第十四話 策士


 集合場所に現れた四人は、女神と見間違えるくらいには可愛かったが、詠は脂汗を流しながら苦悩した。


 褒めるべきか、褒めざるべきか。


 思春期特有の気恥ずかしさ── あまりの危機感にそんなものはぶっ飛んでいる──から悩んでいるのではない。どちらを選択すれば梨紅VS香夜の戦争が勃発しないかを危ぶんでいるのだ。


 まず、片方だけを褒めるのは、絶対にNGだ。両方褒めるにしても差があってはいけない。だが同じように褒めても相手に差があると思われればそそこで終わる。ならば水着が似合っているかどうかコメント自体を控えるべきだろうか。


 唸っている詠を尻目に、由希がさらりと言う。


「みんな、とても似合ってるよ。こんな綺麗な女性たちと一緒に行動できるなんて光栄だね」


 そうだろう、と由希が詠に同意を求めてくるが、上記のことで悩んでいたので、まったく反応ができず固まったままだった。

 そんな詠に苦笑すると、由希はこちらの背中を軽く叩く。そのことでようやく、詠はハッとしたように由希に目線を向けた。


「ごめんね。美しい花たちに見惚れて声もでなかったみたい」


 由希の言葉に女性陣はまんざらでもない表情を浮かべた。

 もちろん梨紅と香夜も。

 言葉も出ないほど見惚れるというのはヘタな褒め言葉に勝ることが証明された。


 ──ナイスだ、由希!


 これでひとまず戦争は回避できた。

 由希が笑みを浮かべながら、こちらに向かって片目をつぶった。

 彼のフォローがあれば、生きて遊園地から帰ることができるかもしれない。

 詠は一筋の希望を見つけた気持ちになった。



 ●△◽️



 香夜は目の前にいくつも浮かぶ巨大な水球を見上げた。

 水球と水球は水の流れでつながっており、そのうちのいくつかがダイナミックに捻じねている。夏のテーマパークのウリであるウォータースライダーだ。


 香夜はレナとアイコンタクトを交わした。

 ここまでは、香夜の作戦通りに進んでいる。

 作戦の第一弾は、夏のテーマパークにて実行されるのだ。


 梨紅にことごとく邪魔されることなど想定内。むしろ邪魔されることも作戦に盛り込んでいる。だからわざと夏の反対、、の冬のテーマパークを希望した。案の定、梨紅はその反対の夏のテーマパークを挙げて、香夜が渋々折れたように見せかけた。


