第十六話 彼は忘れていた


 プールの監視員に助けられた詠たちは、たっぷりとお怒りの言葉を頂戴した。

 最後には、魔法は使えないようになっていたはずなのに、どれだけ想いを込めて使ったのかと呆れられた。特に怒りの冷めた梨紅はしょんぼりしていた。

 こう見えても社会性のある彼女だ。反省しているのだろう。


 また、説教も受けておらず、怪我もなかったまりあが赤い顔をして一番憔悴している気がしたが、気のせいだろう。なぜかその横では無表情ながらツヤツヤした顔のレナがいたが。


 医務室で回復魔法を受けて完全回復した一同。キリが良いので、昼食をとることにした。


「さて、どうするべきか」


 詠は味をまったく感じられない食事をしながら、午後にまわる残る三つ季節をどれにするか意見を戦わせている光景を視界に捉える。

 もちろん梨紅と香夜の二人が言い争っているのだ。


 いい加減飽きなさいよ、なんなの? 不倶戴天の敵同士なの?

 言うまでもない、その通りである。

 詠は今世での戦争終結を諦めるように深く深く息を吐いた。


 手元の携帯水晶スマホを取り出し、ルーレットの無料アプリをダウンロードする。選択肢を、秋、冬、春、と入力し、スタート。

 結果を読みあげた。


「午後は──秋のテーマパークに行きます」


 詠の言葉に言い争いをやめて、二人がバッと彼のほうを向く。


「詠!」


「兄さん!」


「反対意見は受け付けません」


 詠は疲れ果てた声で告げる。

 目的はすでに戦争終結から、無事に生還することにシフトしていた。


「……詠が決めたならボクはそれでいいよ」


「……わたしもそれで構いません」


「よし、では喧嘩をやめて平和に食事をしよう」


 そう言って目の前の白いルーをひと匙口に含む。

 ようやく味を感じた。

 どうやら詠が今まで食べていたのはシチューではなく、激辛ホワイトカレーだったようだ。



 ●△◽️



 秋のテーマパークのウリは、ハロウィンパーティであった。

 魔法で子供の姿になり、さらに仮装してテーマパークをまわることができる。


「じゃあ仮装したら、あの大きなカボチャの前に集合しよう」


 女性陣とわかれた詠は由希と共に男性用貸衣装部屋兼更衣室に向かった。

 それを見送った詠の顔からストンと表情が抜けた。


「なあ、俺たち生きて帰れるよな……」


 思わず漏れたその言葉に、由希が力なく微笑んだ。


「回復魔法で対応できる範囲であれば、なんとかなるんじゃあないかな……」


 女性陣の前では平気なふりをしていたが、お互いに午前中のプール出来事を引きずっていた。

 まさかプールで轢かれるとは思っていなかったし、信じられない速度で水面に叩きつけられるとも思っていなかった二人だ。


 秋のテーマパークではどんな波乱が待ち受けているのだろう。


 由希は無言で詠の背中をぽんぽんと叩いた。


 アンニュイな気分で貸衣装部屋に入る。


「いらっしゃいませ〜。どのような衣装をお求めですか〜?」


 カボチャ頭に仮装した職員が脳天気に声をかけてくる。

 不思議な空間だった。カボチャ色を中心に紫、緑、黒の内装。鏡に羽が生えて浮いている。


 二人は顔を見合わせて頷きあう。


「特に希望はないので」


「お任せで」


 覇気のない声でそう告げる。


「あらら、お若いのに人生に疲れ果てた中年サラリーマンみたいじゃあないですかですかぁ。ヤダぁ〜?」


 クネクネと身体を捻る職員変人を死んだ魚のような目で見る。


 反応がないことにカボチャが首を傾げた。


「あら、もしかしてカウンセリングが必要なレベルまで心が疲弊してますか〜?」


 無言。


のテーマパークは、まさにそんなあなたたちにうってつけですよ〜!」


 本来なら子供には不評で、大人に大人気なテーマなのですが、と付け加えて秋エリアの説明をしてくれる。


 曰く──

 人生に疲れきって気力が湧かない。

 大人になれば誰しもが悩みを抱えて我を忘れて楽しむということが難しくなる。


 誰であれ悩みのない童心にかえって楽しみたいと思うことがあるでしょう。

 そんな望みを叶えます。


 カボチャ頭が魔法のステッキをふりふりする。


「──『皆様ぁ! 童心にかえって、これでもかと遊び倒してください〜!』──」


 一瞬で視界が低くなり、服がぶかぶかになった。

 浮かんでいる鏡を見ると、十歳くらいになっていた。


「なんか?」


「うん」


 子供になったら気分一新した。

 先程までの憂鬱な気分など遥か彼方である。

 ウキウキワクワクが止まらない。


「次は衣装チェンジでございます〜!」


 さらにステッキを一振りすると、詠たちから、ぶかぶかの服が吹き飛ばされる。

 パンイチだ。


「──『微々でぃ・バビでぃ・武〜!』──」


 太古から伝わる変身の呪文を唱えながら、さらにもう一振り。

 

