第十話 デバガメと天使


 次の日の放課後、部活に向かう梨紅はあからさまに不貞腐れていた。

 なにせ、あの香夜に初めて負けたのだ。

 しかも魔法、、で。


 その戦後処理をした詠はあきらかにやつれていて、しかも──首すじにキスマークを刻まれていた。


 衝動的に詠の首の皮膚を抉り出そうとしたが、彼に必死に止められた梨紅は半泣きで慣れない回復魔法を使わざるを得なかった。これまた癪なことに、香夜の妄執が染みついた赤い痕は、回復魔法を何度も弾き返し、その度に梨紅は歯軋りをした。まるで詠に対する想いが負けたような気分を何度も味あわされたのだ。


 結局、消すことはできたが、喧嘩に負けたことを含め、陸上部での敗北以上の屈辱であった。この魔法世界はとことんまで梨紅に理不尽を強いるようだ。必ず元の世界に戻してやる。


 梨紅は手に持つ栞に視線を落とした。

 これを三人いる状態で本に挟みさみさえすれば、世界は元に戻る。

 そのためには、香夜をコテンパンにしてから本を奪取し、彼女を踏みつけにした状態で栞を挟む必要がある。


 詠は、あの日の香夜にはアリバイがあると言っていたが、犯人は女に決まっているのだ。

 深月さんに部屋に缶詰にされたと聞いたが、あの女ならば窓から抜け出すことなど訳もない。ボク達の邪魔をするために隠れて様子を見ていたに違いないのだ。


 香夜を負かすために、気は進まないが魔法についても学ばなければいけない。勝算ができるまで本の回収は延期せざるを得ないなと思いつつ、栞を制服のポケットにしまった。

 そして、部室に向かっていると、騒がしいことに気づく。


 数人の女子に囲まれているヒョロガリ男子がいた。

 リーダー格の女子の手には一眼レフデジカメがあった。

 ヒョロガリがどもりながら、返してと訴えている。

 囲んでいる女子──どうやらバレー部──の中に、亜麻色の髪をゆるく波うたせた巨乳美人──まりあがいたのでこれ幸いと声をかけた。


「どうかしたの?」


「あ、梨紅ちゃん。あのね──」


「梨紅ちょうどいいところに、これ見てよ!」


 まりあが答える前に、リーダー格の女子が吠えんばかりに口を開いた。

 差し出されたのはデジカメであり、そこにはまりあの写真がたくさん。

 際どい写真はなかった。

 ある意味、写真コンクールで入選も狙えるのではと思えるほどレベルも高い。だが、いかんせん。ヒョロガリ男子──佐々木健二ささきけんじのようなキモオタに、この世代の女子は嫌悪感が先にたち生存権を与えない。

 謙二の容姿や雰囲気が悪すぎるのだ。

 ヒョロガメガネのワカメヘアー、常に猫背で暗い雰囲気。話すときに目を合わせずいつも吃っている。

 しかも盗撮であることには変わりはない。


 よくよく話を聞くと、帰宅しようと歩くまりあと、それをコソコソつけまわす謙二。それを部活に向かっていた女バレ部員たちが見つけてこの騒ぎに発展したらしい。

 よくぞ謙二を止めてくれた、バレー部のファインプレーだ。


「この……ッ、気持ち悪い!」


 女子にしては見事な前蹴りが、佐々木の腰にヒットした。


「あぐぅ!」


 苦鳴をあげて謙二はいとも容易く倒れ込んだ。

 その機会を逃す女子はいなかった。

 すぐに足で小突きまわし、リンチに発展した。

 さすが全員体育会系。手が出るのが早い早い。


「や、やめてよお……っ」


 頭をかばって謙二は蹴られるままだ。

 すでに声は半泣きである。


「こんなもの……ッ!」


 カメラを地面に叩きつける。


「ああっ!」


 それを慌てて拾おうとした謙二を罵倒しながらさらに蹴って蹴って蹴りまくる。


「あのあのあの!」


 我らが天使であるまりあが慌てたようにそれを止めようとしていたので、梨紅は嘆息しながら女子たちに声をかけた。


「ストップ。まりあを助けてくれたのはありがたいけど、少しやり過ぎだよ」


「うーん、まあ……、梨紅がそう言うなら」


 梨紅の言葉に渋々ながら女バレ部員たちは矛をおさめてくれた。


「ひっ、ひぃ……っ」


 謙二が這々ほうほうていでカメラを手に取ると、レンズは割れ、筐体にヒビが入っていた。電源もつかない。


「ぁぁあああ……っ、うぐぅっ、ううぇ、えっぐ……っ」


 壊れたカメラを抱えた彼は泣いていた。


 哀れだが、同情はしなかった。

 梨紅もこのようなナヨナヨしてはっきり物事が言えない男は嫌いなのだ。しかも親友を盗撮していたし。

 そんな謙二相手にも天使まりあは優しく接していた。


「大丈夫?」


 落ちたメガネを拾い、ハンカチで涙を拭いてあげていた。


「──『直って』──」


 魔法で壊れたデジカメを直す。


 謙二を気遣いながら、まりあは困ったような笑顔で、隠し撮りはしないでほしいなとお願いしていた。


「は、は、はい……」


 謙二は吃りながら謝罪して、顔を真っ赤にして、その場を離れていた。


 あれは、完全に惚れたな。いや、元々写真の被写体は、まりあだけだったのだ。より深く惚れられたな思うべきなのか。まりあも罪な子だ。

 この前、由希のことがちょっと気になると照れながら言っていたので、謙二に望みは全くないのに。


「あまり優しくしない方がいいよ。勘違いされてストーカーになられても困るでしょう?」


 まりあは苦笑しながら言う。


「謙二くん、優しい子だと思うよ」


 相変わらずこの子は天使である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る