第17話 勝利と裏切り

「メタモルフォーゼ・ブラッディランス!!!」

 

 八滴の血飛沫が八本の槍となり、ルールーを貫いた。

 ルールーは乱雑な標本のように残酷な串刺しとなって、地面に縫いつけられてしまう。

 アクーアは絶命を確信し、自身の口元をぬぐった。


「魔族のクセに、魔族の翼をもぎやがって」


 ルールーに背を向けて、もがれた翼に向かって進む。


「まだくっつけばいいんだけど……」


 そんなアクーアの真後ろに。


 ルールーが立った。


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アクーアは恐怖の悲鳴をあげた。


「ど、ど、ど、ど、どうして生きて――」


「わたしの体の半分は、魔力の霧でできている………です。」


 ルールーの体からは、紫の霧が漏れていた。


「刺したぐらいなら………。割と、死にません………。」

「そんな力を持っているとか、アンタいったい――」


 アクーアの体に、ルールーの八連撃が入った。

 喉笛、心臓、両肩、両肘、両足が打ち据えられる。

 それはつい先刻に、ルールーが受けたのと同じものだ。


「わたしは、霧の魔神王お父さんの娘。」

「クソ、がぁ……!」


 アクーアは、悪態をついて倒れた。

 

  ◆


 アクーアには勝った。


「ふうっ………。」


 目を閉じて息を吐く。

 体中にあいていた穴が、みるみるうちに塞がっていく。


(すこし疲れた………です。)


 体の霧が、そこそこ漏れた。

 ごはんを食べて横になり、栄養と体力を補充したい。


(プリン、たべたい………です。)


 スライに作ってもらった、おいしいプリンを思い出す。

 プリンはとても美味しかった。

 プリンに込められた気持ちもうれしかった。

 心の真ん中が温かくなった。

 ぽかぽかとした。

 もっといっぱい、スライと一緒に過ごしたい。

 そんなことを、思うほどに。


 その時だ。

 背後にいびつな気配を感じた。


「もう……やめて。おねがい……。

 やだ……やだあぁ…………」


 五曜星のウッドが、ローティの首を戻していた。

 一度はヒトとして死ねたローティが、怪物として復活させられている。


 特に乳房から下は、完全なビホルーダと化している。

 ヘドロのようにグチャグチャとした楕円形の粘体に、十六の触手がいびつにうごめいている。

 顔や上半身にも、いびつで醜い黒い血管が走っている。

 それは心臓の鼓動に合わせ、冒涜的な脈を打つ。


 醜い。

 生物学的に醜い。


 ローティは、自身の下半身を見て嘆く。 


「なんで……。どうして……?

 ボクは一回、コロしてもらったのに……」

「あなたは私のダークシードで、怪物化しているんですよ?

 首を跳ねた程度で死ねるはずないじゃないですか」

「うあぁんっ、あぁんっ、ああぁんっ…………!」


 ローティは泣き出した。

 いまだ原型が残る整った顔立ちが、涙で濡れる。


「やだあぁ……。もうっ、やだあぁ…………。おねがい、コロしてぇ……!」

「ウフフフフ。心地よいですねぇ。ヒトの悲鳴は本当に、居心地がよいですねえぇ」


 ウッドはローティを後ろから抱くと、胸元のダークシードに手を当てた。

 ほぼ一体化していたそれを、さらに奥へと差し入れた。


「止める………!」


 ルールーは、自身の右手に魔力を込めた。

 魔力の拳を、ウッドに放つ。

 

 パチイィンッ!!

 

 ローティの触手が魔力を弾き、ウッドを守った。

 触手が八本、伸びてくる。

 音の速さで拳を動かす。近寄る触手をパパンと弾く。


(ッ………!)


 触手は速い。

 手数も多い。

 弾いた直後に新手が現れ、休む時間を与えてくれない。

 長期戦になってしまえば、こちらの負けは確定だ。


(いっきに、決める………です!)


 自身の足に力を込めた。

 前に出ようと地を蹴った。


 何かが足を引っ張った。

 木のツルだった。

 体が崩れる。

 それはほんの一瞬だ。

 しかしこの瞬間において、それは致命の隙となる。


「強者の足を引っ張ることが、私の特技で趣味なんですよ。ウフフフフ」


 木のツルを出した男――ウッドはゲスな笑みを浮かべる。

 倒れ伏していたアクーアが、醜悪な笑みを浮かべた。

 喉笛を潰されているがゆえの、ひしゃげた声で言う。


『食われろ、ばぁーか。あぎゃひゃははは!!』


 触手が伸びる。

 八本の触手が、ルールーを拘束した。

 そして触手が――。


 アクーアにも伸びた。


『はっ?』


 触手がふたりを絡め取り、空中に持ちあげた。

 宝物を探るかのように、体中をまさぐりうごめく。

 一本の触手が、ルールーの口に入ろうとした。

 ルールーは顔をそむける。醜い触手が、ルールーの柔肌をグニッと押した。


(くぅんっっ………!)


 攻撃的な魔力を全身に滲ませて、渾身の抵抗をかけた。

 バチィンッ!

