第13話 決意

 俺がのったのはいつも姫奈と登校している時に乗っていた車だ。運転手の七海さんに、彼の趣味である幼馴染物のラブコメがおいてあり、冷蔵庫には姫奈や俺用のドリンクも入っている。まだ大して時間はたっていないというのにどこか懐かしい。



「二日ぶりですな、一夜君元気でしたかな?」

「ええ、それよりもさっきの男はもしかして……」

「そう、お嬢様の婚約者ですぞ。ただ……彼が嫌な電話をしているのを聞いてしまいましてな……どうやら相当女癖が悪いらしく、今回のお嬢様との婚約も彼の父に言われて仕方なくらしいのです。おそらく、彼の女遊びは直らないでしょうな。そして……もしも、この話がうまくいって結婚という話になったらお嬢様は嫌な思いをするでしょう。これをみてください」

「な……」



 そういって七海さんが差し出した写真には両方の腕に女の子を抱き着いてにやにやとした顔をしている婚約者だった。なんだよこれ……

 こんなやつと婚約をしたら姫奈が悲しい思いをじゃないか……俺は彼女の幸せのために屋敷をやめたって言うのに……いや、本当に俺は彼女のために引いたのか……違うだろう。俺は自信がなかったのだ。彼女に思いを告げる自信が……彼女を幸せにする自信が……



「私としてはお嬢様には幸せになってほしいんですぞ。しかし、これくらいしか証拠がない以上雇われの身に過ぎない私はうかつに動けないのです。旦那様にも迷惑をかけてしまいますからな……」



 鏡に写る七海さんは悔しそうに唇をかみしめていた。そりゃあ、そうだよね、屋敷の運転手が婚約者に手を挙げたなんていったら大問題だ。それに七海さんには家族だっている。この前息子さんが小学校に上がったと嬉しそうに写真を見せてくれたのも記憶に新しい。今こうしているのだって、危険な橋を渡っているんだろう。だったら……屋敷を止めた俺ならば迷惑はかからないだろう。いや、そうじゃないな……そうじゃないよな、俺よ。俺は喝を入れるために窓ガラスに頭をぶつける。痛みが俺を奮い立たせる。



「俺がやります。俺が彼女を助けます。彼女には言いたい気持ちがあったんです。俺は逃げてきた、薄々感じてはいたけど、気づかないようにしてきたけど……もう、逃げるのはやめようと思います。だって俺は彼女が姫奈が大好きだから」



 姫奈がさ、どんな気持ちでうちに来たと思ってんだよ。屋敷もろくに出たこともないのにさ。あんなに荷物をもってさ、俺に拒絶をされるかもしれないのにさ、俺をたよってくれた彼女に俺は何をした? 俺にあんなにアピールをしてくれた彼女に俺は何をした? カフェでの彼女が顔が、俺を置いて行った時の母の顏と重なる。申し訳なさそうな……だけどどうにでもならないっていう事に傷ついた顔が……

 ああ、俺は彼女を傷つけないようにと言い訳をしながら一番俺が彼女を傷つけていたんだ。



「いい決意ですな。それにね……お嬢様は君が助けに来てくれることを願っていると思うんのです。ずっと君たちをみてきましたからな、それくらいわかりますぞ」

「彼女を傷つけた俺にその権利があるかわかりませんが、俺は俺の気持ちを伝えようと思います」

「そうですな、がんばってくだされ。君がその気持ちを告げれば勝利の女神はきっと君にキスをすると思いますぞ。さあ、つきましたぞ」



 七海さんの指さす方をみると姫奈とそのクソ婚約者が、一緒にお洒落なお店に入っていくところだった。俺の中の胸があつくなる。七海さんにお礼を言って走るのであった。

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