乾杯 

 上富良野って、なんとなく涼し気なイメージがあったけど、あっついわ!


 しかも、これから炭火起こすんだよ。私は持ってきたハンドタオルを頭に乗せていた。バーベキュー会場には、設置されたパラソルもあったけど、既に沢崎教授がそこで休憩していた。なんとなく近寄りにくい雰囲気である。


 準備が一通り終わると、ケンキチさんが、クーラーボックスからビールを取り出してみんなに手渡した。よく冷えていて、私はそれを首筋に当てた。今こんなもん飲んじゃって、眠くならないかすこし懸念したけど、ビールのないバーベキューなんて味気なさすぎるよね。


 沢崎教授が、簡潔に乾杯の音頭を取った。千尋や広瀬くんと缶を合わせたあと、園山先生のところにも行った。ぐいっと喉に通すと、一瞬熱くなってすぐに涼しくなった気がした。これだよねー。やっぱ。

「あ、ちなみにビール、一人一本ね」

 ケンキチさんが言った。そりゃ、そうだよね。と思った。


 みんなで鉄板をかこんで、肉をつついた。いくつか写真も撮った。煙が相当酷かったから、夜どうしようかと思った。始まるまえにスピカでシャワーを浴びる時間も設けてるそうなのでそこは安心した。


 ふと、あたりを見回すと、千尋とニッシーが居なかった。紙皿を持ってキョロキョロすると、二人は木陰で何か話していた。あれ? なんかいい感じ何じゃないの〜。  

 私はニヤニヤしながら、ニンジンを口に運んだ。その瞬間を園山先生に見られていたので、慌てた。でっかい肉じゃなくてよかった。


 ケンキチさんは帽子を被りながら、相変らず肉を焼いていた。沢崎ゼミではないけれど、工学部ではあるし、合宿に便乗した我ら宇宙研究部のリーダーでもある彼は、二つのグループの架け橋っていうか。ほんとケンキチさんが居なかったら実現しなかったなあ。と、思いつつ、私も木陰に移動した。暑かったし、そろそろアルコールも抜きたかった。水が飲みたいな。あと、歯にコショウとかついてないか、心配。


 すると、影が近付いて来た。顔をあげるまでもなく、広瀬くんだとわかった。やあ。と、言って私が座ってる隣にやってきた。

「そろそろお開きだって」

「うん。そういう時間だよね」

 私も腕時計を見て確認。そろそろ片付けを始めないと、みんなシャワーを浴びれないし、天文台に向かう時間がずれる。そういうことを、わりと気にする浪川絵美である。


「喉乾かない?」

 広瀬くんが言った。少し疲れたのか、目がどこか虚ろだった。

「うん。炭酸が入ったものじゃなくて、タダの水が飲みたい」

「あっちに、湧き水があるらしいよ? とってくる?」

「そうなの?」それは初耳だった。恐らく広瀬くんが自分で調べたのだろう。私は立ち上がった。

「私も行く。ちょっと歩きたかったとこだし」

 汚れてもいい服装だったけど、なんとなく衣服をはたいた。広瀬くんも立ち上がって、あっちだよ。と言って進んだ。いつも以上に頼りなく見えるのはなぜでせう。


 プラスチックのコップを持って、湧き水のある場所へ向かった。そういえば、さっきコーヒーを飲まなかったな、と千尋の持っていたカップを思い出した。湧き水を汲むまで、列に並んだ。


 地元の人、バーベキューをしにくる人が数人集まっている。コップに水を入れる時に跳ねた水が手にかかり、冷たくて気持ちよかった。その場でぐいっと飲んでしまったから、すぐにもう一杯分汲んだ。柔らかくて相当おいしい。ボトルに入れて持ち帰ったら、おかーさん喜ぶわあ。おいしいご飯が炊けるもの。


 広瀬くんは喋らない。めずらしいぞ。さては、何か。企んでるかも?

 なんて考えながら、少しだけ移動して、再びベンチに座った。その後方から、ケンキチさんの笑い声が聞こえた。みんながいる所の、反対側にいるようだ。


 時刻はまもなく十八時半になろうとしていた。呑んだら片付けに戻らなきゃ、と思ったら。


 となりに座ってるはずの広瀬が、視界から消えていた。さては神隠し? ロッカーの中に瞬間移動か? なんてジョークを思いついて一人で吹き出していたけど、すぐに我に返った。ちがうって。さっきまで隣で水飲んでたんじゃんか。なぜ消える、と思って立ち上がると、ベンチの隅にちゃんと居るではないか。


 隅っていうか、ベンチの端? 足が見えるもの。足? それに 端っていうか、ベンチの枠外? っていうかベンチから転がり落ちている。落ちているっていうより、倒れてる。


「……ひゃああ」

 驚くタイミングを間違えると、悲鳴なんてこんなもんである。

地元の人っぽいおじさんが駆けて来て、ようやく私に時間が戻った。鼓動が速まってることにテンポ悪く気付いて、落ち着こうと水を飲んだ。こんなときは炭酸水の方がよかったな、と思いつつ。

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