第12話 使い魔と燃える魂

 スキル魔神たるわらわは、あるじ様の指示に従いモンスターハザードの左翼へと向かう。


 下位の魔物に自我はない。知能も心も感情もない。

 やつらにあるのはただひとつ。


『食欲』


 人間を食らいたいという、どこから生まれて誰が作ったかもわからない欲求のまま、ヒトの臭いが集まっている都市に向かって突き進んでいる。

 ゆえに陣形も何もない。

 足の速いポイズンウルフやデッドリーボアが戦闘を進み、二足歩行の大型モンスターが後に続く。


 上から見ると、凸の先を尖らせたかのような、玉ねぎのような形になっておる。

 しかし規模は8000万。

 先端の先端ですら、500万に届く。

 小型のモンスターも含むとはいえ、尋常な数ではない。

 

 わらわは空より、右手に魔力をたくわえた。


「空間掌握――――ディメンションウォール!!」


 およそ500メートルの空間を断絶し、通れないようにした。


 傍目には、黒い壁が現れたように見える。

 しかしてそれは、空間の裂け目。

 あらゆる物体や攻撃をそこに吸い込み、落ちればいづこかへと消えてしまう。

 どこにゆくかは、わらわも知らん。


 直進以外を知らないポイズンウルフが、愚かにも落ちた。

 残りが壁を迂回して、中央に集中していく。


「地上はこれで大丈夫じゃの」


 このような壁を一瞬で作れる。

 流石はわらわじゃ。

 自分が強くてほっとする。


(最近のわらわ、あるじ様が強すぎるせいで自信をなくしておったからのぅ……)


 紫の火炎を召喚し、空の敵へとぶつけていった。

 大型のドラゴンを、二体、四体、六体と落とす。

 小型の鳥や大量の羽虫が、わらわを迂回し中央へ向かう。


 流石はわらわじゃ。

 とても強い。

 いやほんと、わらわは強い魔神なんじゃよ!

 あるじ様が、色々おかしいだけなんじゃよ!!


 自分自身に言い聞かせ、右翼のほうをチラりと見やる。

 サイが戦いを始めておった。


「一意専心――――」


 極鉱――要するにオリハルコンの棍棒を背負うように構え、待機しておる。

 警戒心のないポイズンウルフが、サイの間合いに入りおった。


「一意専心!!」


 サイが棍棒をふり下ろす。激しい爆発。そして轟音。

 大地にナナメの地割れができて、ウルフたちは吹き飛んだ。


「相変わらずじゃのぅ」


 やつは器用なわらわと違う。


 力を込めて全力で殴る。


 それしかできん。

 しかしそのひとつでもって、末席クラスとはいえ上級魔神と呼ばれ得る力を身に着けた。

 洗練させたイチの技術は、神々しさも感じるほどの清廉さがある。

 しかし――。

 

 空の敵には何もできない。

 

「はぅあぁっ!!」


 ほんのりかわいい声を漏らして、空の敵を見上げておる。

 普通に石を投げるとか、力を込めて衝撃波を飛ばすとかすれば何とかなりそうではあるのじゃが、そういう応用も効かんのがやつではある。


(大したモンスターではあるまいし、あの程度なら城壁の人間に任せてもよかろう)


 わらわは、そんな風に考えた。

 そしてわらわは、奇跡のような輝きを見た。

 もはや人間かどうかも疑わしい、わらわのあるじ様が、詠唱をしている。


『■■■、■■■■、■■■――――』


 魔導書通りの古代言語じゃ。

 周囲にも、魔法陣が展開されていく。

 しかしその規模が…………。


「あ、あ、あ、あ、ありえん、じゃろぉ…………」


 一般的な魔導士は、ひとつの詠唱でひとつの魔法陣を展開する。

 上級と呼ばれる魔導士になるとふたつ。

 神器の力を借りれば三つ。

 わらわたち上級魔神でも、せいぜい五つが限界じゃ。

 なのに我らのあるじ様は――。


「百……?!」


 しかもその魔法陣のひとつひとつが、必殺の魔力を帯びておる。

 上級魔神のわらわすら、漏らしそうになる勢い。

 というかちょっぴり、漏らしとる。

 先ほど復活させた自信が、早くも消えてしまったのじゃ……。


「はわわわわ……」

 

 右翼のサイも、あわあわと涙目になって震えておる。

 わらわ以上に漏らしていそうじゃ。


 というかアレは漏らすじゃろ。

 全盛期のミスティリア様が、奥様を狙われて激怒した時のレベルじゃぞ。

 上級魔神をダースでまとめて、大陸みっつは吹き飛ばせる。


(あんなものを使ったら、この大陸が沈むのではないのけ?)


