③新大陸にて

 ここは未開地だ。鬱蒼と生い茂るジャングルの中。日が暮れてきた、夕方。


「わっ」

「よっ」


 どたりと、リディが尻もちをついた。向かいに立つオルヴァリオが、ふうと息を吐く。


「……もう。いつの間にか追い越されて。全然歯が立たなくなっちゃったわね」


 ふたりは剣の稽古をしていたのだ。オルヴァリオに差し出された手を取って、リディが立ち上がる。


「どうだろうな。自覚はあんまり無いんだ」

「ま、やっぱりあんたには才能があったってことね。あたしの目に狂いは無かったのよ」


 以前は、リディの方が強かった。速度も反応も体捌きも、彼女から学んだ。

 だが特級となった今では、オルヴァリオの方が強い。リディどころか、ルクシルアのトレジャーハンターで1、2を争うほどになった。それが意味することは、つまり。


「じゃ、次は俺とだぜ。オルヴァリオ」

「……エフィリス」


 ルクシルアナンバーワン、『炎のエフィリス』に並んだということだ。

 ここはオルヴァリオ達が見付けた新大陸。エフィリスや他の特級ハンターを募って、調査に来ているのだ。今やエフィリスと同じく、オルヴァリオもルクシルアの英雄扱いである。


「剣術比べだ。炎は出さねえから安心しな」

「……分かった。本気で行くぜ」

「始めっ!」


 仲間のハンターの掛け声で、始まった。リディは服に付いた砂や葉っぱを叩いて落としながら、切り株のひとつに座った。


「やれやれ。もう付いて行けないわ」

「リディさんも相当強いわよ。この調査団の中でも五指には入ると思うし。あのふたりが別格なだけ」

「…………マル」


 隣にはマルが居た。彼女はリディと同じくらいに背が伸びており、身体付きも成長している。あけすけに言うとリディより巨乳でもあった。


「良かったの? 息子ちゃん、まだちっちゃいでしょうに」

「職場……孤児院で預かってもらってるから。今は、あの子よりエフィリスの方が心配」

「へえ、エフィリスが心配?」


 マルは最年少だが、既に1児の母である。父親は勿論エフィリスだ。彼女の長年の恋が実った形だが、エフィリスは家にほとんど寄り付かないらしい。


「……わたし達、まだ結婚してないんだよ」

「えっ。そうなの? ……って、確かに式に呼ばれて無かったわね」


 マルがエフィリスの子を身籠ったのは、あの『ネヴァン商会』事件の後処理の時だ。その後国に帰ってきてからも、役所にも行っていない。


「急に、不安になっちゃって。新大陸なんて、『未確認』の未開地だし。このままもし居なくなっちゃったら、って」

「…………」


 マルは、母親であるが。まだ若い。10代である。リディには、彼女の気持ち、願いがよく分かった。


「つまり、マルとしてはもっとイチャイチャしたいのよね」

「…………!」


 ぼっ。と音がした錯覚がするほど、マルの顔は物凄い速度で茹で上がった。


「…………うん」


 そして、か細い声で頷いた。


「よっしゃあ! まだまだ若いモンにゃ負けねえぞぉっ!」

「おおおおお! エフィリスの勝ちだ!」


 歓声が聴こえて剣術比べの方を見ると、オルヴァリオが転がっていた。どうやらまだ、エフィリスの方が強いらしい。


「エフィリス!」

「ん」


 リディが、大声で呼んだ。マルは顔を手で隠してしまった。


「どうしたよリディ」

「マルが、言いたいことあるって」

「あん?」

「…………え。えっと」


 挙動不審ぎみに、リディを見る。彼女からは、ばちんとウインクを貰った。


「……あのね、エフィリス」

「? おう」

「……………………っ」


 しかし。マルから続く言葉は出てこなかった。何と言えば良いか。今まで、顔を見ても子供の面倒を見ないとか、家に帰らないことを愚痴るくらいだった。だが実は、それは寂しさの裏返しだったのだ。この新大陸へ来ては、もうマルはあの頃の恋する女の子に戻ってしまっていた。


「……ふむ。じゃあ早えけど俺は疲れたから休むぜリディ。あとよろしくな」

「ええ。ごゆっくり」

「!」


 エフィリスは、動物的察知能力によってそれを見抜いた。彼にも、少し負い目はあったらしい。マルを抱き上げて、テントへ向かって行った。

 それを見送って、リディは。


「……さて。あたしも負けちゃった男を慰めてやりますか。おーいオルヴァー」


 自分もイチャイチャしようと思ったのだった。

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