人類最強の冒険者、追放されて無職になったから自由に生きる。

kt60

第1話 追放と無双。

 冒険者の酒場。

 オレはリーダーの王子に問いかけた。


「正気で言っているのか?」


(ごはん!)


 手の横で赤色のスライム――レスラーが、ぷるぷると震える。

 オレはレスラーを抱っこしてごはんを食べさせながら、王子に尋ねた。


「オレを追放して、この先どうやってやっていくつもりだ?」


 王子が叫ぶ。


「お前のやっていることなんか、荷物持ちや偵察じゃないか!」


 ローティ=レイブレイド。

 災厄を倒し国を立ち上げた、初代国王の血を引く王子。

 ただし実際の性別は女。

 第一王子は成人するまで、男として育てられる。


「はー」


 オレはため息をついた。


「なんだその態度は!

 お前は今のこの瞬間、ボクのパーティを追放されたんだぞ?!

 ボクの下にいればあった出世も、みんなパァだぞ?!」


「それがどうしたって言うんだよ」


(ぼくも、ごはん!)


 青色のスライム、ブルースラも、ぷるぷると震える。

 オレはもちろん、ごはんをあげる。


「この無礼者!

 初代国王でもある勇者様ゆかりの聖地を旅する『巡礼紀』のメンバーに選ばれたことが、どれほどの名誉かわかっていないのか?!

 それを外されることが、どれほどの不名誉かも!!」


 次に叫んだのは、黒髪の女騎士クルル。

 剣閃は鋭く、断ち切れないものはないと言われている。

 盾として活躍することも多い


(だっこ! ごしゅじん、だっこ!)


 黄色のスライム、キースラが、オレに飛びついてきた。

 レスラーやブルースラより、少し小さくかわいい個体だ。

 オレは抱きとめ、よしよしと撫でた。


 女武道家、リスティも続く。


「確かにアンタの偵察や荷物持ちは、便利ではあったわよ?

 でも戦闘ではどう? 

 後ろで立ってるだけじゃない。

 それなのに報酬は、敵を実際にやっつけるアタシやクルルとおんなじ。

 おかしいって思わない?」

 

 オレはスライムのみんなで、お手玉をして言った。


「完璧な支援と補給でお前たちを万全に戦えるようにしているオレの報酬が同じ。

 それは確かに、おかしいかもしれない」


 ただの事実を、淡々と続ける。


「だけど仲間だ。

 平等に分配するのが、当然じゃないか」

 

 三人が、あっけに取られた顔をする。

 オレはレッド、ブルー、キースラを、お手玉した。


(おてだま!)

(わーい!)

(たのしい!)


 魔法使いの巻髪少女が、どうでもいいことを言ってきた。


「そもそもあなたは、どうしてローティ様に敬語を使わないのですか?!

 不敬罪で処刑されてもおかしくないことですのよ?!」


 オレはみんなを、肩と頭に載せて言う。


「前にも言ったじゃないか。

 オレはじーちゃ……先代の王から、サポート係を任されてここにいる」


 鋭い視線で言ってやる。

 

「立場は対等だ」


「そうだとしても、王族に対する敬意というものがあるのではなくって?!」


「敬意は捨てて、思ったことは言ってくれ。

 それがじーちゃ……先代の遺言だ」


 オレの本当のじーちゃんは、オレが生まれた時には他界していた。

 父さんも、早い時期に死んでいる。

 その父さんと仲がよかった先代の王が、育ての親でじーちゃんだ。

 そのじーちゃんから、言われていた。


『王族に媚びないで、思ったことを言ってほしい。ワシの息子にも孫にも』


(じーちゃんが死んだときのこと、思い出しちまったなぁ……)


 ほんのり切ない気持ちになった。


(ごしゅじん……なく?)

(ごしゅじん、なく、かなしい。)

(ぷるうぅ……)


 三体のスライムが、切なげに震える。


「大丈夫だよ」


 オレはみんなを、優しく撫でた。

 オレがあまりに相手にしないせいか、王子がキレた。


「お前のそれも、今日までだがな!

