SIDE ローティその2~王子たちは、本当に無能で~

 回想が終わった。

 三人の猫耳少女たちは思う。


(スライ様の、お話通りになったのですにゃ……)

(スライ様の洞察力は、とにかくすばらしいですにゃ……)

(もはや予言の神なのですにゃ……)


 スライを尊敬するものの、王子に対してはこう思った。


(((ただのアホにしか見えないにゃあぁ……!)))


 三人の猫耳少女は、不安を覚えた。

 しかも間違っていない。


 ローティは王子。

 騎士クルルと魔法使いローザは、騎士と貴族の名門。

 この三人は箱入りで育てられ、世間の常識を学ぶ機会がなかった。


 武道家リスティは、王子に同伴する人物を決めるための、若者限定の武道会で優勝した民間人だ。

 しかし彼女は、己の目的のために動いている。

 パーティのことは、根本的にどうでもよいのだ。


 そもそもの話――。

 王子たちの巡礼紀では、多少の失敗は織り込み済みだ。

 王子をリーダーにして、同年代の騎士をひとり、貴族をひとり、庶民をひとり選んで共に旅する。

 失敗を重ねながらも人間として成長し、王、騎士、貴族、庶民の結びつきを強める。

 そういう目的が、この旅にはある。


 これは初代国王が、無数の失敗と反省を重ねた末に、魔王を倒す勇者へと至ったことに起因している。

 失敗しても、反省すればそれでいい。

 次に生かせば無駄じゃない。

 スライの追放が問題にならないのも、『一度痛い目を見て、反省するならそれでよい』という考えが根底にある。


 この寛容の精神をもってなお、許され難い事態が起こってしまうのではあるが――。


【王子の破滅まであと五日】


  ◆


 増殖期。

 ダンジョン領域のモンスターの増殖量が、平時よりも増える現象である。

 放っておくと、モンスターが溢れ出てくる。

 だから間引く必要がある。

 しかしモンスターが大量に出るため、素材を拾う余裕もなくなる。

 倒したモンスターの素材を拾う前に新手が現れ、戦いの余波で素材が壊れたりする。

 モンスターの素材も貴重な収入源となる冒険者からすると、入りたくない時期である。


「「偵察してきましたにゃ!」」


「遅かったな」


 ローティは、イラついていた。

 騎士クルルたちも同調する。


「たかが偵察に、どこまで時間がかかっているのだ?」

「スライですら、もっと早く動いていたんですけどー?」

「未来の国王と旅ができる栄誉を、もっと噛みしめていただきたいですわ」


 荷物持ちの猫耳少女が思った。


(なんという暴言なのにゃ……!)


 しかし忍者めいた格好をした、偵察役の猫耳少女は思った。


(スライ様のような1億人にひとりの大天才と接していたら、不満が出るのは当然なのにゃ…!)

(むしろにゃーたちが、スライ様に近づけるようがんばるべきにゃ…!)


 偵察役の猫耳コンビは、地図を広げた。


「森の中を偵察したところ、北から200メートルに大型の群れ。

 北東300メートルに中型の群れ。

 北西400メートルに……」


「北が一番近いんだな?」


 ローティは立ちあがる。


「まだお話の途中ですにゃ!」

「囲みを受けないように、端から倒していくのがセオリーで……」


「未来の王に逆らうのか?」


 ローティは、猫耳少女に剣を向けた。


((うにゃあぁーーー!))