 まんまとこちらの策にハマる梨紅は見ていて滑稽であった。

 腹の中で黒い笑みを浮かべながら、作戦に移る。


 この作戦の一歩目は、由希をこちら側の策に引きずり込むこと。

 香夜とレナは気づいていた。

 由希の視線がそれとなく梨紅を追いかけていることを。それが梨紅に対する淡い恋になる前のほのかな好意であると。それは彼女たちがつけいる隙にはなる。

 また、それをまりあが見ていて、複雑な憂い顔をしてるのも把握していたが、今回無視する。


 それを利用すれば、彼を引きずり込める。


 作戦のキモは二人乗りのウォータースライダーである。


 世の中には、吊橋効果というものがある。

 そう恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いしてしまうというアレだ。


 このウォータースライダーは、最高速度がギネス世界記録の最のウォータースライダーなのである。


 この吊橋効果に香夜の魅力をあわせれば、詠に自分を意識させることができる。

 だがそれはあくまで──きっかけだ。

 切り札は、この溢れんばかりの想いを込めた言葉告白だ。


 この世界は、想いがすべてである。

 詠に意識させることにより、咄嗟に告白を断わらせなければ──

 そう、断る言葉を口にさせなければ、兄の心を香夜の色に染めてみせる。

 兄妹という倫理観がどうでも良くなるようドロドロに。


 その布石として、如何にして詠とペアになるか。


「香夜、どうしたんだ?」


 ぼうっと水球プールを見上げる香夜を詠が気遣う。


「なんでもないよ、兄さん」


「そうか、ならよかった。結構暑いから水分補給は怠らないように」


 そう笑いながら言うと、梨紅に呼ばれて詠は歩いていった。


 まずは、プールで思う存分遊ぼう。

 それにより、梨紅たち──詠や由希を含む──を油断させることもできるし、香夜も純粋に楽しむことができる。無邪気に遊ぶ様を見せつけることも策のうちなのだ。

 しばしプールで思いっきり楽しんだ。


 そして、みんなのテンションは必然的に上がる。

 誰かがウリであるウォータースライダーに乗ろうと言うのは、香夜にとってわかりきったことだった。


「アレ! アレに乗ろう! 絶対楽しいよ!」


 特にアクティブな性格の梨紅などは。

 香夜は再びレナにアイコンタクトを送った。


 作戦の開始である。


 レナは反応を返すことをせず、即座に行動に移った。



 ●△◽️



 メインのウォータースライダーへ移動する最中、レナは由希に接触した。


「由希せんぱい」


 由希は一瞬だけ身体を硬くしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「レナちゃん、どうしたの? やっぱり怖い?」


 この戦は現在、三つ巴である。

 詠を狙う、香夜とレナ。

 敵対する、梨紅とまりあ。

 中立たる、詠と由希。


 香夜の陣営であるレナに声をかけられて警戒をするなというのは無理であろう。

 だが、攻略法いくらでもあるのだ。


「協力してほしいのです」


「協力?」


 由希が首を傾げる。声は柔らかいが瞳の奥には警戒心の光が覗いている。

 それを理解しつつ、レナは無表情のまま首を傾げて言った。


「パンフレットをご覧になっていないのですか? 今向かっているスライダーは、──ペア乗りです」


 由希の笑顔が固まった。


 スライダーは様々な種類がある。

 子供が乗っても大丈夫なもの、一人用のもの、もっと大人数で浮き輪型のボートに乗るもの、今向かっている浮き輪を2つ連結させたボートに乗って滑るカップル用のもの。


 ウォータースライダーに乗ろうと声をあげたのは梨紅だが、それにこう告げたのは実はレナだった。


 ──そういえば、ここには最高速度がギネス世界記録の最のウォータースライダーがありましたね。


 その場では、ペア乗りなことは言わなかった。言うと詠と由希が反対するからだ。ちなみに由希はこのウォータースライダーが二人乗りという情報は知っていたが、浮かれすぎて脳の隅に追いやられていた。俗にこれを油断大敵という。