 光が集まって服になる。


 由希は吸血鬼。

 髪は少し乱れたオールバック。

 赤い瞳に真っ白い肌、血の気のない唇からのぞく鋭い犬歯。

 怖い仮装のはずなのに、子供タレントのような可愛さだ。


 詠は、狼男。

 まんま狼顔になるのではなくファンタジーの獣人のようなイメージ。

 狼耳が頭にあり、しかも動く。鼻の上を横断する傷ペイント。口からは鋭い犬歯。赤い革製の首輪に短い鎖付き。手は肉球と鋭い爪、尻にふさふさしっぽ。

 鏡に映る自分を見た。

 いや、かわいくね?

 楽しげにしっぽが揺れる。


「やっべぇ! オラ、ワクワクしてきたぞ!」


 テンションマックスだった。

 著作権に喧嘩を売っているのになんとも思わないくらいにはイケイケであった。


「さあ、夢の世界にいってらっしゃい〜」


「「いってきまーす!」」


 二人は秋のテーマパークへ走り出した。その先の未来に不安など微塵も感じなかった。



 ●△◽️



 集合場所で待つこと15分。

 待ち人たちは現れた。


 詠は素直に感嘆の声をあげた。


「わあ、みんなかわいい!」


 梨紅は小悪魔。

 まりあは、天使。

 香夜は、魔女っ子。

 レナはランドセルを背負った小学生。


 レナだけ方向性が違うが、全く気にならなかった。子供にルールはない。どこまでも自由なのだ。


「詠! どうかなっ?」


 梨紅が元気よくターンする。

 黒のフレアワンピースのミニで、十歳児になっても足の長さは健在なので、小悪魔姿がすこぶる似合っている。頭にツノと、背中に小さなコウモリ羽があり、羽はパタパタと動いている。八重歯がちょーキュート。

 また、それよりも目をひいたのたが、髪の長さだ。ベリーショートになる前の──あの頃の梨紅の姿だ。

 少し胸が切なくなったが──

 それよりも子供に戻ったことで、思春期特有の男女の遠慮がなくなり、親友そのままであった頃の想いに立ち返っていた。


「梨紅すごい! 悪魔だ! かっこいい!」


 褒め言葉も照れることなく発せる。まんま子供の感想だが。


「えへへへへ」


 梨紅が身体をくねらせながら照れ笑いする。

 そうだ。梨紅はこんな可愛い仕草もする子供だった。

 そのまま二人の時間になりそうだったが、そこに香夜が割り込んだ。


「おにいちゃん、どう?」


 そういえば、この頃はまだおにいちゃん呼びだった。

 昔の香夜は病弱で、ベッドの中からよくおにいちゃんと呼ばれたものだ。

 未来の彼女はあんなに元気になるのに。

 ちなみに今の香夜の姿は、黒の三角帽子に、膝丈の黒マント。下は黒タイツを履いており露出しているのは手と顔だけだ。箒が彼女の周りを衛星のように浮いている。完璧な魔女っ子だ。


「香夜、かわいいよ」


 昔のように頭を撫でる。

 香夜は俯いてはにかむように笑った。


 まりあは、隣の由希に天使姿を披露している。

 由希は子供になっても如才なく相手を褒めていた。

 まりあの天使姿は、白のミニワンピース。小さな白い羽が生えており、頭上に光る天使の輪。

 マジモンの天使だった。

 由希と二人で並ぶと子供タレントにしか見えない愛くるしさである。


 ちなみにレナの見た目──というか身長と容姿はほとんど変わっていなかった。

 驚いたことに全員が十歳になると、彼女の身長が一番大きい。

 子供服にランドセルを背負っているが、小学生の時はまさにこんな感じだったのだろう。

 それを見て詠は聞いた。気になってしまったし、子供に遠慮はないのだ。


「レナちゃんて、昔は背が大きい方だったの?」


 こくり。


「まわりがどんどん伸びて追い越されていくから切なかった」


 珍しくレナが落ち込んでいるように思える。無表情だからわかりにくいが。


 ぽんぽん。


 詠は優しくその背を叩いた。

 子供には子供の悩みがあるものだ。


「まあ、悩みなんて忘れて遊びに行こうよ」


 きっと楽しいに決まってるのだ。

 そして笑顔で号令をかけた。


「さあ、みんな! 遊びに出発進行〜っ!」


 意味もなく駆け出し、全員が笑顔でそれに追随する。

 詠の心は晴れやかであった。

 みんな童心にかえっているのだ。

 これからは大きなトラブルなど起こるはずがない。


 だが──


 詠は忘れていたのだ。


 第一次梨紅香夜戦争は、梨紅が六歳。香夜が五歳のときに勃発し、幼心にトラウマを植えつけられたことを。

 また女の子は総じて早熟であり、十歳の頃には詠に対する恋心を抱いていたことを──

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