第6話 プレゼントしたい

 彼女が可愛すぎる。

 彼女が可愛すぎるのだ。

 彼女が可愛すぎるのである。


「……なあ、俺の彼女が可愛すぎるんだけど、どうしたらいいと思う?」


「知るか」


 結城ゆうきが昼休みにそんな事を言ったら、漫画を読んでいる大谷おおたに一蹴いつしゆうされた。

 しかし、テンションの上がっている結城はそこで止まることはない。


「いやね。見てくださいよこれを」


 そう言って結城が指さしたのは、机の上に広げている弁当箱だった。

 卵焼き、ごぼうとにんじんのきんぴら、唐揚げ、野菜炒いため、鶏肉とりにくのそぼろをまぶしたご飯という、ベタながら丁寧で温かみのある手作りの弁当である。


「美味しそうね」


「違うぜ!! ガチで美味いんだな、これが!!」


「……うぜえ」


 大谷がなにか言った気もするが、結城は特に気にしないことにした。

 ちなみにこの弁当だけでなく、初めて料理を作ってもらった日から、毎日朝晩の食事と昼の弁当は初白はつしろが作ってくれていた。おかげでここ数日体調がすさまじくいい。やはり、コンビニ弁当だけでは色々と偏っていたんだなと思う。

 今日もバイトから帰れば初白が電気のついた部屋で温かい料理を作って待ってくれているだろう。


「ほんとに、ありがたいわ」


 感謝してもしきれない。


「んでまあ、お礼に何かしてやりたいんだよね。女の子が喜ぶこと」


「ふーん、ならプレゼントとかしてみれば?」


 そう言って大谷が読んでいた漫画をこちらの方に見せてくる。

 繊細なタッチで描かれた少女が、彼氏からの贈り物であるクマのぬいぐるみを嬉しそうに抱きかかえていた。


「ふむ、なるほど……」


 確かに女の子はカワイイものが大好きだと聞く。

 結城は脳内で漫画のヒロインを初白に置き換える。

 手渡されたぬいぐるみを顔を赤らめながら受け取って、そして。


『……ありがとうございます(ギュッとぬいぐるみを抱きしめる)』


「……死ぬほどカワイイじゃねえか!?」


「最近のアンタは死ぬほどウザいわよ……」



「プレゼントですか、ぬいぐるみを?」


「ああ、いつも、飯作ってもらってるお礼にな」


 その日の夜、結城は夕食を食べている時にさっそく初白にプレゼントの件を話すことにした。


「いえ、そんな、申し訳ないですよ……」


 しかし、初白はすぐに首を横に振りながらそう言った。


「二人分の食費を払ってもらっているのに……これ以上ご厄介になるわけにはいきませんよ……」


「いや、そんな事気にしなくていいんだって。これでも他にすること無くてバイトと勉強ばっかりやってたからさ。貯金は結構な額あるんだよ」


 それこそ現時点で、あと半年くらいは二人分の食費と水道代光熱費を払っても全く問題ないくらいであった。

 だが。


「……いえ、それでも……本当に大丈夫ですから、私なんかに……」


 そう言ってうつむく初白。

 喜んでもらえるかと思ったのだが、ここまで恐縮されるとは考えていなかった。

 それにしても、「私なんか」と言うが、初白は見た目も可愛いし性格も穏やかで優しいし、こうしてしい料理も毎日作ってくれる。

 ちなみに今日のメニューはオムライスである。卵が甘く味付けしてあって非常に美味しい。無限に食えそうだ。たかだかぬいぐるみの一つや二つ、いくら買ってやっても損した気分にはならない素晴らしい女の子である。


「あー、まあ、そしたらアレだ。後で携帯とかで欲しいもの調べといてくれよ。そんなに高くないものならなんでもいいからさ……ってそういえば携帯持ってないんだっけ」


 そう、初白はこのご時世に携帯を持っていないのである。聞くところによると、家に置いてきているのではなく、元々持っていないそうだ。


「つか、俺が学校とかバイト行ってる間暇じゃないか?」


 自分で言うのもなんだが、結城の部屋は殺風景というか物がとにかく少ない。

 あるのは参考書と机とテーブルだけであり、娯楽として時間をつぶせるものは一切ないのである。

 スマートフォンでゲームなりネットサーフィンなりすれば、退屈も紛らわせると思うのだが。


「参考書をお借りして勉強してますから、平気ですよ」


「そうは言ってもそれだけじゃ退屈しないか?」


「ふふふ、結城さんがそれを言いますか」


「それを言われるとなんも言えねえ。大谷のやつになんか『青春灰色男』なんて言われた事あるからな」


 なにせ、自他ともに認める勉強とバイトしかしてこなかった退屈な人間である。


「ただ、まあ……今は灰色じゃないかな。帰ったらお前いるしさ。帰ったら誰かいるってのは、ほんと、いいもんだよ」


 そう言って、ゆっくりと初白の手を取った。

 初白もその手を細い指で優しく握り返す。

 初めて手を握ったあの日以来、初白はこうして手を合わせることだけはできるようになっていた。


「……結城さん」


「ん?」


「……私も、お料理や掃除をしながら結城さんが帰ってくるのを待つ時間は、好きですよ」


「……そうか」


「……はい」


(くそお!! いい子だなあ、なんか喜ぶことしてやりてぇ)


 結城は心の中で叫んだ。

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