で私が聞いて後で報告しておくわザジェ……いえ、。』


 事の重大さを察知したエリンは声のトーンが低くなり、同僚の彼女の名を言い直した。


「よろしく頼むよ。あぁそれとさ、面白いチームを見つけたんだよ。ついでに報告しておいておくれよ。」


『面白いチーム……?』


 不思議そうな声のエリンに対してザジェは嬉しそうに話を続けた。



────────────────



「────【ラグナロク】……!?」


「あぁ。テメーらも知ってんだろ?【イクシオン】以上に有名な奴らだかんな。」


「知ってるも何も賞金ランキングSランク1位、総合でも1位の最強チームじゃねぇか!」


 同じ頃。洞窟を脱出した【カーバンクル】と【ウアルガリマ】。

 ザジェたちが入ってきたという洞窟の入口は遺跡から少し離れた小高い丘の下側にあり、一行はその丘の上で休憩をしていた。


「……んじゃそいつらがアンタらを襲ったってのか?てっきり魔物にやられたのかと思ったぜ。」


「アイツらに比べりゃ魔物が可愛く見えるぜ。あの時イエローアとブルーリーが庇ってくれなきゃ、オレもやられて全員殺されてただろーな……!」


 苦痛な表情で助けてくれた仲間を見ながら、レッドスはその時の様子を語り始めた。


 遺跡内の聖堂へ向かった【ウアルガリマ】は鎖に繋がれた黒い獅子のような魔物と、男女の二人組を見たと言う。

 男の手には宝石のような物があった。そして女が笑みを浮かべた瞬間女の手元が光った。咄嗟にイエローアとブルーリーがレッドスの前に出た直後、二人の腹部を黒い光が貫いていた。


「……アイツらの目を見た瞬間、正直死んだと思ったぜ。オレはすぐに二人を抱えて逃げ出しちまったよ……!チクショウ!なんなんだよアイツら!」


 レッドス自身は軽傷だったため、自分の回復魔法ですぐに治った。

 体力も回復したはずだが、話をする彼は精神的に憔悴していた。それほどまでに彼が見た光景は凄まじかったのだろう。


「…………」


 一瞬の出来事で命を失うのが当たり前に起こり得る──。

 ザジェが語った言葉が鮮明に残る【カーバンクル】は皆声を出せずにいた。


「……で、でも……」


 少しの沈黙を破り口を開いたのはそれまで黙って話を聞いていたリケアだった。


「【ラグナロク】ってスゴい噂ばっかり聞くよ?Sランクのトップチームなのにそんなヒドイ事するものなの……?」


 リケアの素朴な疑問は的を射ている。普通なら頂点に立つ者は人格者であると誰もが思うところだ。


「まぁ……リケアの言いたい事はよく分かるぜ。でもな、いくらSランクだろうがイイ奴ばっかじゃねぇんだよ。そうだろアニキ?」


「あぁ。確かに結果だけ見りゃ【ラグナロク】はスゲーさ。いいウワサも聞くが……オレが見たのは笑いながら簡単に人を殺すような最凶最悪な奴らだったんだよ。」


「…………」


 栄光には光と影がある。世の中をまだあまり知らないリケアにはいささかショックだったようだ。それはシエルにとっても同じと言える。


「ザジェの姐さんも言ってたろ?クエストは戦場と同じ。全員命賭けでやってる。それ故に手段を選ばねーで上に登るチームも少なくねー。」


「むしろ【イクシオン】や【フェニックス】みてぇなチームの方が珍しいくれぇだ。なぁシエル?」


「……あぁ。そうかもしれないね。」


「なーるほどな。ガルトリーの前国王夫妻のゼド、アーシェ、そしてセルイレフ。伝説のSランクチーム【フェニックス】か。オレもバアちゃんからよく話を聞いたもんだ。確かにあんなチームは他にいねーよな。」