 ボクは明日で16歳! 立派な成人を迎える日だ!!」


(確かにサポートの依頼も、『ローティが成人するまで』だったな)


「王子のボクに平れ伏しもしないでスライムばっかり見ているお前なんか、今すぐに消えちまえ!!」


「改めて警告しておくが、オレが努めていた役割と言えば……」

「荷物持ちだろ!!」


 ペッ!

 ローティは、オレにツバを吐いてきた。

 まぁしかし、食らうほど鈍くはない。

 カラの皿でガードする。


「グッ……」


 ローティは歯噛みした。

 屈辱をかき消すかのように叫ぶ。


「さっさと消えろ! お前なんか用済みなんだよ!

 スライムオタクのキモ人間!!」


「やれやれ」


 オレはスライムのみんなを肩と頭に乗せたまま、席を立った。

 ローティたちに背を向けて、冒険者ギルド公認の酒場を後にする。


 こうしてオレは、無職になった。

 今後オレが何を言っても、(29歳・無職)と後ろについてしまう。

 それは少し悲しかった。

 

 でもその代わり――。

 

 オレは自由に毎日を生きる(29歳・無職)


  ◆


 街の中。頭の上のレスラーが言った。

(ごしゅじんー)


「どうした? これからの心配か?」


(ごはん、だいじょぶ?)

(ごはん、だいじょぶ?)

(ごはん……)


 みんな揃って、ごはんの心配をしていた。


「大丈夫だよ」


 オレは水筒めいた入れ物のフタをあけ、スライムフードを取り出した。

 オレが作った、サイコロ状のドライフードだ。


(ごはん!)

(うれしい!)

(ごしゅじん、だいすきー!)


「行ってみたい場所は、たくさんあるんだ」


 オレは地図を広げた。


「世界中の遺跡やダンジョンを回りたい。

 色んな強敵と戦ったり、未知の遺跡を探索したりしたい」


 それは無職ではなく冒険者じゃないか?

 そう思う人も、いるかもしれない。

 しかし職業としての冒険者は、ギルドを経由し依頼を受ける必要がある。

 最低限こなさなくてはいけない依頼の量も決められており、自由が少ない。


「まずは南50キロ先にあるSSランクダンジョン――『霧海の古代城』に行ってみるか!」


(どんなスラいる?)


「それは不明だ」


 オレはグッと手を握り締めて言った。


「だからこそ、誰も見たことのない魔物やスライムがいるかもしれない!!」


 29歳の無職になったオレは、爽やかな気分で新しい生活を始めることにした。


  ◆


 かなり遠めの高台に、うっすらと城が見える。

 手前には、濃霧。

 霧の空間に手を差し入れる。

 1メートル先だって満足に見えない。


「自分の手すら見えなくなるのに、城だけは見えるんだよな……」


 あの城を目指して、過去何人もの精鋭が足を運んだ。

 しかし城に辿りつけた者は、誰ひとりとしていなかった。

 Sランク級のパーティが挑んだこともあったが、城に張られた防御結界を破れず戻った。

 ゆえにギルドは、定めたのだ。


『SSランクダンジョン・霧海の城』と。

 

  ◆

 

 オレたちは、霧海の中を進んだ。

 キースラを頭に載せて、レスラーとブルーが斜め前の配置だ。


(じめん、あぶない!)

(せまい!)


 レスラーとブルーが警告してくる。

 オレは目を閉じる。


(魔力感知!)


 視力ではなく魔力で、空間を見た。


 ヤバかった。


 幅1メートルほどの細い足場が、蛇のように曲がりくねっている。

 足を踏み外した先には、トゲの地面が待っている。

 即死になるのは間違いない。

 事実無数の白骨死体が、そこにはあった。


「おかげで助かったよ」


 オレはスライムにごはんをあげた。


(おいしい!)

(うれしい!)

(ごしゅじん、だいすき!)


 そのまま進む。

 城の手前へときた。

 しかし薄い結界が張られている。

 その結界の周囲には、やはり無数の白骨死体があった。


 オレは指先で結界に触れる。


(バチンッ!)


