第14話 聖女の力 2

 

「…………う?」


 うっすらと目を開けると、自室のベッドの天蓋。

 ああ、仕事してたらジードに叱られてベッドに押し込まれたんだっけ。

 しかし、すぐ寝てしまったということはやっぱりそこそこ限界だったのかなぁ?

 若いしイケると思ったんだが……。


「あ?」


 なんか横に温かいものがある。

 と、顔を傾けると茶色い馬のしっぽ?

 いや、違う、緑色の女性もののジャケット……これは……。


「フォリア……?」

「……すう……すう」

『くぅ、くぅ』


 俺の手に手を重ねたまま眠っている。

 ベッドに、屈んで膝を床につけて、寄りかかるように。

 まさか、俺が寝たあとも『星祝福』で治癒しようとしてくれたのだろうか?

 近くにアリス様もいる。

 ええ、よく入れたな?


「…………」


 いや、よく入れたな、じゃ、ねーよ、俺。

 そりゃ入れるだろう、仮にももう結婚式を済ませた夫婦だぞ俺たちは。

 今はまだ、フォリアがこの国に不慣れだろうと思って部屋を用意してあるけれど……ゆくゆくはフォリアは大公妃の部屋が与えられる。

 俺はその部屋に通わなければならないし、フォリアが嫌でないならこの部屋で過ごすことも——。


「っ!」


 な、なんで今更!

 だって仕方ないじゃないか!

 婚前交渉するつもりがなかったから、俺はミリーと手を握ったくらいしかしたことがない!

 女性への経験値が圧倒的に足りないのだ!

 そ、それに? まだフォリアとは、その、お互いのことをよく知らないしな?

 い、いきなり俺の寝室にいるとは思わないじゃないか!

 一応夫婦が同じ部屋……し、寝室に二人きりだなんて……そりゃあジードも誰も止めないよ。

 あ、いや、待て、アリス様がいた。

 二人きりではない……。


「ふぅ」


 そう考えたら一気に緊張がほぐれる。

 いや、でも手は重なったままなんだよな。


「…………」


 小さな手だ。

 こんな手で剣を振り回して、バジリスクやモーヴを倒すとは。

 手を裏返せば、手のひらが合わさるけれど……なんかそれは恥ずかしい。

 ……ん? 待て、緊張?

 緊張していた割に胃が痛まなかったな?

 もしかして、フォリアの『星祝福』が効いた?

 胃炎が治ったのだろうか?


「……」


 寝顔はこの位置からでは見えないが、まあ、見えない方がいいような気もするような。

 見えてしまうと、なんだか……別な意味で緊張しそうで。


「ん……」

「!」


 え、このタイミングで起き……!?


「はっ! あ、リット! 具合は大丈夫なのか!?」

「うおっ……、あ……ああ、なんか胃の痛みが楽になってるよ」

「そうか、そうか! よかった……。アリスがリットの胃の穴は『星祝福』で塞がったぞ、って言っていたんだ。ああ、よかった……いつもつらそうにしていたのは、胃に穴が空いていたからだったんだな」


 あながち間違ってないが、胃が痛かったのは胃に穴が空きかけていたからであって、『星祝福』で治癒されたから今後もう痛くならないかと言われると多分そんなことは絶対ないというか。

 いや、言わないけどな?


「しかしそうか……やはりこの胃の痛みが引いたのは、『星祝福』の力か……」


 もう片手で胃の部分を布団の上から撫でる。

 慢性的だった胃の痛みがない。

 ちょっと胃痛に慣れすぎてて、痛みがないことに違和感があるって——嫌だな。ははは。……はぁ。


「もう痛くないか?」

「ああ。久しぶりだよ、胃が痛くないのは……。ありがとう、フォリア」

「っ」


 めちゃくちゃ嬉しそう。

 幻覚か?

