②孤独

「よし。じゃあ日が暮れる前に火を起こすか。シア! やってみるか?」

「うん!」


 川の側で、馬車は止まった。それぞれが夕食や寝床の準備に取り掛かる中、エフィリスがシアを呼んだ。


「いつもは俺が剣で火を付けるんだが、まあ今回は特別だ。ほら」

「わっ」


 既にサーガが薪を用意していたらしい。エフィリスはシアに、四角形の箱を手渡した。


「……これは何?」


 箱の大きさは握り拳ふたつ分くらいで、シアはまじまじとそれを観察する。


「火付けセットだな。久し振りに買ったんだ。ほら、ここをこうして、ここをドツくと火が付く訳だ」

「えっ。……火打ち石、みたいな?」

「詳しい原理は知らねえ。まあ昔は火打ち石携帯してたんだがな。今は良い時代になった。……お前さんの時代はもっと良いのがあったんだろうな」

「…………うん。ライターって言って、こんな大きさで、片手で火が灯るの」

「マジかよ」


 こんな箱はシアは知らない。文明と歴史が違えば、こういうこともあるだろう。そもそも、地球と同じ性質の鉱物であるかどうかも分からない。


「きゃあっ!!」

「だっはっはっはっは!!」


 火が付く瞬間は、強烈な光と音が鳴った。シアは声を挙げてひっくり返ってしまい、エフィリスが爆笑を始めた。


「なんだなんだ。楽しそうだな」


 そこへ、オルヴァリオとリディがやってくる。


「ああ、火付けセットね。オルヴァもあんた、最初はそんな声出してたわね」

「いやそりゃ、ビビるだろ。いきなり火が飛び出て来るんだぞ」

「はっはっは! 新人あるあるだな! ほらまだ種火だシア。消すなよ」

「……うぅ。……なんか意地悪された気がする」


 いやに楽しそうなエフィリスを見て、リディは溜め息を吐いた。


「………………」

「? どうしたのシア」

「えっ。いや……」


 シアは、炎を見て固まっていた。聞かれても、曖昧に答えた。

 思うところがあったのだ。


「(……『自動障壁オートバリア』が発動しなかった。あんなに吃驚したら出ると思ったんだけど)」


 シアは、クローンである。オリジナルは『池上白愛』という、古代のお姫様だ。彼女は、姫としてこの時代の人間には無い『能力』が備わっていた。


「(やっぱり私は、シロナじゃない。シロナの能力は何も受け継いでいない。だとしたらやっぱり、戦えない。戦う術が無い。皆と冒険は、できないよね……)」


 それは、精神力を物理的なエネルギーとして発揮させるものだった。あの時代にはそんな能力者が沢山いた。それを使って、戦争をしていた。『精神戦争マインド・ウォー』と呼んでいた。あの、グロリオ・ギドーが使った『紫色の珠マインド・ポゼッション』も、それに準じるものだ。


「食べないのか」

「わっ」


 ふと、目の前に皿が出された。肉と野菜のサラダである。反射的に受け取ると、クリューが隣に座ってきた。


「……エフィリスさんに、火の起こし方を教わって」

「あれか。最初は難しいな。……エフィリスは、よく教えてくれるだろう」

「うん。なんか本人が一番楽しそうだったけど」

「俺やオルヴァにとっても、良い兄貴分といった所か。新人に対して面倒見が良いんだ。あの男は、天性のトレジャーハンターだ。シアが冒険に興味を持って心底嬉しいんだろうな」

「……ふうん」


 能力のことは、誰にも言っていない。誰も訊いてこない。使えないのならば、話す必要も無いとシアは思っている。


「あのエフィリスさんが、私を見付けたんだよね」

「ああ。もう13年前だな」

「…………」


 だが、それは。

 孤独を抱えていることに他ならない。シアは独りだ。この世界の人間と、何ひとつ繋がっていない。帰る家など無い。親も兄弟も居ない。自分の常識、観念が通用しない『異世界』に他ならない。


 そして。


「……よかった」

「何がだ?」


 何の肉かも分からず、なんの野菜かも知らないサラダをフォークに似た食器で食べる。


「解けたのが、10年後で。出会ったのが、クリューさん達で」

「…………ああ」


 もし科学者達に解かされていたら、この孤独は加速していただろう。自殺する可能性だってあった。

 彼と結ばれて、独りではなくなる。肩に頭を乗せた。

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