「これが噂の、Sランクパーティを諦めさせた結界か」


 手のひらをかざし、目を閉じる。


「しかし魔力の流れからして、解除できないことはなさそうだな」


 などと思ったその時だ。


(おいしい!!)


 キースラが、結界にくっついていた。


(しげきがすごい!)

(くせになるバチバチ!)


 レスラーやブルースラも、結界をもぐもぐしている。


「ダメだろお前ら。勝手に食べたら」


 ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。

 オレはみんなを、軽く叩いた。


「毒になる結界だってあるんだからな?」


(もうしわけない。)

(しゃざい。)

(ごめんなさい。)


「わかったならヨシ!」


 オレは食べるのを許可した。


(ごはん!)

(おいしい!)

(くせになるバチバチ!)


 ◆


(まんぷく。)

(まんぞく。)

(すやぁ……)


 みんなが、満足そうに転がった。

 結界には、綺麗な穴があいている。


 オレはみんなを肩と頭に乗せて、城へと向かった。


 城の前。

 門番がいた。

 体長三メートル級の、巨大なサイクロプスである。

 しかもかなりメタリックな、白銀の武装をしている。


『我はあまねく大陸の精霊を支配する、偉大なる王の城を守護する門番。

 300年ぶりの客人よ。何用であるか』


「特に用はないよ。

 自由になった記念の探索にきただけ」

『ふざけているのか?』

「大マジだぞ」

『粛清が必要なようだな』


 サイクロプスは、自身の棍棒を振り上げた。

 オリハルコン独特の輝きを誇る白銀の棍棒が、オレの前に降りてくる。

 するりと避わした。


 ドゴオォンッ!

 

 轟音と共に、地面が激しく抉られる。


「直撃すると、タダじゃ済まなそうだな」

『おのれっ!』


 サイクロプスは、攻撃を続ける。

 だがオレは、ことごとくを回避する。


『なぜ当たらんっ! Sランク級の力を持つ我の攻撃を、どうして易々と回避し続けていられる!』

「お前の動きが、バレバレだからさ」


 オレは解説してやった。


「オレは20年以上もの間、自由すぎるみんな〈スライム〉と接して、何を思っているのか理解できるようになった。

 ぺちゃくちゃしゃべるお前の動き、わかるのが当然だ」


『しかし避けているだけでは、大陸の精霊を支配する偉大なる王の城を守護する門番である我を倒すことはできんぞ?!』


 オレは答えない。

 肩や頭のみんなに、(いけるか?)と尋ねた。


(だいじょうぶ!)

(ボクたち、おなかいっぱい!) 

(おなかいっぱいは、つよい!)


 みんなはオレの肩と頭の上で、ぷるぷると震えた。

 巨大な魔法陣が作られる。


『オリハルコンで作られた我のヨロイは、災厄竜〈カラミティドラゴン〉の息吹ですらも弾き飛ばすのだが?』


「解説ご苦労」


 オレは淡々と答えてやった。

 魔法陣が回転していく。

 キュイィン――。甲高い音が鳴る。

 回転数が増えるに連れて、膨大な魔力が渦を巻く。


『いや。

 待て。

 そのエネルギーの奔流は……』


「城ごとぶっ壊しちまうか」


 オレはそっぽを向いた。


「あっちに放て」


 エネルギーが放出される。

 それは霧海に穴をあけ、空の雲にまで届く。

 雲にぶわりと穴があき、宇宙へと伸びた。

 衝撃の波が、星全体を包み込む。

 ふくらんでいたみんなは、元のサイズへと戻った。


 オレはサイクロプスに言った。


「通してくれるか?」

『はい』


 オレは城へと向かった。

 ふと思う。


(それにしても、『偉大なる王』ね)


 王と聞くとどうしても、ローティたちを思い浮かべてしまう。


(今後やっていけるのかな?)


