第十九話 プレゼント


 本日の締めはショッピングであった。

 色とりどりのお店で、溢れんばかりのグッズを売っている。


 それを遠目に眺めながら、梨紅はしょんぼりしていた。


 さすがに二回続けて怒られたのは効いた。

 しかも黒歴史時代病んでいた頃の自分を、詠に見られたのだ。

 すでに子供姿から戻り、カウンセリング魔法までかけてもらったので、完全回復はしているのだが、気分は果てしなく落ち込んでいた。


 ちゃっかり者の香夜は怖くて混乱してやってしまったと目を潤ませながら謝っていた。

 本当は怖いものも平気なのに、詠には完璧にカモフラージュしていてバレていないところが腹立たしい。

 それは幼少期より徹底しているので、詠は香夜が本気で怖いものを苦手だと思っているのだ。


 梨紅も真摯に謝ったが、気分は落ち込んだままだった。もちろん医務室送りにした由希にも謝った。優しい微笑みで気にしないでと言ってくれたが、彼の目が死んでいた。

 カウンセリング魔法が彼の心を掬いあげてくれると良いが。


 香夜が、詠とお揃いのお土産を買うのを溜め息をつきながら見ていた。

 今日は詠とキスをして、彼との関係を前に進められるかもと思っていたのだが、蓋を開けてみればこの結果。盛大に空回りして終わってしまった。

 そんな沈んでいる梨紅を詠がちらりと見てから悩んだ末に、カップル専用コーナーのお揃いグッズの中から一つ、香夜の目を盗んで手にとっていた。それを梨紅はまったく気づかなかった。

 仲良さげな兄妹の姿にため息をつくばかりである。


 帰りの道中は平和であった。

 詠とお揃いのマグカップを手に入れた香夜はそこそこ機嫌が良かったし。レナは無表情ながら何か(詠と香夜を結ばせる次の作戦)を考えているのか静かであった。

 由希とまりあは疲れて半分船を漕いでいる。

 詠は、無事生還することができたと胸を撫でおろしていたし、梨紅は落ち込んでいた。


 最寄駅にて由希、まりあ、レナとは解散した。

 特に会話もなく、詠と梨紅と香夜は家路につく。

 隣同士の家。

 タイミング良く扉が開く。

 深月である。


「おかえり、お前たち」


 窓から見えた自分たちをわざわざ出迎えてくれたらしい。

 彼女はまず三人をそれぞれ観察するように見やり、詠と香夜を見て何事もなかった様子にホッとし、進展がなくあきらかに落ち込んだ様子の梨紅を見て苦笑した。


「義母さん、ただいま! 見て兄さんとお揃いのマグカップよ!」


 はいはい、と深月は義娘が相変わらずブラコンであることに呆れながら、その頭を撫でた。

 そんな彼女が詠に目配せをした。

 めざとく詠のポケットが膨らんでいること、またチラチラと梨紅を気にしていることに何かを察したのだ。

 深月は土産話を聞かせてくれと梨紅を家に引き入れた。


 取り残される詠と梨紅。

 梨紅は気分が上がらないまま、わかれを切り出そうとしたが、詠に呼び止められる。


「これ」


 ポケットから取り出し、渡されたのはオシャレな小さな紙袋。

 開けると中からペアのブレスレットが。


「これって……?」


「あげる。元気だしなよ、梨紅がそんなんだとこっちまで調子が狂うからさ」


 照れ隠しなのか、そっぽを向いて詠が言う。


「〜〜〜〜っ!」


 梨紅はじわじわを喜びが湧いてくるのを感じた。

 しかもよくよく見るとカップル限定のペアブレスレットだ。


「対のブレスレットをつけている人を想うと音が鳴る魔法具なんだってさ」


 たしかに小さな鈴がついている。振っても鳴らないがそういう仕組みがあるのか。


「……ボクと一緒につけようと思って買ったの?」


「いや、これはたまたま……っ。そう、香夜の目を盗んで買えるチャンスに、手にとったのが、これだっただけだから!」


 すごい照れてる。

 梨紅は嬉しくなって、すぐに自分の分のブレスレットを身につける。


「じゃあ、はい!」


 そして、対のブレスレットを詠に渡した。


「一緒につけよう!」


 イヤなんて言わないよね? カワイイ幼馴染とお揃いだよっ、と笑みを向ける。


「あ、ああ」


 詠は言われるままに、いそいそと装着した。

 お互いの手首にブレスレットが光った。梨紅は感情が抑えられないようにその場でジタバタと足踏みをした。


「香夜には内緒だからね!」


 そう言い残すと、跳ねるように自分の家に向かって扉をくぐった。


 キスはできなかったが、これはこれですごく良いのではないか。一生に残る思い出である。

 梨紅は自然と頬が緩み、ブレスレットを見つめては終始ニヤニヤと笑っていたため、母親から頭は大丈夫かと心配された。

 そんなことも気にならないくらい、ご機嫌な梨紅であった。


 今思い出せば、これが世界が変わっても、いつもそこにあった日常──それが壊れる最後の平和だった。

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