 ふたりは震えた。


  ◆


 森の中。

 ローティたちが、魔物の群れを見つける。

 小型の歩くキノコや、大型のキノコマン。

 小さなひとつ目ゴブリンにオーク。

 三メートル級の巨大なトレントに、大型カブトムシなどもいた。


「突撃するぞ!!」


 ローティは突っ込んだ。

 猫耳は驚く。


「作戦ひとつ立てないですにゃあぁ?!」


「唸れ聖剣デュランダル。未来の王たるボクに力を!!」


 ローティは、聖剣を光らせた。

 派手な斬撃を飛ばす。

 斬撃は扇状に飛んで、軌道線状のモンスターや木々を吹き飛ばした。

 背丈の大きいモンスターは、例外なく死んだ。


「大型のモンスターは倒したぞ!」

「それではわたくしの出番ですわね!」


 魔法使いローザが、杖を掲げる。


「三重詠唱!!」


「魔法陣を三つ展開?!」

「ふつーの人の九倍は魔力がないと、できない芸当ですにゃあ!」


「サンダーボルト、サンダーボルト、サンダーボルトですわぁ!」


 三つの魔法陣は、無数の雷撃をモンスターたちへ放った。

 マシンガンめいた雷撃を、しかしかいくぐったモンスターがいた。

 ツノや額に、銀色の光沢をもったイノシシである。

 そのイノシシは、ローティに向かって突撃をかける!


「ここは私が!」


 騎士クルルが前に出た。

 盾を構える。


「シールドバリア!」


 巨大な盾を顕現させると、体当たりを防いだ。

 怯んだイノシシに武道家リスティが迫る。ナックルを光らせて、スカイアッパーを叩き込む。


 一連の光景を見て、猫耳たちは思った。


(言うだけあって、実力はA級上位ですにゃ……!)

(実績と経験さえ積めば、時間の問題でS級も……)


 しかし一連の技は、すべて武具の特殊効果だ。

 初代国王の旅を模すとは言っても、安全弁は当然つける。

 もしも武具を没収されたら、ほぼ全員がD級かC級にまで落ちる。


 ローティが横柄に、荷物持ちに声をかけた。


「何をモタモタやってんだ?」

「ふにゃ?!」


「戦闘が終わったんだ。補給用の魔力ポーションを寄越せ」

「まだ一回しか戦っていないですにゃ!」

「だからなんだよ。ボクのもう魔力はもうカラっぽだぞ」


 ローティたちは、武具で力を引き出している。

 レベル以上の力を武具で強引に引き出しているため、燃費が悪い。

 荷物持ちの猫耳少女は、目盛りがついたビンを取り出して配った。


「スライは逐一言われなくても、すぐに出してきたんだがな……」


 ローティは、ぶつぶつ言いつつポーションを飲む。

 すべて飲み干し、ビンを荷物持ちに返す。


「はにゃあぁ?!?!?!」

「どうした?」

「飲む量は、一目盛りで充分ですにゃあ!

 そんな飲み方をしていたら、すぐになくなってしまうですにゃあ!」

「スライと同じこと言いやがって……」


 ローティの目の色に、憎悪めいたものが混じった。


「それはただの常識で……」

「魔力とは別に、ノドも乾いていたんだよ!!」

「ノドなら水でも……」

「ボクは未来のレイブレイド国王だぞ?! そんなケチ臭いマネができるかよ!」


 ローティは怒鳴ると、ひとりで先に進んでしまった。


「ローティ様を怒らせるとは……」

「ちょっと常識なさすぎるんですけどー」

「帰ったら、処罰も覚悟しておくことですわね!」


(みんな才能はあるのに、頭が悪すぎて台無しにしているですにゃあ……)

(スライ様からの依頼がなければ、とっくに逃げてるとこですにゃあ……)


 偵察コンビがそんな風に思ったところ、荷物持ちの少女がふたりにささやく。


(こんな王子がリーダーでは、このクエストは失敗するにゃ。

 退路の確保と撤退準備を、意識しなから進むんにゃ)

「「はいにゃ!」」


 ねこねこハウスのリーダーは、極めて優秀な人材であった。

 現実的な範囲で先を見据えて、堅実な対応を取れる。


 一見すると、当たり前の行為。

 しかしいついかなる状況であれ、当たり前のことを当たり前に考え、当たり前にできる。

 それは意外と難しい。

 当たり前のことが当たり前にできる人材は、極めて貴重で優秀なのだ。


 しかし愚鈍な人間は、『当たり前』を軽く見る。

 破滅に向かう、王子ローティのように。

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