 ピンと立った耳と回転するように振られた尻尾が見えるようだ。


「あのな、あのな」

「うん?」

「アリスがな、私は『星祝福』を使う適性が高いから、『星祝福の聖女』二代目になれるって言うんだ。でもな、でもな、私はあんまり、難しいことがわからなくてな……困ってるんだ」

「…………」


 ほんの少し、体を傾ける。

 フォリアの顔が見えるくらい。

 悩んでる、というか、本当に困ってる顔。

 ああ、俺の治癒を行いながら、多分、それを相談したかったのか。

 まあ、それもそうだよな。

 俺は倒れるし、倒れてる間に父上や母上や、周りの者に色々聞かれたり言われたりしたんだろう。

 うわあ、情けない。


「ごめんな、フォリア」

「え?」

「いや、この国に来たばかりで不慣れなのに、周りから色々と言われたのだろう? そんな時に倒れて……ごめん」

「え、そ、そんなことないぞ! リットは具合が悪いのを我慢して働いてたのだろう!? む、むしろ私の方が色々……我儘を言ったり困らせたりして……!」

「それはない」


 我儘はないなぁ。

 と、いう意味できっぱりとそこは否定する。

 俺の周りには、あまり我儘を言って困らせてくるという人種はいないのだ。

 みんな優しいし、それゆえに空回りしたりすることは、まあ、あるけど。


「困ってることはたくさんあるけど、全部仕方のないことなんだよ、フォリア」

「っ……」

「だからそれを一つ一つ、ゆっくり時間をかけて解消していこうとしてる最中なんだ。フォリアが気にすることじゃないし、気になるなら手伝ってくれると嬉しい」

「! う、うん! 私は手伝うぞ!」

「ありがとう」


 一瞬しょんぼりした姿が、途端に元気そうになる。

 うんうん、君はそれがいいな。


「とりあえずまずは朝、フォリアに言おうと思っていたんだが……ジードに聞いた? フォリアに魔剣の材料を渡そうと思ってるんだ」

「魔剣の材料?」

「バジリスク討伐の報酬に『エンブレントドラゴンの魔石』を。バジリスクの魔石の浄化依頼の報酬に『オリハルコン』を渡すつもりだった」

「えん……」


 あ、固まった。

 まあ、価値を知ってればそうなるよな。


「そそそそそんなすごいものもらえないぞ!?」

「そう言わずにもらってくれ。魔石は知っての通り浄化しなければ使えない。倉庫の肥やしになってるんだ。まあ、ぶっちゃけ邪魔」

「え、ええっ!?」

「『オリハルコン』はそういうものを魔剣や魔防具にする時にしか使わないから、こっちもぶっちゃけ倉庫の肥やし。使わないともったいないだろう? なら、使えるフォリアに使ってもらった方が建設的だと思わないか?」

「そ、そう、なのか?」


 うーん、と悩むフォリア。

 思ったより謙虚だな?


「ただし、鍛える鍛冶屋はフォリアが自分で選べばいい。鍛治師によっては扱えない。そしてその魔剣で、民を守り、助けてくれ。俺は執務であまり魔物の討伐に行けないし、それは次期大公妃の行いとしてなにもおかしなことではない。そのための力、魔剣を君が選んだ鍛治師に造らせるだけの話だ」

「……! ……わかった!」


 ほら、やっぱり。

 フォリアは正義感が強い。

 弱い者の味方ができる。


「……次期……大公妃……」

「?」


 あれ、そこに引っかかってたの?

 顔を向けると、顔を赤くされた。

 え、待って、なんでそんな顔するんだよ?

 そん顔されたらこっちまでなんか、顔が熱くなる。


「…………」

「…………」


 なにこの居た堪れない空気!?


「あ……え、ええと……す、『星祝福』のことは、その、また明日話そう。色々、なんかこう色々あるしな?」

「あ、そ、そうだな! 『星祝福』に関してはなんか、色々あるみたいだしな! わ、わかったぞ! ……じゃあええと……!」

「う、うん」

「失礼する!」

「え!?」


 布団を捲られて、入っ——!?

 フォリアが俺の隣に、入ってきたーーー!?


「ふ、夫婦だから、同じベッドで寝るのは、変ではない、と、思う」

「そ、そ、そ、そ、そ、そう、だな?」


 その通りですね。

 眠れませんでしたけど。

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