 それは幼い頃、病弱だったシエルを元気づけるために両親が話してくれた心踊る冒険譚。

 自室のバルコニーから見える広大な景色に想いを馳せる日々。その想いは両親が亡くなってからも決して変わることはなかった。


「……へへっ、テメーが冒険者になるってのも考えてみりゃ当然な流れだよな。アァん?夢は【フェニックス】超えってか?」


「いや、そんな大それたものじゃないよ。」


「あれ、違ぇの?俺はてっきりそうだと思ってたぜ。」


「私も。」


「俺はさ、この世界を見て回りたいだけだよ。父さんと母さんが見た世界を、同じ冒険者としてね……。」


 空を見上げるシエルの顔は普段見せる呑気なそれとは違っていた。


「シエル……。」


 複雑な思いで夢を語る少年の横顔を眺めるリケア。彼女はこの時意識はしてなかったが、彼に惹かれる感情を抱きはじめていた。


 ぐうぅぅぅっ!


「何だ!魔物か!?」


 その矢先、シエルが思わず身構える程大きなお腹の音が鳴り、全員の注目を集める。


「……はい。どうぞ。」


 そして待ってましたと言わんばかりのタイミングでユグリシアがパンを差し出す。


「ありがとうね。あとそれから……」


 パンを受け取ったリケアは勢いよく一口かじり、ニヤつく二人を睨み付ける。


「笑うなあぁぁ!!」


「だっはははは!!」


 真っ赤な顔で今日一番の大声を出すリケア。シエルとリッツは彼女に負けないくらいの大声で笑い転げた。



────────────────



「…………くー…………」


「あー。まーたこんなところで寝てるー。」


 所変わってここはシエルたちがいる小高い丘から遺跡を挟んで反対側のとある平野。

 木にもたれながら眠る男に女が声をかける。しばらく同じ所で眠っていたらしく、男は体半分が雪に埋もれていた。


「ちょっとちょっと。なに一人で休んでるの?レグも少しは手伝ってよ。」


「……ん?あぁ……。わりぃ。寝てた。」


「ぶー。もう終わったよー。ボクお腹すいちゃった。」


 ゆっくりと体を起こした男は雪を払い落とすと、大きく背伸びとあくびをする。


「ふわぁ~……。なに文句言ってんだファル?オメーが遊びたいって言うから待ってやったんだろうが。」


「あれ?そうだっけ?」


「はぁー。もういいもういい。この話は終わりだ。……それよりロッシュのオッサンはどうした?」


「ボクがと遊んでる時に帰っちゃったよ。どっちかって言うとあのおっちゃんと遊びたかったのになー。オモチャ弱すぎてつまんなかったしー。」


 不満そうに話す女の手は血だらけで、無造作に服で拭き取っている。その服も返り血で真っ赤に染まっていた。


「あのオッサンがまともに相手するワケねーよ。」


 そして男の方も女の様子を気にすることもなく平然と会話を続ける。


「……さて行くか。オモチャはちゃんと片付けしたのか?」


「もちろんだい!向こうの森の近くに四人まとめて捨ててきたさ。今ごろその辺の魔物が美味しく食べてるよきっと。」


「ならいい。こんな宝とっとと売っぱらってメシ食いに行くぞ。」


「やったー!ご飯だー!」


 そして二人の男女は、深々と降る雪の中をゆっくりと歩き始める。


「ねぇねぇ。ご飯食べたら服屋寄ってかない?服汚れちゃったから着替えたいんだよねー。」


「なんでだよ?似合ってるぞそれ。今そういうファッションが流行ってるの知らねーのか?」


「え、ホント?」


「ウソだよバーカ。」


「ぶー。なんだよー。」


 ──その日の夜、聖王都の冒険者ギルド【光の道標】より今回のクエストの終了が発表された。

 チーム【ラグナロク】が【ヴェルーンガウスの秘宝】を発見。鑑定の結果、本物であることが判った。


 これで【ラグナロク】は【ヴェルーンガウスの秘宝】の発見数を通算12個目とした。獲得賞金額もランキング2位の【フレスベルグ】より二倍以上引き離す事となり、その驚きと衝撃は瞬く間に全世界に広がった。

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