  ◆


 side ローティ


「やりましたね! ローティ様!」

「彼の態度には、目にあまるものがありました」

「先代の王が許可していたとか、そんなことは関係ないです!」


「そうだよな。次はボクが王様なんだ。先代とか、関係ないよな」


「むしろ優しすぎましたね。

 パーティを追放するのですから、ローティ様のおかげで稼げていた資金なども返却させるべきでした」

「そんなことしたら、借金まみれになっちゃいそー」


 ケラケラと笑う。


「ちなみに今後は、どういたしますの?」

「わたくしたちは、Sランクダンジョンもクリアできる実力者でしたが」

「それでも一人抜けたんだ。確実にクリアできるクエストで、連携を確認したい」


「流石は次代の国王となるローティ様」

「客観的事実関係から冷静で的確な判断をくださる!」

「まさしく王の器ですわ!」


「そうだよな。ボクは、間違っていないよな!!」


 王族に媚びる者で集まる。

 この状況こそ、王が危惧していたことであり――。


 ローティの、破滅への序章。


  ◆


「ローティ様」

 ギルドの受付嬢が、ローティに声をかけた。

 北の森が、魔物の増殖期に入ってしまったのですが…」


 王の子だから王になるのを、民衆はよしとしない。

 自ら剣を振るって戦い、実際に役に立つ。

 そういう姿を見せてこそ、民衆はついてくる。

 三代目から続く方針である。

 

 実際問題、『生まれた時から玉座でふんぞり返っていた王』と、『王子のころには魔物退治をやってくれたり、隣の家のスミスさんの飼い猫探しを手伝ってくれたりもした王』なら、後者のほうが親しみが湧きやすい。

 

 だから面倒な依頼も、王子にはやってくる。


 ローティは、女騎士クルルに尋ねた。


「北の森の難易度は、増殖期でもDだったよな?」

「その通りです。

 私たちには軽すぎますが、連携を確かめる上ではちょうどよいかと」

「討伐タイムの最短記録を達成できちゃうかもね! 和を乱すお荷物がいなくなったから! プークスクス」


 四人は笑った。

 王子たるローティが、わずか10日後に怪物化することも知らずに。


  ◆


 サイクロプスを避けたオレは、城の中に入った。


 荘厳だった。

 しかし悲しかった。

 かつては優美であったろう絨毯が古ぼけて、あちこちが埃だらけとなっている。

 無数にある扉も朽ち果てて、扉の役割を果たしているとは言いがたい。

 オレは正面を進み、階段を登った。


「崩れ落ちそうだな」


 そんな感想が自然と漏れた。


 一際大きな扉の前に立った。


「鍵がかかっているな」


 みんなに尋ねた。

 

「あけれるか?」


(まずそう!)

(いや!)

(ほこり!)


 そんな会話をしていると、頭の中に声が響いた。


(この扉は、大広間より伝わる扉から進める『六つの試練』を突破しなければ開かん……)

(しかして我は、貴殿を歓迎する……)

(『六つの試練』を乗り越えて、我がいる玉の間まで……)


 声が色々響いていたが、オレは右腕に力を込めてた。

 スライムのみんなから、魔力を直接受け取っていく。


「開錠パンチィ!!」


 ドゴオォンッ!!

 魔法の扉をぶっ飛ばす!!!


「えっ……?」


 扉を破壊した先には、魔族の王らしき貴公子がいた。

 玉座に座っている。


 オレは言った。


「王家〈じーちゃん〉直伝の開錠魔法。

『右ストレートでぶっ飛ばす!』」


「それはただの物理では……」


 貴公子は、ドン引きしていた。


「それでも扉をあけたことは、称賛に値する」


 貴公子は立ちあがる。


「この魔神王が一角、濃霧のミスティリアが相手をするに、相応しいと言えるであろう」


 魔神王。

 それは300年以上昔に、人類の8割を喪失させたと言われる人魔大戦の怨敵。

 しかし伝承に残る強さがあまりに現実とかけ離れているため、存在を疑う学者もいる。

 少なくとも一般人には、『歴史』よりも『神話』に近い。


(本物だったら、かなりの強敵になるが……)


 などと考えていると、衝撃波が飛んできた。

 オレはスッと回避する。

 地面が異様な形に抉れ、技の威力を物語る。


「いきなりだなぁ」

「謝罪はしよう」


 貴公子の背中から六枚の羽が生え、強そうな姿に変化する。


「だがしかし、娘の命がかかっていてね。

 キミの力を、一刻も早く見たいのだ」


 オレは肩に乗ってるブルースラとレスラーを、ぽんと叩いた。


(わかつた。)

(はなれる!)