 もちろん梨紅はテンションMAXで、それに乗ろうと目をキラキラさせていた。


 由希がなんとか気を取り直したのが表情からうかがえた。

 レナはそれを確認してから続ける。


「ペアによっては、この先の展開が荒れると思ったので、その対策を事前に練りたいのです」


 レナの視線は、詠を挟んで火花を散らす香夜と梨紅がいた。それをまりあがなんとか宥めようとしている。


「荒れるとは、また大人しい表現を使うね」


 まあ、実際に起こり得るのは実力行使による戦争だが。


「正直に言うと香夜とおにいさんがペアになって欲しいですが──、ここは公平にクジでペアを決めることを提案します」


「クジ?」


「はい。男性陣と女性陣でペアになるようにしたいですね。女性の方が多いので私を男性側としてカウントするつもりです」


 そうすると──

 男性陣、詠、由希、レナ

 女性陣、香夜、梨紅、まりあ

 そのように分かれる。

 男性グループ内、女性グループ内でそれぞれクジを引き、ペアになる。


「私たちから提案すると、梨紅せんぱいを警戒させるので、由希せんぱいから提案していただけると助かるのですが」


 由希は少し考えるように視線横にずらした。


「彼女たちの衝突を防ぐなら、男同士、女同士でペアになるのが一番平和な解決策だと思うけれど」


 レナは瞳をぱちくり。


「私は同性愛にも理解があります──いえむしろ推奨派ですが、ここではやめた方が良いかと」


「断じて違うからね!」


 レナは咳払いを一つして、仕切り直した。


「それが受け入れられる土壌があるのなら、それでも良かったですが」


 レナは首を横に振る。


「その提案は、下手をしたら暴動が起きます」


 詠と仲を深めたい香夜と梨紅がそんな提案を許すはずはなく、最悪の場合、彼女たちがはタッグを組んで反抗してくる可能性がある。


 仮に受け入れられた場合も、万が一香夜と梨紅がペアにでもなろうものなら目も当てられない。

 世界最高速度のウォータースライダー上で殺し合いが起きるかもしれない。


 由希は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


「ですから、全員に公平なクジを提案したのです」


 由希が苦笑をうかべた。


「その言葉に裏がなければ素直に頷けるのだけれど、ね」


「もちろん、ありません──と言っても信じてもらえないでしょうが、私はこの方法で香夜とおにいさんがペアになると確信していますから、本当に裏はないのです」


「それは──イカサマで?」


「いえ、そんなことをしなくても香夜の想い、、で詠とのペアを引き寄せることができると信じているのです」


「それは、魔法、、を使ってという意味かな?」


「いいえ、もちろん魔法でズルはしないです」


 そもそも魔法の腕では、主席入学したあなたに私も香夜も敵いませんし、仮に私たちが魔法を使ってイカサマしても見抜ける自信がおありでしょう、とレナは続ける。


「そこまで自惚れているわけではないけれど、確かに君たちの魔法を使ったら見破ることができるだろうね」


 お互いに笑みをかわす。


 ここでレナは彼に悪魔の囁きを落とす。


「この提案をのんでいただければ由希せんぱいにも利益があります」


「へえ、どんなだい?」


「梨紅せんぱいとペアになるチャンスが生まれます」


 純然たる運に身を任せるだけで、ですとレナは囁く。


 由希は笑みを崩すこともなく、特に大きな反応もしなかった。

 しかしレナは由希の瞳の光がわずかに揺れたことを見抜いていた。


「もちろんペアになれるとは限りませんが、香夜とおにいさんは絶対にペアになります。私は男側でクジを引くので、梨紅せんぱいか、まりあせんぱいか、確率は1/2です」


 ──由希せんぱいの想いが強ければ、梨紅せんぱいとペアになれると思いますよ。


 特に由希は言葉を返してこなかった。

 仮にレナの話が本当ならクジで梨紅とペアになる可能性が生まれる。ペアになれたら、それは偶然の賜物であり儲けものだ。しかもイカサマであれば、どのような魔法であったとしても看破することができる。

 そんな由希の思考が手にとるようにわかった。


「男性陣のクジは由希せんぱいが持っていて構いません。女性陣のクジはまりあせんぱに持っていてもらいます。まず男性陣から引いて、その結果を見てから女性陣が引くという段取りでいかがです?」


 男性陣と女性陣で引く順番を分けることで両方をイカサマしないよう由希せんぱいが見張れますよね、と告げる。


 由希がレナの言葉を吟味する様に目を細めた。


「いいよ、今回だけその提案をのもう」


 レナはバレないようにグっと拳を握った。彼女なりのガッツポーズてあった。


「交渉成立です」


 レナは無表情でそう言い、心の内で黒く笑った。


 もちろんこの提案には、裏がある。ガッツリとイカサマを仕掛けるつもりだ。


 ──ただし魔法、、のではない。

 普通、、のトリックでだ。


 警戒されているレナが、わざわざ魔法でのイカサマをしないと宣言することによって、あからさまに怪しいと思わせた。

 マジシャンが利用する心理・視線誘導ミスディレクションという技術の応用だ。

 魔法に自信のある由希はまんまと引っかかった。魔法が使われていないか十二分に警戒してくれるだろう。

 しかも、どのようにしてもイカサマができないのでは、と思わせるクジ引きのやり方も提示した。なにせレナと香夜がクジに手を触れるのは、引くときだけだ。

 絶対に不可能だと思わせておいて思考の間隙を縫うのがトリックの本質なのである。

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