 そんな風にも思った。

 しかしあるじ様は、流石に考えていた。


「フレイムウイング!」


 五十の魔法陣が火を吹いた。

 それは中空の弾道で、大型の魔物を焼き払う。


「フレイムウイング!」


 四十の魔法陣が火を吹いた。

 それは高い弾道で、空の魔物を焼いていく。

 

 地上の被害が最小限になるように、最終的には空へと向かう魔法を出してた。

 それでも炎は、蒼い空を紅く染め上げ、魔物たちを余熱で焼いた。


「ファイアーカノン!」


 十の魔法陣は右翼を向いて、サイが撃ち漏らした空の敵を焼いた。


 圧倒的な火力で中央の敵を殲滅しつつ、不器用な仲間への支援も忘れない。

 流石はわらわのあるじ様じゃ。


  ◆


 わらわたちの戦いは続いた。

 壁の隙間からすべり込んでくるコンドル型やビートル型の魔物を、テキトーに焼き払う。

 サイのほうは棍棒を背にして構えておるだけで、魔物どもを牽制しておる。

 あるじ様は強い。もうひたすらに無双しておる。


(あるじ様だけで、よかったのではないけ……?)


 そんなことも思ってしまう。

 しかし相手の強さがどの程度かは、戦ってみなければわからぬ。

 少々過剰と思えるぐらいで、ちょうどいいと言えるのじゃ。

 あるじ様は、そこをしっかり理解しておる。


(戦略眼も一流のお人じゃ)


 心からそう思った。

 その時じゃった。

 群れの奥から、そいつらが姿を見せた。


 三体の大巨人。

 幽鬼のような禍々しさを放っているそいつらは、全員が30メートルを優に超える。


(やつらは……)


 わらわはゴクリと息を飲む。

 伝説級の大巨人・ティーターン。

 無覚醒の状態で現れてもAランク級の強敵となるギガース族が、第四覚醒した姿。


 かつて現れた同種個体はわずか一体で国を滅ぼし、三つのSランクパーティを壊滅させた。

 当時の人類に、成す術はなかった。

 あらゆる土地を焦土に変えて、ティーターンが餓死するのを待った。


 8000万の軍勢を用意するまでもない。

 ただの一体ですら、単体で災害となる存在。

 わらわでも、三体が相手だと勝てん。

 逆らうことが難しい単純な暴力の力を、ティーターンは秘めている。


(ここはわらわたちも、加勢せねばならぬかの……?)


 ティーターンは獰猛な笑みを浮かべて、人類の味にヨダレを垂らし――。


 死んだ。


 ジャンプしたあるじ様が、回し蹴りで首を飛ばした。


 空中で、あるじ様が叫ぶ。


「まずは一体!!」


 短剣を用意した。

 遠目に見てもわかる、オリハルコン製の剣。


「極炎剣!!」


 二本の剣は炎をまとい、長剣に変わる。

 あるじ様は、肩に担ぐように構える。

 剣を振る。

 炎がさらに大きくなった。

 あるじ様の回転切りが、残る二体を真っ二つにした。

 使用した短剣が、真っ二つに折れた。


「やっぱ折れるか」


 この間、0.2秒。

 わらわでも震えるほどの強敵は、出会って0.2秒で死んだ


 あるじ様が地面に降りる。巨人の体が崩れ去る。

 轟音と土煙。

 それらふたつが起きてから、魔物たちは異変に気付いた。


 しかし遅い。

 あるじ様はティーターンの足を持つと、盛大に振り回した。

 魔物たちがぶち飛びまくる。

 適当に加速をつけたところで、あるじ様は手を放す。

 モンスター数百体が、ティーターンに潰されて圧死する。


 戦いが始まってから一時間。

 わらわたち三人は、1000万の魔物を消し飛ばしていた。


 サイが3000。

 わらわが7000。

 あるじ様が999万である。


 あるじ様が強すぎる。

 先ほどがんばってゲットした自信が、再び崩れそうになる。


 しかしわらわは、あれほどに強いあるじ様から、戦闘の左翼を任されておる。

 自信を失ってしまう一方、誇らしい気持ちが湧きあがる。


「わらわももっと、上を目指すべきかのぅ」


 上級魔神の次にある、『魔神王』という高み。

 かつて目指して諦めてしまった、いただきのひとつ。


(今ならそれにも、なれるような気がするのぅ)


 わらわは自身のみなぎるやる気を、魔力に変えてたぎらせた。

 数百年の魔族生活において、もっとも力を出せている。


(数百年も生きてきて、ピークが今さらくるとはのぅ)


 歓喜に震えた獰猛な笑みが、自然と浮かんでくるのがわかった。

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