第六話 魔法世界の日常


 友達ができた。


 名を西城由希さいじょうゆきという。


 こいつを一言で表すなら『完璧』

 眉目秀麗。頭脳明晰。才色兼備。文武両道。これらのすべてが当てはまる。

 もちろん女子にモテまくりという事実上思春期男子の敵にしか思えないのに、男子からも好かれている(一部マジで惚れていると噂あり)僕という一人称がいやみにならないやつだ。

 隣にいるとなにかと比べられて、男としてのランクの違いを見せつけられている気分になるが、現在の──魔法世界初心者の詠にとっては生命線なのだ。

 なぜなら追試のための勉強を見てもらっているからである。

 時刻は昼休みを示している。

 休み時間を潰して勉強につきあってくれる良いやつだ。


 梨紅は隣で中学からの親友である秋本あきもとまりあに勉強を教えてもらっている。

 彼女はショコラのようにあまくやさしい。常にやわらかい笑みを浮かべ、梨紅の世話を焼いてくれる。おとなしい性格のまりあと梨紅は、なぜか気があい仲が良い。詠は現世の聖女ではないかと半ば本気で思っている。

 胸が大きく母性にあふれているので女神かもしれない。

 そんな彼女は、亜麻色の髪をゆるく波うたせ、大きな瞳をほそめて梨紅に放課後に行われる試験のヤマを教えている。


「それにしても、よくこの学校に入れたね」


 悪気はまったくなさそうに由希がそう言った。

 ここぞとばかりに言い訳したかったが、我慢である。まさか受験勉強でやらなかった科目があるとは言えるはずもない。


 元の世界に戻ろうとも、原因と思われる『本』は見つからず、日々の生活に追われ、追試の勉強に追われ、なんとかやってきたが、いつまでもこの生活を続けて良いわけがない。


 だが元に戻す手段がない。

 そもそもあの『本』があればもとの世界に戻れるのかも、冷静に考えてみれば疑問である。


 先行きに不安を感じ、梨紅に視線を向けるが、彼女は魔法理論に頭を悩ませているが、それなりに順応しているように見える。石の上に三年というやつだろうか?


 詠はいまでも水晶のテレビには慣れないし、ホウキや絨毯で空を飛んでいる人々を見ると目眩がする。なにより香夜と魔力交換を続ける日々を続けると人としてダメになりそうな気がする。


 ちなみにホウキや絨毯にも道路があって、その上を飛ばないといけないらしい。道路には転落事故対策の魔法がかけられており、高さ制限、速度制限もあるとう。道路の上を飛ばなくてもいいのは魔力値がよほど高くないと許可がおりないそうだ。


 思考がずれた。今は放課後の再試験のために少しでも魔法理論を脳みそに詰め込まなければならないのに。いくらなんでも追試の追試を受けたくない。


 梨紅も気持ちは同じらしく、この追試をクリアしてはやく部活に行きたいとぼやいていた。

 梨紅は陸上部に仮入部をしていたが追試のため、まだ一回も出れていない。


 小学六年生のとき両親を亡くし、中学の三年になるまで親戚中をたらい回しされていた約三年間、詠は梨紅と離れ離れになっていた。海外から戻ってきた叔母の深月に引き取られ元の家に戻ってきたときには、梨紅は中学陸上界ではそれなりに有名なスプリンターになっていたのだ。

 確かに身体を動かすのは好きだったが、全国大会に出場できるレベルの陸上選手になっていたことに驚いた記憶がある。


 そんなに走るの好きだったっけ? と聞くとお前のせいだ! 顔を赤くして怒られた。意味がわからなかったが、とりあえず百回ぐらい謝らされた。とにかく彼女は走ることが三度の飯より好きなのだ。もちろん詠は好きではないので帰宅部だ。


 いかん、また意識がそれた。

 今度こそ集中して勉強に身をいれ、なんとか追試をクリアした。

 もちろん梨紅はウキウキと部活に向かって走っていった。



 ●△◽️



 負けた。


 梨紅は走ることが大好きである。好きが高じて中学3年生のときの陸上全国大会、短距離走百メートルで準優勝したこともある。

 それが、同じ中学校出身の今まで一度も負けたこともない、歯牙にもかけたこともない娘に負けた。

 負けた理由は明らかだ。

 この魔法世界のせいだ。

 先生も言っていた。


 ──想いが強ければ、それは世界の法則を書き換える力となる。


 ということはなにか?

 自分の走ることへの想いが、あんな小娘に負けたとでも言いたいのかっ、この世界は!


 梨紅は歯をきしませて、あまりの怒りに目の前が真っ赤になった。

 そんなことは許せない。

 どんな想いで今まで走ってきたと思っているのだ。

 あいつに追いつきたいと必死に走ってきたのに。


 今でも時々夢に見る。小学生の自分が、走る電車を追いかけている。それに乗るのは詠だ。

 どんなに懸命に走っても追いつけず、すぐに見えなくなってしまった。

 子供心に思ったものだ。

 もっと走るのが速ければ追いつけたかもしれない。そうすればあいつを掴まえて、ずっと一緒にいられたかもしれないのに。

 もちろん今もそう思っているわけではない。ただあれは無力だった自分のトラウマなのだ。


 3年前、いやもう4年前になる。詠の両親が亡くなり、妹の香夜とともに親戚の家に引き取られることになった。ずっと一緒だと思っていた幼馴染の突然の別れ。


 梨紅は泣きに泣いた。それを見て香夜が泣きまねをしながら影で笑っていたのを憶えている。邪魔者がやっといなくなった、これで兄さんはわたしだけのものよ。詠に隠れてそう囁いてくれたことを憶えている。


 そして3年ぶりに帰ってきた詠は妹にベッタリになっていた。俗にいうシスコンというやつだ。あいつは必死に否定するが間違いない。

 思い出したらムカムカしてきた。同時に走りだ負けた悔しさもぶり返してきて、梨紅はキッと魔法世界の象徴である世界樹を睨みつけた。


 心のどこかで、このままでも良いかと思っていたが、自分がアマかった。こんなふざけた世界すぐに元に戻してやる。

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