 無数の触手が弾け飛ぶ。


「はあっ、はあっ………。」


 荒い吐息を、かろうじて吐く。

 触手の新手が飛んできた。

 ルールーは、後ろに引いて回避する。そのまま背を向け走り出す。


(すらいに、ほうこく。します………です。)


 触手は追うのを諦めた。

 代わりであると言わんばかりに、アクーアを責めたてる。


「んぐっ、かはっ、あっ、はァンッ――!!」


 衣類のあちこちを破られて、あられもない姿で蹂躙を受けている。


「どうして、アタシが、こんな――。

 いやっ、ああぁ…………!」


 湿った穴を好む触手が、口の中に入り込む。

 じゅっぷじゅっぷと音を鳴らして、体の中を乱雑に荒らす。

 白い液が中に出される。

 何度も出される。

 白濁液を出されるにつれて、アクーアの意識は薄れていった。

 白目をむいて、ビクビクと震える。


 麻痺毒だった。

 アクーアに侵入した触手はアクーアの中に、麻痺毒を出していた。


「どうして、あたし、が…………」


 ウッドが答える。


「それはあなたが、『エサ』としての価値しかないからでしょう」


 ウフフフフ、とウッドは笑う。


「純粋に強い。

 または弱さを自覚して、頭を使って立ち回る。

 それ以外の有象無象は、『エサ』としての価値しかない。

 つまりはそういうことですよ」


「んぐうぅ…………!」


 追加の麻痺毒が、中に出される。

 うつろな瞳で小刻みに震え、かろうじて言った。


「おねがい……、たすけて……。

 しぬのいや……。

 しぬの、いやあぁ……!」


「生憎ですが、私は弱い魔族でねぇ。

 怪物化した勇者の末裔を止めることなど、できやしませんよ」


 触手が急速に動き、アクーアの体を引っ張り込んだ。

 ヘドロの体に、アクーアを沈めこむ。


「いやぎゃあぁ…………!!」


 アクーアは涙をぼろぼろとこぼす。

 ルールーの、遠い背中に手を伸ばす。


「たすけて。たすけて。たす、け…………」


 つい先刻の敵に助けを求めるという、支離滅裂の極み。


 命だけでも助かりたい。

 命だけでも助かりたい。

 命だけでも助かりたい。


 それだけを、祈って願って手を伸ばす。


 生きていたい。

 生きていたい。

 生きていたい。


 それ以外、何ひとつない。

 それは自身が追いつめた、ローティの願いと酷似していた。

 アクーアは、それを踏みつけローティを怪物にした。

 そんなアクーアの元に、助けが届くはずなどない。

 ルールーが、助けに戻るはずもない。


(いやあぁ…………!!)


 アクーアは泣きながら、自身が生み出した怪物に取り込まれた。

 アクーアを取り込んだ怪物は、自身の動きをピタリと止めた。

 それは嵐の前触れだ。

 鼓動がドクンと脈打つたびに、ヘドロの体がズムンと膨らむ。


「ウフフハハ!

 すばらしい!!

 すばらしいですよ!!!」


 ウッドは自身の両手を広げ、高笑いをあげた。


「あとはここにやってくる、魔物たちを食らえば完成!!

 我ら五曜星の筆頭にして、世界に君臨する魔神王が一角――冥曜星・ヴリトヴィリラ様の再爆誕ですよ!!!」


 ギルドマスターたちは、北の森のモンスターハザードそのものを、脅威であると思っていた。


 真実は違った。

 人魔大戦から100年以上。

 コツコツと溜めた恨みと力を森の魔物にバラまいて、大軍勢を作る。

 そして魔神王の魂が入った種を、勇者の末裔に植えつける。

 種は勇者の血肉を食らい、萌芽を始める。

 そこに魔物の大軍勢を与え、すべてをエサにしてもらう。

 遠大にして強大な、禍々しさを極めた計画。


「ウフハハハハハハ!!!!」


 ウッドは笑う。

 そんなウッドのところにも、ビホルーダの触手は伸びる。

 ウッドは華麗に回避して、空へと逃げた。


「人類たちが油断を始め!

 大軍勢の準備が整い!

 勇者の末裔が、隙の多い愚か者!

 完璧!

 そして完璧です!!!

 ウフハハハハハハ!!!!」


 生涯最高とも言えるほどに笑う。

 無数の触手が飛んでくる。

 ウッドはそれを回避する。


「すべての軍勢を取り込めば、知性も獲得できるでしょう。

 私はそれまで、距離を取らせていただきますよ」


 離れていった。

 強大なバケモノが、街の中央に取り残される。


 だがしかし、ウッドは見誤っていた。

 人魔大戦が起こってから、現在に至るまでにおいて。

 今がもっとも、計画を始めてはいけない時期であったこと。

 あらゆる綿密な計画を、たった一人で破壊しえる人類最強の奇跡が、そこにいたこと。


 その存在が、計算に入ってはいなかった。


「ウフハハハハ! ウフーハッハァーーーーー!!」


 そんな未来もつゆ知らず、ウッドは高らかに笑い続けた。


――――――――――――

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