挨拶 プレゼン Vサイン

 講義が終わっても、私は席を立たなかった。それは隣にいる広瀬くんも同じだった。教室前方では、園山先生が学生と何か話している。それが終ったあと、こちらにやって来る。この絶妙なドキドキが心地いいなあ。私は鞄から企画書を取り出して、待った。園山先生は、まず広瀬くんに用事があるのだ。


「やあ、はじめまして。教員の園山航平です。探したよー、僕じゃなくて、事務員さんが」

 その発言に思わす笑みをこぼす、わたくし浪川絵美。

「はじめまして、広瀬です」

 広瀬くんはそれだけを言って、また頭を下げた。園山先生は簡潔に内容を話してから、こちらを向いた。まさかの展開じゃないっすか。


「浪川さん、今度のゼミのレポート進んでる? それ、もしかしてレポート?」

「え、あ、いや。違うんです。これ、企画書で」

 しどろもどろになった私を見て、広瀬くんが僅かに見を乗り出した。何々? と言って園山先生が、前の席に座った。


「僕たち宇宙研究部、夏に合宿しようと思ってるんです」

 その声に促されて、私は企画書を手渡した。

「え? 広瀬くん、チューケン入ってたの? 知らなかったな。北出のやつ、また名簿更新忘れてるな」

 言いながら、企画書に目を通す園山先生。しばらく読んでる間は少し緊張する。


「へ〜え、結構考えてるんだね。これ、僕も行きたいな。でも、望遠鏡と場所だよね。あとはお金かな。授業の一環ってことにすれば、補助金でるかもね。ちょっと事務に聞いてみようかな。望遠鏡については、沢崎さんに聞いて見なよ。工学部の。アドレス知ってる?」


「あ、北出先輩が連絡とってるみたいです」

「あいつって、そーいうことは、早いよね」

 園山先生がクシャリと微笑んだ。浪川絵美、天に昇れそうでございます。


「すごくいいと思います。今年のその日程は夏休みだし、月明かりがないみたいなんです。調度いいんですよ、すごく」

 広瀬くんが畳み掛けるように言った。抑揚はなかったけど、わざとらしくなくて、自然だった。


「うん。おもしろそうだから聞いて見るよ。これ、もらっていい?」

 園山先生はそう言って席を立った。最後に広瀬くんに、事務員さんのところに行くように念を推して、教室を後にした。


 私は広瀬くんを見上げた。彼は、やったね、というふうにブイサインをしてみせた。

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