 二体はオレから、ぽよぽよと離れる。


「それじゃあオレも、奥の手を使わせてもらうぜ」


 オレはそれっぽいポーズを取った。

 全身が光り輝く。


「その姿は…?!」

「雷の魔力を携えたスライムと一体化して、雷神と化した」

「異種族合成だと?!

 そのような真似、ただの人間に行えるはずが……」


「お前が城に引きこもってる間、技術が進歩したんだろうよ」


 オレは構える。


(確かに私は数百年もの間、外に出ることはできなかった。

 しかしそれを差し引いても、他種族との融合などできるはずが――)


「どうした? 自分から仕掛けておいて、やめようって言うのか?」


 その一言に、ハッとした。

 ミスティリアは構える。


「虚仮脅しではないことを期待しよう」


 互いが地を蹴り、激突しようとした。


  ◆


 戦いが始まった。

 まずは拳の打ち合いだ。

 あいさつ代わりの10連撃。

 互いの拳が魔力を散らす。

 オレの拳は、雷を中心にした金色の魔力。

 ミスティリアの拳は、霧のような紫の魔力。


「すばらしい力だな!!」

「お前こそ、オレと互角とはやるじゃないか」


 距離を取る。回転して足刀。

 ミスティリアは回避し、オレの足を取った。

 投げられる。

 オレは宙で体勢を制御し、壁へと着地。

 ミスティリアが眼前に迫ってきていた。


 拳。

 壁が激しくぶち壊されて、ガレキが舞い散る。

 オレはミスティリアの背後に回る。


「瞬間移動か?」

「高速移動だ」


 拳を撃とうとしたものの、ミスティリアは『ハアッ!』と気を放つ。

 ただの気であると言うのに、バッファローに突撃されたかのような衝撃。

 オレは後ろに吹き飛ばされた。


 ミスティリアが魔力弾を飛ばす。

 激しい爆発。

 舞う煙。

 オレは電撃のバリアを張っていて無傷。


「すばらしい」


 再び何度か打ち合った。

 花火めいた爆発音、城内に響く。音がひとつ鳴るたびに、城全体がゆれる。

 しかし打ち合いはオレが優勢。

 生まれた隙を見逃さない。


「これで終わりだ!」


 右の腕に雷の魔力を込めて、ミスティリアの腹部に渾身の一撃を放つ。

 しかし拳は、虚空を切った。


「っ?!」


 ミスティリアの体が、霧のようにぼやけていった。


「私は『濃霧』のミスティリアだ。体を霧に変えられるのは、必然の理」


 ミスティリアの体が、部屋中に満ちていく。


 拳がきた。

 オレは迎撃しようとするが――。


(当たらない?!)


 にも関わらず、殴られる。

 濃霧の中から声がした。


「霧の濃いところと薄いところ、両者を使いわけることで一方的に相手を攻撃できる」


 無数の拳が飛んでくる。


「これが私の、魔神王たる由縁だよ!!」


 オレは滅多打ちにされた。

 ひとつひとつが、岩をも砕く破壊力の拳。

 それでもオレは、光明を見た。


「霧がお前だって言うんなら――」


 全身に魔力をため込む。


「すべての霧を、吹き飛ばす!!!」


 全方向に、雷撃を射出した。


「グアアアアアアアアアアアアアっ!!!」


 ミスティリアの絶叫が、響き渡った。


  ◆


 玉座の間。

 意識を戻したミスティリアが言った。


「まさか私が、敗北するとはな」

「オレは人類最強だからな」


 オレのじーちゃんは、英雄史の中でも歴代最強候補に挙げられるほどに強かった。

 そんなじーちゃんから修行をつけてもらっていたオレは、当然強くなくてはいけない。

 そうじゃなければ、じーちゃんの強さが疑われてしまう。


 だからオレは、強くなければならない(29歳・無職)


「負けた私が、反論することはできんな」


 ミスティリアは、フッと笑った。

 玉座に向かって手をかざす。

 グオゴゴゴ。

 玉座が動き、階段が現れた。


「頼みをひとつ聞いてほしい」


  ◆


 コツ、コツ、コツ。

 オレとミスティリアは、螺旋階段を降りる。

 全体的に薄暗い階段であるが、ミスティリアが右手から炎を出して全体を照らしている。


「ヒトにも色々いるように、魔神王も色々でね。

 ヒトと苛烈に争っていたのは、六体のうち三体だ。

 私と言えば、挑んでくるなら戦うし、殺意を持ってくるなら殺す。

 ヒトにも魔族にもそれを繰り返していたら、魔神王と呼ばれるに至っただけの存在だよ」


「そうだったのか」

「そもそも私は、『ヒト』を妻としていた」


 ミスティリアは不意に、足を止めた。


 視線の先には肖像画。

 ゆったりとした、温和そうな女性。


「君が今まで見てきた中で、二番目に美しい存在だろう?」

「一番じゃないのか?」

「一番は私だ」


 ミスティリアは言い切った。

 しかし次の瞬間に、温かな苦笑を浮かべる。


「妻がそう言ったからな」


 心の底から愛していたことが、端的に伝わる笑顔であった。


「しかしそんな妻と私を超越する美が、300年前に生まれた」

(これほどの妻好きが、妻の上に置くっていうと…)

「娘か?」

「彼女が生まれてから16年。私たちは幸せだった」


 ミスティリアは、寂しげに笑った。

 再び階段を降りる。

 最下層についた。

 みっつの扉が、そこにはあった。

 開け放されてからっぽになった部屋がふたつに、閉じたままの扉がひとつ。

 ミスティリアは、閉じた扉に手をかけた。


  ◆


 扉の先は宝物庫だった。

 中央では宝石がつまりにつまった水槽のような入れ物があって、右には武具。左にはショーケースめいたものに入った本や薬が並んでいる。

 そもそも壁や床からして、純度の高い魔石が使用されてる。


(壁や床を切り取って売るだけで、一生遊んで暮らせそうだな)


「これはキミが、協力してくれた場合の報酬だ。

 ここにあるすべてを、好きにしてよい」


◆水槽いっぱいの宝玉。

 100人の人間が、一生遊んで暮らせる。


◆聖剣の鞘

 ある高名な聖剣の鞘。

 腰に差しているだけで持ち主の傷を癒やす。


◆安息のオルゴール

 一時間の眠りを八時間分に引き上げてくれるオルゴール。


◆エリクサー。

 死亡以外の、あらゆる傷を完治させると言われている霊薬。


◆救済の宝玉。

 霧海の古代城に眠る至宝。

 無念の中で死にゆく者が、宝玉を砕いた時に発動。

 その者の魂を霧が包んで、現世に留める。


 救済の宝玉は台座に乗せられ三つ並んでいたものの、一番左のみ台座から消えていた。

 ショーケースにも、一番左を乱雑に取ったような破壊跡がある。


 オレは浮かれるよりも先に思った。

 

「これほどの財宝を報酬にする頼みってなんだ?」


 ミスティリアは無言で、宝物庫の奥へ進んだ。

 ほんのわずかに、変色している石を押した。

 壁が動く。

 奥にいたのは、鎖に繋がれた少女。

まだまだ幼くあどけない雰囲気を放っている。

しかし胸元はなかなかの成長を遂げており、目の毒な部分もあった。

 ミスティリアは言った。


「娘に未来を与えたい」



――――――――――

完結するまで、毎日更新の予定です。

面白かったり続きが気になったりしたら、星をよろしくお願いします。

三つあるとうれしいです!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る